2-13
「ねぇねぇ、佐奈のお姉さんって実はモテるの?」
凛子が唐突に発した言葉で佐奈は過剰に反応をした。
心の中がざわつく。
那智や虎だけでなく、遂には凛子にまで接触を謀ってきたのかと日奈を一瞬でも疑って掛かった。
「なんで?」
「だって那智と仲良いし…?しかもこのあいだ図書室で男子と居たし…。まぁ正確には絡まれてるって感じだったけどね。」
「なんだ…そんな事ならよくあるんじゃない?あの子目立つもん。」
「だよねぇ。て言うかお姉さんなんであぁなったの?なにげ気になる~。」
凛子は少し目を輝かせて佐奈を見た。
人が隠そうとする話題ほど面白いものはない。
以前からそれとなく探ってきた疑問の答えを、再び佐奈に問いかけた。
「それは…本人がそう望んだから?」
「うんうん。それで?」
「…さぁね。あの子じゃないから分かんない。」
「そっかぁ……。あーあ、でも佐奈は良いな!羨ましい!」
「ふふ、いきなりどうしたのー?」
突然うなだれて叫んだ凛子。
今の会話に羨ましがられる要素は欠片もなく、会話の繋がりも唐突で、佐奈は笑うしかない。
「だって佐奈可愛いし、格好いい彼氏も居るし、オマケに金持ちだよ?もうヤバイじゃん。人生花だよ。」
「えー…ウソ~。金持ちとかあんまり言われたくないんだけどなぁ。金持ちって良い印象なさそうだもん。」
「大丈夫!佐奈は自覚のある金持ちだから、嫌みな要素は欠片もないよ!」
「そうかなぁ…。」
自信たっぷりに言い放った凛子に佐奈は苦笑いを浮かべた。
正直者の凛子が言うなら信じられる気もするが、それ以前に凛子の発言が引っかかる。
むしろ可愛くて綺麗なのは凛子の方だと。
お洒落なのは勿論、学生でありながら社会に出ている凛子は、いつも自信に満ち溢れていて誰よりも輝いてみえる。
そんな彼女が自分を羨ましがるなど僻みでしかないと少しでも思ってしまった。
「佐奈は何かと気にし過ぎだよ~。私の家なんてステージママだから見栄っ張りなだけでお金もないし、モデルさんって金持ちのお嬢様が多いから割と惨めなんだよね。」
「そうなんだ…。」
「お年玉で十万円越えてるなんて聞いた時にはビックリしちゃった。私なんて五千円貰えただけでも幸せなのに。」
「ほら、やっぱりお金持ち印象悪いじゃん…。」
「佐奈は大丈夫。いつも謙虚だし繊細だし……。あーもう、佐奈の謙虚さと繊細さ欲しい~!どうやったら手には入るの!?」
悔しそうに言う凛子を見て佐奈は可笑しいと笑い声を上げた。
ここまで正直な子は滅多に居ない。
我が道を行く凛子だからこそ、一緒に居て安心出来るのだと思った。
「凛子はそのままで良いよ。こうやって何でも言ってくれた方が全然良い。むしろ私が凛子になりたいな。」
「え~それこそ止めといた方が良いよー。詳しくは忘れたけど、この口が災いを起こした事なんて山ほどあるんだから。やっぱり、初対面でもガンガン言っちゃうのが悪いのかねぇ?」
「そうなんだ?でも嘘吐きよりは正直者の方が全然良いと思う。」
「正直者かぁ…確かになぁ。私バカみたいに言っちゃうからね。中学までは喧嘩友達とか居るくらいだったし、今こうして喧嘩してないのが奇跡とすら思えるよ。」
中学時代の凛子を想像して佐奈は笑った。
友達と喧嘩をしていた…と言う訳ではなく、喧嘩友達が居たと表現したのが凛子らしい。
きっと喧嘩をしながらも、お互いに認め合えるぐらい深い仲だったのだと予測を立てた。
「その子と今でもたまに会うんだけどね、たまにカチンとくる事があるんだよ。でもこう…グッと我慢する能力が備わったと言うか…なんか丸くなったんだよねー。」
「なるほど、理性的になったんだね。私なんか羨ましがらなくてもちゃんと成長してるじゃん。」
「そう?て言うかこれって佐奈のお陰じゃない?私とは正反対過ぎるから…気の使い方とか女子力とかマネしなきゃ~って思う機会多いし、めっちゃ影響受けてるよ。うん…佐奈ありがとう!!」
「そんな…私こそ、そんな風に言ってくれてありがと。…やっぱり凛子は凄いね、流石だよ。」
真っ直ぐ思ったことを恥ずかしげもなく伝えてくる凛子に、佐奈は心の底から嬉しくなって照れたように笑った。
良い意味で人に影響を与えられているのは嬉しい。
佐奈自身が凛子を羨んでいるように、凛子も同じ感情を抱いてくれていることも嬉しかった。
正反対だからこそ影響を受けやすく、お互いにないものを持っているからこそ自信を持てるのだと、佐奈は凛子から安心感を貰った。
凛子から影響を受けた佐奈は一日中あることを考えていた。
虎に、勇気を振り絞って秘密の感情を打ち明けることを。
一番近いからこそ話したくて、一番近いからこそ知られたくない思いを、虎に聞いて欲しかった。
心のモヤモヤを少しずつでも取り払いたかった。
「ねぇ、虎。」
「どうした?」
いざ話そうとすれば、緊張で胸が痛くなる。
何から話せば良いかまとまっていなくて、声が出なくなった。
「佐奈ー?」
「何でもない…。忘れちゃった。」
「マジか。将来心配。」
可笑しそうに笑う虎につられて笑う。
他の話をし始めた虎に相槌をうちながら、ドキドキする胸を押さえて心の準備を整えた。
『大丈夫、大丈夫。虎は信用出来る人。大切な人。』
最後にそう言い聞かせ、ついに勇気を振り絞った。
「あのね…あの、前に貰ったぬいぐるみなんだけど…。」
「……何?」
「あれ、誰に、何で貰ったの?」
佐奈の質問に虎の表情が一瞬強張った。
虎の頭に過ぎるのは遠い昔の記憶。
誕生日に兄への劣等感で泣いていた虎へ、日奈からの秘密のプレゼント。
虎は迷った。
泣いていたという格好悪い誰にも見せたことのない過去や、日奈に慰めて貰ったという事実をさらけ出すべきか。
そして色々考え辿り着いた答えは、出来れば佐奈にも誰にも知られずに墓場まで持っていきたいというものだった。
「覚えてない。プレゼントとか毎年大量に貰うし…。確か同い年ぐらいの誰かに貰ったことだけは覚えてるけど…。」
「…そっか。分かった。」
「……。」
佐奈は虎のちょっとした変化に気がついた。
きっと虎は覚えている。
覚えていながら、何かを隠すために嘘を吐いているように見えた。
「だから、信用できないのよ…。」
笑顔で別れた後、悲しそうに佐奈は呟いた。
そして肝心な時には本心を何一つ言えない自分も恨めしくなる。
凛子のように何もかも向き合える精神力が佐奈にはない。
相変わらず逃げてばかりの自分に悲しさは倍増して、いつになれば幸せになれるのかと不安に思った。
"格好いい彼氏が居るし"
凛子がそう言った。
端から見れば、表面上は幸せな関係に見えるに違いない。
でも本人達が幸せでなければ意味がないと思った。
『真っ白なのに、中身は真っ黒で…。まるであの子は私。どれだけ着飾っても、汚い。』
白いクマのぬいぐるみを思い浮かべて自虐的に笑う。
佐奈の悲しさは積もるばかりであった。




