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White hole〜少女が大人になるまでの話〜  作者: おゆわり
2.殺風景な白い部屋【white room】
26/38

2-06

「勉強してるか。」

「…たまに。」

「……。」


日奈は那智の目を見ただけで、何を考えているのか分かってしまった。


「疑っているんだね…。」

「疑うだろ。」


期末試験まで残り3日となった金曜日。


教室では真面目な生徒のノートやプリントが当然の如く回されていた。


「那智君は勉強してる?」

「馬鹿かテメェ。聞く前に考えろ。」

「そうだね…してるよね。」

「当たり前だ。」


ハッと馬鹿にしたように那智は笑い、今度は不自然なほどに黙り込む。


そして徐に良い笑顔を浮かべると、名案を思い付いたとでも言うように那智は口を開いた。



翌日の土曜日。


日奈は朝からソワソワと落ち着きのない様子で身支度をしていた。


あれから那智が出した案とは、勉強会を開講しようというものだった。


いつも無愛想ながらも、どこか世話好きらしい那智は、気分転換と題してそう持ち掛けたのだった。


もちろん断る理由のない日奈は二つ返事で受け入れていた。


「どこか行くの?」

「あ…うん。ちょっと、」


玄関に辿り着く前に佐奈と出会う。


佐奈は意外そうな顔で日奈を見ていた。


「買い物?」

「図書館だよ。」

「…荷物多くない?」

「そうかなぁ?」


いつもならば佐奈の一つの質問に対して十で返す日奈だったが、今回ばかりは那智が関わっているため、自然とラリーが多くなってしまった。


その微妙なやり取りが佐奈の中に違和感を植え付ける。


「那智……?」

「うん…、勉強会。」

「あっそ。勝手にやれば?…ウソツキの癖に。」


何となく違和感の原因を探り当てた佐奈は、吐き捨てるように言い放って離れていった。


日奈は俯き、確かにそうだなぁと、那智の善意に罪悪感を抱いた。


那智は日奈の為に勉強会を開くと言ったが、実のところ、日奈に勉強は全く必要がなかった。


むしろ勉強が趣味と言っても過言ではない為、今日行わる場以前に、那智の普段の気遣い自体が無意味だった。


「まぁ、良いよね…。別に…。」


那智君が勝手に勘違いして盛り上がっているだけもの、と心の中で付け加える。


適当な理由で解決させ、日奈は心を真っ白に入れ替えると、スリッパから外靴へ履き替えて玄関を出て行った。




「白と黒のコントラストキツいな…。もしかしてお前、まだ白にこだわり持ってんの?」

「うん。」

「普通趣味変わるだろ。そんなんだから何時までも成長しねぇんだよ。頭も身体も。」


待ち合わせ場所には那智が先に着いていた。


そして、おせぇと悪態を吐いた次の瞬間には日奈の外見を非難していた。


真っ黒い髪の毛に白いワンピースとベージュの靴、おまけに白い斜め掛けのカバンがついていては文句も言いたくなると那智は改めて日奈を見直した。


「変わる理由がないもの。」

「あのなぁ……まぁいいわ。暑いし入ろ。」


那智は溜め息混じりに図書館の中へ移動した。


日奈も後を追って中へ入る。


「あー、涼しー。誰かさんがもっと早くに来てくれたらもっと早くに涼めたのになぁ。」

「涼んでても良かったんだよ…?」

「俺に意見する前に早く来いバカ。」


入った瞬間、肌に触れる冷たい風と共に、軽く頭を叩かれた。


日奈がゴメンナサイと謝れば、適当に返事をして那智は周りを見回した。


「どこ座る?」

「どこでも大丈夫…。」

「分かった。俺はアッチ行くからお前はアッチ行け。」


そう言って那智は、大人や学生向けの勉強スペースと子供達が集まる児童書のコーナーを順番に指差した。


「分かった…。絵本読んでくるね。」

「待て待て。冗談だから。これだからバカは…冗談分かれよ…。」

「……。」


実際に児童書コーナーへ歩みを始めた日奈の手を、那智は呆れながら掴んだ。


