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新太を送り出した後、日奈はようやく夕食を取った。
そして一通り落ち着くと自室を出て佐奈の部屋へ向かった。
「佐奈ちゃん。」
数回ノックをして呼び掛ければ不機嫌そうに佐奈が顔を覗かせた。
「……何。」
「あのね、さっき八尋君を見かけたんだけれど、顔色が悪かったの。大丈夫かな?」
「…知らない。」
「そう。」
新太の名前を出した瞬間、佐奈の表情が苦しそうなものに変わった。
「どうした?」
佐奈の背後から虎が顔を覗かせた。
日奈は虎が突然現れた事に少し驚きつつ、事情を説明した。
「八尋君の体調が悪そうだったから、少し心配だなって。」
「…そんなに悪そうだったか?」
「良くはなかったかな。何も知らないなら良いの。いきなりごめんなさい。」
そう言うと日奈は自室へ戻った。
佐奈の性格を知っているぶん、佐奈が一人ではなく虎と一緒に居るならそれでもう満足だった。
日奈の話を聞いた佐奈は顔を暗くして口数が少なくなった。
「新太…そんなに目に見えて傷付いてたんだな。」
「私の所為って言いたいの?」
「ちげぇよ。そもそもの原因作ったの那智だし…。それにまぁ、時間が解決するって。」
その言葉に尽きると、虎はその一言に全てを集約した。
虎は慰めのつもりだったが、佐奈にとっては何の慰めにもならなかった。
時間が解決するという言葉ほど、信用のないものはないと。
「それに新太もさ…」
「ごめん、今日はもう疲れた。」
「…そうだな。」
佐奈が本当に疲れ切った声で言ったので、虎は帰宅する事にした。
「また明日な。」
「うん。」
どれだけ時間が経ったか、急に訪れた空腹感で佐奈は動き出した。
夕食を忘れるくらい意識が飛んでいたらしい。
他人事のように考えた。
「佐奈ちゃん?」
廊下を歩いていると何冊か本を持った日奈に出くわす。
未だに制服を着ている佐奈が不思議なのか日奈が首を傾げていた。
「何でさっき新太の心配したの?いつもはどうでも良いって顔してるじゃない。」
日奈を見た瞬間急に苛ついた佐奈は悪態を吐くように言った。
「一人で居るの珍しいなって。」
「…何か言ってた?」
「何かって?」
「何も言ってないなら別に良い。」
不機嫌に言って日奈の横を通り過ぎる。
後ろから日奈がついてくる気配があった。
「八尋君と何かあったの?」
「関係ないでしょ。姉貴面しないで。」
「わたし、佐奈ちゃんのお姉さんだよ。」
「っ…もう止めてよ!ほっといて!」
佐奈は勢い良く叫んで歩みを早くした。
滲んでくる涙をシャツの裾でキツく拭う。
「最悪…ほんと、やだっ…」
日奈のこういう所が嫌だった。
佐奈の身に何かある度にこうして様子を伺ってくる。
それが日奈の余裕に見えて、佐奈は嫌で嫌で仕方がなかった。
佐奈の日々は充実していて誰から見ても幸せなはずなのに…日奈が幸せ者に見えてしまう事がとてつもなく羨ましくて、嫉ましくもあった。
沢山のものを持っている自分の方が幸せなはずなのに、日奈の方が幸せそうに見える。
そんな不毛な感情を佐奈は抱えていた。
◇
次の日から新太の行動はわかりやすかった。
佐奈達を徹底的に避け、なるべく教室で時間を過ごしていた。
幸い問題の三人とはクラスが違うので負担は少なかったが、ただ一人だけこの状況に被害を被っている者が居た。
「八尋ーお昼は?」
「教室。」
「えー…。」
凛子は分かっていた返答に険しい顔つきで非難の声を上げた。
美人が台無しだ…と新太は思ったが、美人は怖い顔をしても美人だと理解する。
こっちが溜め息をつきたくなった。
「もう三日目だよ?佐奈も虎君も何も言わないし那智も捕まらないし…あんたらどうしたの?」
この4人が幼馴染みである事は周知の事実。
何かがあったのは明白だった。
凛子は今のどんよりとした空気を三日も味わい、いい加減に原因を知りたかった。
「…ここでは話せない。」
「分かった…。じゃあ移動しようよ。」
深刻な顔をした新太と凛子はご飯を片手に人の居ない最上階の階段へ座った。
「連絡しなくて良いのか。」
「もうした。」
「はや。」
「で?」
高校生活の約二年間、男女5人のグループ交流をしていただけに気を使ってしまう新太だ。
しかし新太の気遣いも虚しく凛子は事の原因を伺った。
あまりにも躊躇ないの踏み込みに呆れてしまう。
