2-01
「うーん…ピンク、でも黒も良いかなぁ?」
中学へ上がるタイミングで芳野家はマイホームへ引っ越した。
父の忠志は二人の娘に部屋を作り、それぞれに好きな家具を選ばせた。
「私は全部白が良い。」
「日奈…他にも可愛い色が沢山あるぞ。」
「白。真っ白。全部白が良いの。」
一つ一つの家具に拘る佐奈とは違い、日奈は白だけに拘った。
そして完成した部屋はどこもかしこも真っ白で、どこか殺風景な空間だった。
「白が好き。」
満足そうに笑って、日奈は真新しいシーツの上に横たわった。
日奈は思う。
どこを見ても白。
なんて愛おしいのだろう。
まるで愛に包まれたような気分になって、気持ちが高ぶる。
自然と涙が出た。
「愛してる。」
日奈は笑い、シーツに顔を埋めた。
◇
「お前進学すんの?」
学年が上がって早々の話題は、やはり進学の話が中心であった。
とうとう受験生となってしまった那智は何気なく日奈に聞いてみた。
「しないよ…。那智君は?」
「俺は親父の不動産業に関わりたいから経済学か法学専攻…。つーかしないってどうすんだよ?」
「うーん…アルバイトとか…。」
那智は呆れて一瞬声を失った。
この容姿でアルバイト…しかも堂々とフリーター宣言。
日奈の認識の甘さに苛ついて、頭を教科書で叩いた。
「馬鹿かお前は…。バイト舐めんなよ?鏡見てから言えブス。」
「…ごめんなさい。」
「よく考えろ。お前が入れる大学があるとは思わねぇけど、探せば色んな道あると思うぞ。探す前に諦めんな。」
「……そうだね。」
那智からまともな意見を言われた日奈は叩かれた頭を撫でながら頷いた。
返す言葉もないくらいしっかりしている。
「それより良いの?」
「何が。」
「私と一緒に居なくても良いんだよ。」
那智は一瞬押し黙った。
先程から気にしないようにしていた事をまんまと言われ、舌打ちが出そうになる。
それは那智と日奈が注目されていたからだった。
「自惚れんな…。人間関係面倒だからお前と居るだけだからな。」
「那智くんは…友達が少ない…。」
「っ…テメェ、少ないんじゃなくて敢えて作ってないだけだ。勘違いすんなブス。調子乗んな。」
那智は日奈を睨んで机を蹴った。
高校三年となり、日奈と那智は相変わらずクラスが同じだった。
他の幼なじみ組は、虎と新太、佐奈と凛子…という組み合わせで綺麗に別れていた。
ただ新太はあまり虎と関わりたくないようで、それぞれ別のクラスメートと一緒に居る。
那智もそうすれば良かったのだが、日奈の隣が思いの外居心地が良くて離れられなかった。
「アイツ最近どう?」
那智は相変わらず佐奈の動向が気になっていた。
長い関係だっただけに、どうしても様子が気になって仕方がない。
もう心が傷むことはないが、やはり佐奈の存在は今でも大きかった。
「元気だよ。」
「へぇ…。」
「きっと、虎君と上手くいってるんだね。」
「……。」
那智は舌打ちしたくなった。
虎や佐奈、個人だったら気にならない。
ただ二人が並ぶと、どうしても心の底から嫌悪感が湧き上がってきた。
虎の位置に自分が居たかもしれないという可能性が浮かび上がってくるのが原因だろうか…。
小さくシネと呟いた。
「嫉妬する?」
ハッとして日奈を見た。
そんな質問をされるとは思っておらず、那智は驚きのあまりドキドキとした。
「は?するわけねぇだろ。」
「そっか…。」
突然とんでもない事を言う日奈に嫌な気持ちが消えてなくなる。
日奈のこういう所に救われる部分が大きかった。
◇
「真野さんと芳野さんはこの後残るように。以上。」
ホームルームも終盤といった所で、担任は日奈と謙二郎の名を口にした。
何も考えていなかった謙二郎はハッしてまさかと思う。
よりにもよって日奈と一緒に呼び出しを食らうなど有り得ない、そう思い、隠れて苦笑いを浮かべた。
「お前何したんだよ。」
「ハハ~、何もしてないし~。」
友人のからかう声を適当にあしらう。
号令が終わると速攻で担任の元へ向かった。
「先生ー。なんですか…?」
「進路のことですよ。今から芳野さんと進路相談室まで来て下さい。私は少し遅れますので…。」
「はい。」
担任は足早に教室を出て行った。
振り向けば、行動の遅い日奈がノロノロとこちらへ歩いてきていた。
長い髪を揺らして歩く姿はホラー映画から出てきたお化けのようだ。
「あの…。」
