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White hole〜少女が大人になるまでの話〜  作者: おゆわり
1.深く無感の青春時代【white heart】
13/26

1-13

「どうぞお座り下さい。」


日奈に通された部屋は一面真っ白で綺麗な空間だった。


佐奈の部屋は女の子らしい生活感のある部屋だったが、こちらはどこか殺風景に見える。


新太はテーブルの椅子を引き着席した。


「まだ出来上がっていないのでご自由に寛いでいて下さい。」


そう言って抱きかかえていた数冊の本を机に置くと、調理を始めた。


殺風景だと思った部屋だがキッチンスペースはかなり充実しているようで、綺麗でありながらも生活感が見える。


何故かホッとしたような気持ちになり、少しだけ新太の緊張感が緩まった。


「髪の毛入ってそ…」


特にする事もなく、日奈を眺めて思った感想がこれだった。


余りにも小声で発した為、本人には聞こえていないだろうが。


なんの気紛れか突然短くなった日奈の髪。


数時間前まではボサボサで不気味さと気持ち悪さを兼ね備えた残念極まりない外見だったが、学校が終わってから見れる程度に切り揃えたらしい。


それでも長年同級生として過ごしてきたお陰で髪の毛の長い印象が強く、今更日奈の手料理に不安が煽られた。


「帰りてぇ…」


後悔の念が押し寄せてきたが、まともに動くのもしんどいくらい、精神的にも肉体的にも疲れていた。


そんな事を考えうなだれていれば、日奈が持ってきた本が目につく。


新太は立ち上がると、勉強机に置いてある本を手に取った。


『英語…いやいや、何語だこれ、』


中身を見ると読めない英字がズラリと並んでいた。


もう一冊の本も洋書で内容が確認出来なかった。


頭の悪い日奈がこんなものを読めるはずがないと、新太は改めて周りを見回す。


大きな本棚には沢山の本。


もう一度机に視線を戻し、机の上に並べてある本の中から適当な一冊を引っ張り出した。


「……出来てる、のか?」


たまたま手に取ったのは有名大学の赤本で、しっかりと勉強している形跡がある。


日奈は出来損ないの根暗というイメージがあるので不思議でならなかった。


佐奈と言い、日奈と言い、芳野家は理解出来ない。


「出来ました。」

「っ……、」


ハッとして赤本を元の位置に戻す。


振り向くと日奈がご飯をテーブルに運んでいた。


「…お前の分は?」


新太が席に座ると日奈が目の前に座った。


一緒に食べようと誘ったにも関わらず、自分の分を用意しない日奈が不思議だった。


「わたしは先に食べられないの…後で頂くから、好きなだけ食べて。」

「はぁ…?なんだそれ。」

「良いの。」


意味が分からないが今は食べられないらしい。


相変わらず意味が分からないと思いつつ新太はご飯を見た。


こんなに豪華な手作りご飯を見たことがない。


普通に美味しそうで拍子抜けし、とりあえず一口食べてみた。


「うまい…。」

「なら、良かった。」


予想以上に美味しかったので驚く。


それから新太は夢中で日奈のご飯を食べた。


「料理上手いんだな。」

「毎日作っているから。」


いつもなら捻くれる新太も美味しいご飯の前では素直だ。


「毎日?」

「そう、毎日。」

「…でも使用人が作ってくれるだろ。」

「………。」


昔からこの家では使用人が何でも身の回りの事をしていた。


新太も何度かここの家で食事をしたことがあるので知っている。


無言になる日奈を見て新太の中に嫌な考えが浮かんだ。


「作ってもらえないのか。」

「……。」


日奈は何も答えなかったが、しばらく間を置いてようやく答える。


「わたしが好きなの。だから、わたしが進んで作っているだけ。」


澄んだ声でそう言った。


「金持ちの癖に。」

「……。」


日奈は何も答えず、新太もそれ以上は何も言わなかった。


「佐奈は、俺について何か言ってたか…。」


もう、純粋な気持ちは蘇らないだろう。


疑いと恐怖に支配された心は、そう悟りながらも知る事を望んだ。


これ以上に酷く傷つく可能性もあるというのに、一時の好奇心は隠された何かを求めた。


「何か、とは…なんでしょう?」

「俺の事だよ。何でも良いからさ、ウザイとかキモイとか。」

「…聞いた事は、ない。」

「何でも良いって!」

「佐奈ちゃんは、人の悪口を言わないよ。」


困ったような口調で日奈は言った。


その返答に新太はイラついたが、聞く相手を間違えたと溜め息一つで心を落ち着かせた。


「お前なんかに佐奈が話す訳ないか。」

「………佐奈ちゃんと喧嘩でもしたの?八尋君、さっき泣いてた。」

「…泣いてない。」


新太の様子と発言をみれば、佐奈と何かあったのは一目瞭然だった。


日奈は心配そうに口を開く。


「佐奈ちゃんが何か言ったの?」

「………。」


そう聞かれ、新太は返答に困る。


『言われたというか、嫌な事をされたというか…、』


あの濃密な空間を口で説明するのは難しい。


なにより声に出したくなかった。