そして保護者のように手を掴みながら学習スペースへ進み、ブツブツと文句を続けた。


「うーん…、」


日奈は冗談と分かった上で何となく乗ってみたのだが、結果として失敗したのかと少しだけ落ち込む。


普通のノリは難しい。

小さく息を吐いた。


那智が選んだスペースは、一番奥まった場所の端だった。


この図書館は高校生より、小学生や大人の方が圧倒的に利用者が多い為、知り合いに会うことはまずない。


そう思っていても、念には念を入れて目立たない場所を選んだ。


「ちょっとだけ…ワクワクします。」

「何で?つーか何で敬語?」

「だって…ここのスペース、ちっちゃい頃は怖くって行けなかったから…。」

「あぁ確かに…ここら辺薄暗いし、大人の世界って感じだったよな。」

「うん。」


二人はその位置から遠くの方にある児童書のコーナーを眺めた。


幼い頃はよく、日奈や佐奈、那智、虎、新太といった幼馴染み組でこの図書館を利用していた。


子供向けの絵本の読み聞かせや、視聴覚室で見る映画鑑賞のイベント、無料で映像を見れるテレビスペースでは、一台につき二人でしか見れないため、皆でよく場所の奪い合いをしていた。


「そう言えば昔、皆でホラー映画見たよな。」

「そうだったね…佐奈ちゃんが泣いてた。」

「あ…でもあれだ。人が死ぬ瞬間の顔がムンクの叫びみたいで、なんかそれがツボになってさ…皆でやたらと真似してたよな。」

「あぁ…してたかも。佐奈ちゃんもそれで泣き止んで、一緒に変な顔してた。楽しかったよね。」


蘇ってくる幼い日の記憶に、二人は思わず笑みを浮かべた。


何気なく選んだ場所が、こんなにも懐かしい場所だとは意外で、那智はウーンと腕を伸ばす。


嬉しいような懐かしいような、変な感覚だった。


「お前はあの頃から変だった。白ばっか着てさ。」

「……。」

「あと性格キツかったよな。新太とか虎とか泣かしてたし。」

「那智くんも…、」

「は?俺は泣いてない。」

「そう…?」

「俺らは勉強しにきたんだ。ノスタルジックな話は終わり。」


わざとらしく話を逸らし、カバンからノートやプリント、筆記用具を取り出す。


日奈もカバンから持ってきた勉強道具一式を取り出して机に広げた。


「一日目は…、数学。数学からな」

「うん。」


二人は問題集を開き、試験範囲の復習を始めた。


那智は分からない所がないかと、たまに日奈の様子を伺ったが、案外スラスラ解けていることに驚きつつ、何だかんだで勉強をしていたのかと気分が良くなった。


「ねぇ…那智君…。」

「ん?質問?」

「私ってそんなに性格キツかったかなぁ…?」

「んー…、」


予想外の質問に手を休め、遙か遠くにある日奈の記憶を掘り起こした。


那智自身深くは覚えていないが、日奈に泣かされた事実だけは覚えている。


他にも新太や虎が泣いている光景や、母親に怒られて泣いている日奈の姿も蘇ってきた。


性格がキツいと感じた理由を思い出そうともやはり思い出せないが、当時は確実に日奈を怖いと思っていた。


「いじめっ子って感じ。」

「…ごめんね。」

「別に…。つーかさ、お前もこのスペースもそうだけど、成長したら案外たいしたことねぇよな。なーんも怖くねぇ。」

「そうだね。」

「何、怒ってんの。」

「怒ってないよ…。私の反抗期は早いうちに終わったんだなぁと、思って……。」


日奈はしみじみと思ってから昔の記憶に蓋を閉じた。


その後那智が何かを言ったが、日奈の耳には入らない。


ハッとした時には、奇妙な顔をした那智が日奈を見つめていた。


「何か言った?」

「はぁ…?目開けて寝てたのかお前は。もう良い。」

「そう…。」


呆れてシャーペンを持ち直した那智につられ、日奈も問題集に目を落とした。


しかし、こんな勉強はやる意味がないと内心呟いて、シャーペンを机にソッと置いた。

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