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White hole〜少女が大人になるまでの話〜  作者: おゆわり
1.深く無感の青春時代【white heart】
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1-10

八尋新太には何もなかった。


那智のようなコミュニケーション能力もなければ、虎のような地位もない。


新太の家は言わば中小企業の成金と言った所で、代々続く紅林家の会社や不動産業の藍原家とは天と地ほどの違いがあった。


その小さな会社も年の離れた兄が継ぐ予定であり、新太は将来への危機感が誰よりも強かった。


自分には何が出来る。


幼い頃から甘やかされて育ち、自分は金持ちだとばかり思っていた新太。


しかし幼いながらに『成金』という言葉を知り、自分達は本物と呼ぶには歴史が浅すぎることを知った。


小さな少年の小さなプライドについた傷。


それは思っていたよりも深く、気が付けば自分に利益をもたらすものだけに興味を抱くような…そんな歪んだ人格が出来てしまった。


「那智~、今日暇?」

「どうだろうなぁ。」


凛子が那智に絡みながら放課後の予定を聞く。


新太はそんな二人を見ながらパンをかじり、内心悪態をついた。


『下半身野郎が。性病かかれ。』


新太の目には那智と凛子は付き合って居るように見える。


それなのに他の女子とも遊んでいる那智の下半身の緩さが気に食わなかった。


勿論、落とせるものなら蹴落とすのも厭わないと思っている新太は何も言わずことの成り行きを見守っていた。


「誰かとデート?」

「そんな所。」


しかし凛子に嫉妬する様子はなく、那智からあっさり身を離した。


「も~、那智もほどほどにしないと大変だよ~?」


そんな二人のやり取りに口を挟んだのは、新太の想い人である佐奈だった。


昼食のご飯を頬張って顔を赤らめる姿はとても可愛い。


新太はこの幼なじみ集団の中でも佐奈が一番好きだった。


可愛くて優しくて照れ屋な佐奈。


実の姉が日奈という問題児でありながら、いつも笑顔を絶やさない健気さが好きだった。


「那智、昼飯時にする話じゃないだろ。」


それも佐奈の居る前で。


新太は軽く那智を睨みながら言った。


「俺何も言ってなくね?お前の想像力の問題だし。」


那智は反抗するように鼻で笑った。


確かにそれもそうだ。


「じゃあ佐奈はー?今日の放課後空いてる?」

「ぁ…ごめんね凛子。私も今日は先約があって…。」

「なら仕方がないわね。じゃあ虎君は?」


凛子はつまらなさそうな顔を浮かべながら今度は虎に話題を振る。


そんな凛子の態度に新太は嫌悪感を抱き、ご飯に集中する事にした。


『どうせ俺は綺麗じゃねぇよ。』


不細工ではないが特別格好いい訳でもない新太は凛子のこういう性格が嫌いだった。


特別嫌な事を言われた記憶はない。


ただあからさまに自分だけが誘われないと腹が立つ。


その分佐奈は容姿を問わず自分にも優しくしてくれ、複数人ではあるが遊びにも必ず誘ってくれた。


凛子も佐奈を見習えと、自分の事は棚にあげて内心悪態を吐いた。


「俺も無理だわ。」

「そうそう、今日は虎とデートする日なの。」

「え?」


新太は佐奈の発言に手を止める。


佐奈と虎がデートだなんて聞いていない。


「……あ、デートって言うか家の用事、かな?今のは冗談だよ。」


一瞬場の空気が張り詰めたように静かとなったが、どうやら佐奈の冗談らしい。


凛子は金持ちは大変だねと笑い、佐奈も仕方がないよと困ったように笑った。


『やめてくれ…冗談にしては笑えない。』


新太は苦笑いを浮かべた。




「凛子、俺やっぱ今日キャンセルするわ。どっか行くか?」


唐突に那智がそう言い出した。


一瞬その発言に違和感を覚える。


「本当に?じゃあ買い物行きたい!でも大丈夫なの?」

「ここまで振られてんのは可哀想だしな。俺優しいだろ。」

「アハハ、那智優しい~。」


新太は違和感の原因を何となく見つけた。


いつもなら凛子が積極的に誘っているので、那智の方から凛子を誘う光景が珍しかった。


気紛れでも起こしたらしい。


「ねぇ那智、先約の子が可哀想だとは思わないの?確かに凛子も大切だけど、それってどうなのかな?」

「……。」


今まで黙って聞いていた佐奈が口を開く。


その言い分は最もで、那智と凛子は固まって口を閉ざした。


佐奈の言う通り、ドタキャンをされた子の気持ちを考えていない。


『さすがは佐奈。』


新太は密かに感動した。


「先約の子より凛子が大切なの?」

「…比べてる訳じゃねぇよ。先約は一人じゃないから、俺が断っても遊べるだろ。」

「……なら、まだ大丈夫だね。でもそんな事ばかりしてたら大変だよ?」

「そうだな。気を付ける。」


那智が一つ笑顔を浮かべてこの話は終わった。


「虎、さっきの那智どう思う?」

「…さぁな。」


昼食後、佐奈と虎は一緒にクラスへ戻った。


今年はクラスが見事にバラバラで、虎と佐奈、新太と凛子、那智と日奈…という組み合わせだったため、二人は普段から一緒に居た。


ちなみに凛子と新太はお互いに思う所はあるものの、友人としては良好な関係を築いているようで、親しげに話しながら特別教室へ向かっていった。


「凛子のこと好きになったのかなぁ?」

「…そんな風に見えるか?」

「見えない。」


佐奈がここまで那智を気にするのには理由があった。


実は放課後、虎と那智ははじめて三人で遊ぶ約束をしていたのだ。


それも、今回はベッドの上で。


那智の言う通り片方いれば充分だが、佐奈の希望は三人だった。


「新太でも誘うか?」

「…ダメ、新太は純粋すぎるもの。傷つけたくないよ、」

「オイ…俺らが純粋じゃないって?」

「新太に比べたら不純でしょ?」


そう問われ、虎は苦笑いを浮かべる。


佐奈も新太の好意に気が付いているのだ。


いつまでも純情ぶっている所が佐奈らしい。


『それに…新太は生理的に無理。』


しかし、佐奈の本心だけは誰も見抜けなかった。


口では新太の為だと言っているが、本当は自分が嫌なだけだった。


では何故優しくするのか?

理由は簡単だった。


『まだまだ引き立て役として働いて貰わないとね。』


佐奈は口元に笑みを浮かべた。


新太が単純で良かったと本気で思う。


優しくすれば佐奈を好きになって、気を使えばもっと感情が特別になった。


新太一人さえ居れば、誰にでも優しい女の子と認識される。


『可哀想な新太。でもね…アナタが一番綺麗なんだよ?』


綺麗な人を囲って過ごす佐奈にとって、新太はある意味一番綺麗な存在だった。


無知だからこそ利用しやすい。


他人の利用価値ばかりを考え過ごす新太だったが、皮肉にも一番好意を寄せている相手に利用されている。


その事実を新太本人は知る由もなかった。

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