1-03
期末試験の答案用紙が帰ってくる日。
日奈は平均を大きく下回る点数の答案用紙を綺麗に折り畳みファイルに直そうとしていた。
しかし入れようとした所で、自分の答案用紙を取りに前へ出ていた那智に奪い取られてしまった。
「相変わらず馬鹿だな。馬鹿でブスって可哀想だわ。」
鼻で笑うと紙を手離して席に戻っていった。
ヒラヒラと床に落ちた用紙を拾おうと屈めば、今度は別の男子に踏まれて尚且つ場所を移動させられた。
ズルッと嫌な音と共に日奈の後方へ紙が移動する。
日奈は仕方がなく中腰で紙を取りに行くが、その不気味さ故に女子からは怖いと言う声、男子からはキモイと言う声が瞬時に上がる。
「ごめんなさい…。」
ボソリと反射的に謝る。
このような扱いに慣れてしまった日奈はすぐさま席に着くと、先程まではなかった足跡を優しい手付きで払い落とし今度こそちゃんとファイルに直した。
「佐奈は何点だった?」
「84、ちょっと低いかな?」
「凄い!充分じゃん!」
「凛子はどうだった?」
「えっとぉ…平均点…で勘弁して下さい!」
クラスの中で一際目立つ生徒は何も日奈だけではなかった。
悪目立ちしている日奈とは対照的に、アイドルになれそうなほど可愛い佐奈。
そして抜群のプロポーションを持つモデル体系の上村凛子の存在だった。
凛子は既にモデルとして仕事をしており、ティーン向け雑誌の専属モデルをしている。
高校からの入学の為、余計に佐奈とのコンビで目立っていた。
佐奈は高校に上がって更に垢抜け、凛子もモデルとして常に努力をしている。
そんな二人を周囲がほっておく訳がなく、居るだけで注目の的。
学年問わず人気のある不思議な二人だった。
「凛子やるじゃん。化学苦手って言ってたのにな。」
「みんなに教えて貰ったんだから頑張るしかないでしょ?すっごい頑張った!」
那智の褒め言葉に続いて聞こえてきた凛子の発言から、先日佐奈の部屋に居た女子が凛子だと分かる。
佐奈と凛子、そして那智を筆頭にした三人組は今やクラスの中心だった。
「誰かとは大違いだな。凛子みたいに努力する奴ってマジで尊敬する。」
「褒めても何も出ないよー。てか誰かって誰?」
不思議そうな凛子の声。
そして質問を受けた那智は嫌そうな顔で日奈に視線を向けた。
凛子も同じように視線を辿ると日奈が目に入る。
「……ちょっと那智ぃ〜!!」
「おいおい、隠せてねぇぞ。」
顔を大きく歪めて怒ったような反応を見せた凛子に那智は笑ってしまう。
「あっ…。佐奈、なんかごめん。」
凛子はハッとして、日奈ではなく佐奈に対して謝る。
潔癖症な所のある凛子なので、無意識に嫌悪感を出してしまったが、高校で初めて出来た友人の姉なのだ。
例え外見が汚かろうが姉妹である事に変わりはない。
どうして姉妹でこんなにも違うのだろうか…。
凛子は不思議に思った。
「良いの。あの子のアレは小さい頃からだから私も慣れちゃった。それに…あの子があれで落ち着くのなら、私もなるべく自由にさせてあげたいの。」
「佐奈…。」
「あれで精神が安定しているみたいだし、私さえ我慢すれば良い話だもの。だから何を言われても平気。」
佐奈は健気に笑ってみせた。
そんな様子を見た凛子や周囲の生徒は、佐奈の姉想いの優しさに小さな感動や同情心が芽生えた。
この子は自分達が支えなければいけない。
守ってあげたいと思わせる佐奈の発言に、それぞれが労いの声をかけた。
「どの口が。」
誰にも聞こえないボリュームでボソリと言ったのは虎だった。
幼なじみの一人である虎は、幼少期から芳野姉妹との接点が多かった為、二人の裏の関係性を理解している人物だった。
佐奈が隠しているつもりでも長年共に居れば流石に分かる。
特に両者の親が社会的な意味での交流をしている為、学校外での接点も多かった所為だ。
盛り上がる佐奈達から目を離し、端の方でただ座っているだけの日奈を見る。
『気味悪いな…。』
嫌な気分になり、もう一度佐奈を見る。
佐奈は可愛い。
見ているだけで癒される。
佐奈の可愛い笑顔と声に虎の頬が綻んだ。