「まぁ…なんて言うか、」
「何。」
「……。」
新太は一度深呼吸した。
今更心臓をドキドキさせながら反場勢いで口を開く。
「佐奈に振られた。」
「……え?」
「正確には振られたって訳じゃないけど…。」
今度は凛子がドキドキする番だった。
バクバクと心臓が嫌な音を立て始める。
「ウソ…。」
「マジ…。」
新太のどこか投げやりに聞こえる暴露もそうだが、同じぐらい自分自身の変化に驚いていた。
新太が佐奈を好きだったという事に、ショックを受けている自分がいた。
「そっか…。」
胸に手をおいて今度は凛子が深呼吸をする。
髪を触ったりご飯を頬張ったりと落ち着かなくなった。
つまり…綺麗なもの好きである凛子の中で気の置ける存在だった新太が、いつの間にか異性として昇格していたようだ。
「でも…どういう事…?」
「詳しくは言えないけど…なんつーか、アイツは他の奴と…。」
「もしかして…」
そこまで言って口を閉ざす。
一番最初に浮かんだのはいつも一緒に居る虎だった。
しかし、今の状況を見るとこの場に居ない那智の線もある。
「何か知ってるのか?」
新太は新太で何かを言いかけた凛子の発言を深読みしてしまう。
凛子が佐奈の性癖を知っているなら、全てをさらけ出して楽になりたかった。
「いや、私達あんまり恋愛話しないから分かんない…。」
「…そっか。」
新太は溜め息を吐いた。
本当に何も知らなさそうな凛子の様子を見て、何も言わないのが吉だと思った。
「ごめんね、よく分かんなくて。…具体的な事聞いてもいい?佐奈も虎も黙りだし、那智も学校来てるかどうかも分かんないし。」
一人だけ何も知らないと言うことを凛子はただただ寂しく思った。
高校からの付き合いとはいえ、いつも連んでいた友人達だ。
自分の知らない所で何かが起こっているのなら事情を知りたかった。
「佐奈と虎はそう言う事だろうな。那智は知らねぇ。」
「…でも、このタイミングで見かけなくなるのも変だよね?」
深く語ろうとはせず、そしてトゲトゲしくもある新太に那智とも何かあったに違いないと思った。
「アイツらが考えてる事なんて分からん。気になるなら那智本人に聞けば。」
「…八尋冷たい。」
「…ごめん。」
怒りを含んだ声を指摘すれば素直に謝罪が返ってきた。
新太がここまで冷静さを失っているのは珍しいものだ。
余裕のない新太、どこか元気のない佐奈、そんな佐奈を気遣う虎、姿を消した那智。
皆が皆、可笑しかった。
「もう皆とは仲良くしないの?」
「……。」
修復が難しいくらい関係が崩れているかもしれない。
そう思えば聞かずにはいられなかった。
男女でのグループ行動は優越感と安心感があり、毎日楽しかった。
クラスが離れてからもそれは変わらないはずだった。
「前みたいには出来ないと思う。」
「…なんとか仲直り出来ない?」
「凛子が俺の状況なら耐えられるか?」
聞かれて考える。
凛子は中学時代に一度だけ居た交際相手を思い出し、苦い顔をした。
好きで好きで仕方がなかっただけあって別れてからは二度と顔も見たくない存在に成り下がった。
自分なら、仲良くなんて出来ないだろう。
「嫌かもしれない…うん、かなり嫌。普通に距離置きたくなる。」
「だろ?」
「うん。…でも私ね、佐奈はやっぱり高校に入って一番最初に出来た友達だから…。」
その言葉を聞いて新太の表情が暗くなった。
凛子の存在に救われている部分が大きかっただけに、佐奈の味方をされただけで嫌いになってしまいそうだ。
「まぁ、凛子の勝手だし。」
顔を逸らして投げやりに言う。
かなり冷たい声が出たが、そうでもしてないと耐えられなかった。
「でもね?八尋も、それなりに大切にするよ?」
「…それなりかよ。」
見捨てられる訳ではなかったようだ。
佐奈は佐奈、新太は新太として交流すると宣言した凛子に肩の力が抜ける。
『こういう奴だったな…。』
無意識に息を吐いて、安堵の溜め息とはこういうものかと実感した。
「私みたいな美人と同じ空気吸えるだけでも感謝しなさい。」
「フッ…まぁ精々俺のステータスになってくれよ。」
「最悪。私利用されてるのね。そりゃあ振られるわ。」
「うるせぇ、夢ぐらい見させろ。」
「とんだ悪夢だったね。」
「ほんとだわ。」
二人していつもの調子を取り戻す。
新太も少しだけ気持ちがスッキリとして、久し振りに柔らかな表情を浮かべた。