「進路相談室だって。」
「はい…ありがとう。」
謙二郎は視線を逸らすと歩き出した。
教室を出て立ち止まる。
予定では十数秒ほど立ち止まるはずだったが、何故だか中々出てこない日奈の所為で一分間は足止めをくらった。
「遅い。」
「あっ…、」
ようやく出てきた日奈が驚いたように謙二郎を見る。
待っているとは思わなかったらしい。
「先に行ってても良かったんだよ…?」
「ホント…先に行けば良かった~。」
「……。」
謝る日奈を横目に歩き出すが、日奈が付いてきている気配がない事に気が付いて振り向いた。
「行かないの?」
「後で…行く。」
謙二郎は苛々した。
謎の距離感が気に食わない。
日奈に近付くと少し強引に腕を掴んだ。
「一緒に行けば良いだろ?」
謙二郎が無理矢理歩かせた事で、ようやく日奈が隣に落ち着いた。
ここまで気を使ったというのに、最後まで拒否する日奈が気に食わなかった。
「でも…私の隣、嫌じゃない?」
日奈が小さく聞いてきた。
その声に察する。
日奈は謙二郎の隣を歩きたくない訳ではなく、謙二郎の気持ちを考えて、逆に気を使っていたのだ。
「まぁ、芳野さんの隣歩くと注目の的って感じだし?逆にラッキーかも。」
「……そっか。」
謙二郎が日奈と話すのはあの日以来。
再び同じクラスになったものの、特に関わりを持つ機会もなく過ごしてきた。
それは謙二郎が内心日奈を気持ち悪いと思っているのが原因だった。
佐奈に謝罪をするように責めてくる日奈の雰囲気はどこか異様に見えて、本能的に関わってはいけないと警報が鳴っていた。
だが今思えば妹を思ってのことだろうし、そもそも自分のした事を考えれば当然の報いだろう。
未だ佐奈に謝っていない事も含めて、謙二郎がここまで気を使っているのにはそんな訳があった。
「俺あんまり気にしないから…芳野さんも気にしないで。」
「うん…ありがとう。」
謙二郎は思わず拍子抜けする。
先程から警戒心を持って接しているが、どこか空気が穏やかに思えた。
もう随分前の出来事だし、日奈は気にしていないのかもしれない。
謙二郎の頭には時効という言葉が浮かんだ。
「まだこんな所に居たんですか?教室に入って良いですよ。」
「あ、すいません。」
進路相談室に着いた瞬間、二人は担任と鉢合わせた。
可笑しそうに笑ってドアを開ける担任に続き、二人は教室へ入った。
「では…見当は付いていると思いますが、進路のことです。」
「はい…。」
重厚感のあるソファに日奈と謙二郎が並ぶ。
担任は二人の目の前に二枚の進路調査表を出した。
「この学校内で就職希望者はあなた達だけです。」
「マジですか。」
謙二郎は驚いた。
この学校が進学校と呼ばれる程だとは理解していたが、まさか自分達以外の全員が進学するとは思ってもいなかった。
「まさかウチのクラスから二人も…私も吃驚しました。」
「すいません…。」
「また面談や個人でも話す事になりますので、この事はゆっくり相談していきましょう。話はいつでも聞きますし、私以外でも良いですから…色々な可能性を探っていきましょう。」
今日はここまでと担任は切り上げ三人は教室を出る。
また呼び出す事があるかもしれないと言う言葉を最後に担任と別れた。
「帰るか。」
「うん…。」
これからの事を考え、どこかゲッソリしながら謙二郎は歩く。
しかし下駄箱付近に居る人を確認した瞬間、謙二郎の憂鬱は一気に吹き飛んでしまった。
「おせぇ。」
「那智君…。先に帰ってても良かったんだよ…?」
「別に…気分。」
そこに居たのは藍原那智だった。
しかもその言動は日奈を待っていた以外に他ならない。
常に行動を共にしているのは知っていたが、まさかここまでとは想像もしていなかった。
「藍原…。」
「チッ…帰るぞ。真野、変な噂立てたらぶっ殺す。」
那智は謙二郎を睨んで去っていった。
日奈は急いで上履きを履き替える。
外を伺えば、先に出て行ったはずの那智が待っているようで、謙二郎は益々テンションが上がった。
先程自分がした行動と全く同じ事をしている那智が大変興味深かった。
「何あれ何あれ…!嫉妬心丸出しの彼氏かよ…!」
謙二郎は興奮気味に呟いた。
あの藍原那智が、あの芳野日奈と…。
先程睨まれた目を思い出すだけで何倍でもご飯が食べられる気がした。
「やっぱりあいつら…面白いなぁ…。」
謙二郎は緩む顔を抑えるように唇を噛んだ。