それでも知りたいという願望が消える事はなく、その矛盾が新太を酷く苦しめた。


「アイツ…虎とやってた。それを那智も知ってた。アイツは結局"顔"なんだよ。"顔"!だから俺だけハブらしれてた!マジ最悪!」


日奈は新太の話を無言で聞いた。


新太の言う『アイツ』が佐奈を指している事は明白で、話の流れから段々と状況が分かってきた。


「八尋君は仲間外れにされて悲しかったの?」

「いや…つーかアイツらが悪い。那智はな、俺が佐奈を…アイツを好きだってこと知ってた癖に二人がヤってる所をわざわざ見せに連れてきたんだよ。ありえねぇだろ?」

「なんで、那智君はそうしたんだろう…。」

「知らねぇよ。」


怒りが込み上げてきた新太は小さく舌打ちした。


そんな新太を気にする様子もなく、日奈は新たに生まれた疑問を口にした。


「八尋君は私の妹と恋人なの?」


先程から佐奈の名前を言いたくないらしい新太に気を使いながら質問をする。


「……いいや。冗談でもそんなこと言わないでくれ。…気持ち悪い。」


ここまで聞いて、日奈は今まで聞いた情報を整理した。


確かに虎や那智がこの家を出入りしているのを頻繁に見る。


何より…佐奈が二人と一線を越えた事はずっと前から知っていた。


そして、新太が佐奈に好意を抱いている事も知っていた。


だから日奈は声をかけたのだ。


大人数の時に見かける程度で、ここへ単独で来た事のない新太に。


「好きな人なのに気持ち悪いの?」

「気持ち悪いね…。アイツ、虎とヤってた癖に俺とも寝ようって誘ってきやがった…俺は、アイツが…」


新太は話すのを止めて俯く。


込み上げてくるものがあった。


「まだ、好きなんだね。」


日奈の透き通った声に反論したくなる。

好きではないと。


そんな思いとは裏腹に込み上げてくるものを抑えきれない。


「気持ち悪いって思うのも本当。だけどやっぱり、まだ好きなんだよ。好きだから気持ち悪いの。なんとも思ってなかったら何も感じないよ。」

「…分かったような口きくな。」

「…そうだね、ごめんなさい。」


日奈が話している間に一端心を落ち着かせ悪態を吐いたが、素直に謝る日奈に何と返せば良いのか分からなくなり、もう一度俯いた。


確かに日奈の言った事は正しい。


「お前好きな人が居たのか。俺ばっかり知られるのは不公平だろ。」

「……好きな人は、いたよ。」

「…失恋したのか?」


予想外の返答に驚く。

驚きの余り、悲しみが少し紛れた気がした。


「恋はしてない。よく分からないの。誰かを好きになる気持ちが。」


どうやら日奈の初恋はまだらしい。

新太は聞く相手を間違えたと、本日二度目の溜め息を吐いた。


「八尋君は…どうして好きになったの。」

「……。」


数時間前に那智から聞かれた質問だった。


さっきは素直に答えられた質問が今は何も答えられない。


変わったのだ。

やはり、あの頃の自分には戻れない。


「なんでお前にそこまで話さなきゃなんねぇの。」

「…それもそうだね。」

「……。」


会話が途切れ、お互いに無言となった。


日奈はティーポットを持ち上げて重さを確認し、そのまま立ち上がった。


その様子を何となく眺め、日奈の動きを目で追う。


「人の感情って難しいね。お金みたいに形がないから…どれだけその感情に価値があっても、同じだけ返して貰えるとは限らないもの。」


日奈は淹れたばかりのお茶を二つのマグカップに注ぎ足す。


「そうだな……。」


確かにそうだと新太は思った。


今の新太にとって、嫌になるくらい共感出来ることだった。


『だから…もう誰も信じない。全員利用してやる。』


この世の全てが敵に思えた。


それほど新太にとって佐奈は世界の中心だった。


佐奈の苦手な教科はどの教科よりも勉強し、教える口実を作る努力をした。


外へ出かける時は必ず服装を気にし、佐奈と会う時は服が被らないように意識した。


いつでも佐奈を気にかけ、毎日佐奈の事を考えて、毎朝佐奈にどう見られるかを考えた。


この数年間ずっと、新太は佐奈を中心に行動してきたのだ。


まるでコマのようだ。


クルクルクルクル。


一定の位置で不安定に回り、最後は呆気なく倒れ…。


「軸がなくなったんだな…俺…もう生きていけない…、」


軸のないコマはもう二度と回れない。


本気でそう思う。


何の為に勉強し、何の為に身なりを整えるのか。


きっと自分が着る服でさえ分からなくなるのだと、それくらい今の新太には何もなかった。


「大袈裟だって思うか?」


その問いに日奈は首を振った。


「さっきの続き、話しても良い?」

「…どうぞ。」

「確かに、ね、同じだけ気持ちが返ってこないのは辛いけど、同じだけ気持ちが返ってきたら、それはそれで悲しいと思うの。」

「…そうか?何もないよりマシだろ。」

「それでも悲しい。きっと悲しい。」

「何が言いたいんだよ。」


新太は日奈の言いたい事がイマイチぴんとこなかった。


「自分の意のままの関係なんて、それこそ生きている意味がない。」


その時、電話が鳴った。

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