2-03
「まさか嫌われた?」
「そうかもしれませんね…。」
「これでも俺は優しくしてるつもりだけどな。」
夏目は長い脚を組みながら鼻で笑って言った。
本当の笑顔と作りものの違いぐらい簡単に分かる。
ずっと苛立ち気味な様子だった佐奈を思い出し、夏目は日奈を睨み付けた。
「もっと優しくして下さい…。」
「知らねぇよ…お前に言われたから話し掛けてやってんだ。これ以上何求めんだよ。…佐奈を抱けって?」
「いえ…佐奈ちゃんには虎くんが居るから…。」
「ふーん…あの餓鬼か。」
夏目は興味なさげに腕を組んで脚を入れ替えた。
実のところ、夏目が芳野家へ来る度に佐奈へ話し掛けるのは日奈にそう言われたからだった。
佐奈は周りの態度に敏感で傷つきやすい。
だから佐奈に対して優しく話し掛けて欲しいと頼んだ結果がこれだった。
「それならもう良いだろ?ただでさえ疲れてんのに、あの子のあんな嫌そうな顔わざわざ見たくねぇよ。」
「……。」
「人間合う合わないがあるだろ?あの子と俺は合わないんだよ。」
そう言って溜め息を吐いた。
「それより…本当に来るか?清掃員ぐらいなら出来るだろ。」
「考えておきます…。」
「分かった。決めたらすぐ言え。」
夏目は立ち上がって帰る支度を始めた。
日奈も立ち上がり、夏目を見送る為に玄関まで着いていった。
「また来る。じゃあな。」
「……。」
「返事。」
「はい、待ってます。」
ニコリと適当な笑みを浮かべれば、夏目はその反応が気に食わないと靴の先で日奈の足を軽く蹴った。
「気持ちわりぃ顔で笑うな。」
最後の最後で機嫌を損ねてしまった。
日奈は顔を引き締めて謝る。
夏目はそんな日奈を睨み付けて帰っていった。
目の前でパタンと扉が閉まる。
白い扉をぼーっと眺め、日奈は小さく呟いた。
「夏目さんって面倒くさいな。」
日奈は冷たい目でここには居ない夏目を見ていた。
◇
「日奈ちょっと良い?」
佐奈に話しかけられた日奈は嬉しそうな顔をした。
何故ならば、日奈から話し掛けた場合の殆どはぶっきらぼうに返事をされるからだ。
そのため、佐奈から話し掛けられることが特別に嬉しかった。
「虎のパーティーだけど今年も行くの?」
「うん…ちょっとだけ…。」
「ん。それなら着る服ぐらいちゃんとしてよ?それとも私のやつなんか貸そうか。」
「ううん、大丈夫…ありがとう。」
佐奈の何気ない言葉が日奈の心に響く。
泣きそうになるくらい幸せだった。
「あっそ。じゃあ他人のフリしてね。」
そう言って、佐奈は去っていった。
本気で言った訳ではなく、あくまでも冗談の域で…。
それを分かっている日奈は可笑しそうに笑い、今の幸せを目一杯噛みしめた。
◇
「随分ご立派になられて。悠君も虎君も昔はこんなに小さかったのに。」
虎は18、兄の悠が22歳となったこの日、例年通り紅林主催のパーティーが一流のホテルの一室で行われていた。
父と悠、彼らの後ろに隠れるように立ち、虎は愛想笑いだけを浮かべていた。
「いやいやぁ~。まだまだ二人とも子供ですよ。なぁ?」
「はい…僕も虎もまだまだ勉強中の身ですので。」
受け答えをするのは相変わらず兄である悠の仕事だった。
人前で虎は話さない。
内心イライラしながら誕生日を迎えるのにはもう慣れてしまって、後少し後少しと精一杯笑顔を絶やした。
「いやぁ、悠君は大学に通いながら既に仕事をしているそうで…将来が楽しみですな。」
「そんな…恥ずかしいですね…。本当、まだバイト感覚なんですよ。」
悠は困ったように微笑んだ。
悠が父の仕事を手伝うようになって既に二年は経つ。
とは言え、大体は雑用や会議の付き添いなどで仕事という仕事は無かった。
それでもいずれは会社を引き継ぐ身として、社会勉強も兼ねた重要な時間の使い方だった。
「バイト感覚でも凄いじゃないか。私も悠君のような子供が欲しかったなぁ。」
「きっと今からでも遅くないですよ。」
「まさか。私はもうずっと独り身で居るよ。頭もすっかり寂しくなったからね。」
その人は薄い頭を撫でながら自虐的にアハハと笑い声を上げた。
「…るさ。」
一方で、こちらも例年通り蚊帳の外となっている虎。
悠のように会社に行った事もなければコミュニケーションも比較的苦手な虎は、立場のなさに居心地が悪くなっていた。
いつまで経っても終わりそうにない会話に、いい加減愛想笑いの限界がきている。
笑いながらも口からは小さな文句が漏れてしまった。
「虎~!誕生日おめでとうございます!」
「佐奈…。」
声がした方を振り向けば、佐奈が父の忠志と共にこちらへ歩いてきていた。
虎はホッとして佐奈を見る。
淡い水色のワンピースがとても良く似合っていた。
「さんきゅ。メールもありがとな。」
「うん…大丈夫?」
「おう。佐奈の顔見たら安心した。」
「なにそれ。」
佐奈の笑顔を見て虎の顔が綻ぶ。
ようやく心から本当の笑顔が浮かんだ。
あまりパーティーの場を好んでいない事を知っている佐奈が近くに居るだけで安心出来るし、何よりも、最近は特に佐奈との距離が近付いたようで、余計に虎は佐奈の存在に救われていた。
「佐奈ちゃん久し振りだね。また綺麗になって…虎は良いお嫁さんをもらったな。」
「おじ様…!気が早いですよ!」
「またまた、最近は特に虎君が家に来るじゃないか。虎君なら何時でも歓迎するよ?」
「もお…パパまで…。」
佐奈は照れて困ったような顔をした。
人前でこう言われるのは照れくさい。
周りの大人達はそんな佐奈を微笑ましく見ていた。
「あの、今日妹さんは?」
「え?」
突然そう切り出したのは悠だった。
その場に居た人全員が頭に疑問符を浮かべる。
間もなく、悠の質問の意味を理解した忠志が不思議そうに答えた。
「もしかして日奈の事かな?日奈は佐奈の姉なんだよ。」
「そうだったんですか…すいません、よく知らなくて。」
「いやいや、あの子はいつも来るだけ来てすぐに帰るから…。考えがよく分からない子で…。」
本当に困ったように忠志は言った。
あぁそうなんですかと悠は適当に返事をし、内心興味深く思う。
悠と日奈が出会ったのは既に二年前の出来事だ。
去年は慌ただしく、日奈と出会うことがなかった。
あのぬいぐるみの一件以来、どうも日奈の存在が引っかかっていた悠は二年振りに会いたいと密かに思っていた。
それから悠は、隙を見て会場を抜け出した。
日奈に会える場所と言えばあそこだろうと、二年前に出会ったプレゼント置き場へ向かった。
「ビンゴ。」
以前は部屋が薄暗かったが今年は電気がついている。
中を伺えばぬいぐるみに何かを施している白いワンピースの少女がおり、一目で日奈だと分かった。
「ここは関係者以外立ち入り禁止です。」
「っ…!」
「どうも日奈ちゃん。二年ぶりだね?覚えてる?」
悠はニコリと笑いかけながら日奈に近付いていった。
日奈はハッとして頭を下げる。
「すいません。すぐに出て行きます。」
「大丈夫。さっきのは冗談だよ。虎にプレゼントだよね?」
「はい…約束なので。」
二年前にも聞いたその台詞。
あの虎と目の前に居る少女が何か秘密の約束をしていることが内心可笑しかった。
虎にしても日奈にしても、ロマンチックなこととはまるで結びつかない。
そのため、悠は余計に可笑しかった。
「そう言うの興奮するよねー?虎とは秘密の関係?」
「いえ…何も。」
「えー本当?本当は虎が好きなんじゃない?」
「……出来ました。帰ります。」
白いクマのぬいぐるみを見れば、可愛い洋服が着せてあった。
手作りだろうかと思いつつ帰ろうとする日奈の邪魔をする。
もう少し掘り下げたかった。
「はぐらかさなくても虎には言わないよ。」
「……。」
もちろん悠は、虎が佐奈と付き合っている事を知っていながら発言している。
あくまでも知らない体で話すのは面白い。
「虎君には佐奈ちゃんが居るから…。」
「関係ないよ。好きなら素直にならないと。」
「…いえ、私はそんな風に思っていません。約束は幼い頃の口約束で、今更辞めるのが気持ち悪いだけです。」
「へぇ…。」
押せば何かが崩れるだろうと攻め込んだはずが、芯の通った綺麗な声が悠の口を黙らせる。
案外物をハッキリと言う日奈に悠は意外そうな顔をした。




