第四話 謎の重戦車
■1939年(昭和十四年)8月
神奈川県 相模原町
第4陸軍技術研究所
「原、お前も呼び戻されたのか。お互い大変だな」
指定された会議室に入った岩畔豪雄大佐は、先に部屋にいた原乙未生大佐の姿を見つけて声をかけた。
「岩畔もか。まったくだ。ようやく部隊の掌握も出来たところだというのにな」
原も岩畔も今年3月に大佐に昇進し、新たな部隊を与えられたばかりだった。それが急に呼び戻され技術本部付けとされたのだ。大至急ということで二人とも慌ただしく引継ぎをして研究所に駆け付けていた。
「集められた場所が第四で、しかもこの面子となると……戦車がらみの話で間違いないな」
原の隣に腰を下ろした岩畔は、部屋を見回すとそう断言した。
陸軍技術本部の第四研究所は車両と戦車の開発を所管している。そして部屋には戦車研究委員会のメンバー、あるいは戦車がらみの部署やメーカーの人間しかいない。
戦車研究委員会とは、ノモンハン事件の教訓を生かすため教育総監部の星野利元少将が呼びかけた私的な委員会であるが、実質的に次期戦車の研究会といってよい集まりだった。
しばらくして扉が開き、その星野少将が入ってきた。全員が立ち上がり敬礼する。
「楽にして構わんよ。皆、別に知らん仲じゃ無いんだ」
少将は気安く答礼をすると、そのまま座らずに話を続ける。
「実は我が国の戦車に関わる件で少々異常な事態が発生したのでね、無理を言って君らを招集させてもらった」
異常な事態という言葉に原と岩畔は顔を見合わせる。
「まぁ口で説明するより見てもらった方が早いだろう。ついてきてくれ」
そう言って少将はさっさと部屋を出ていく。それを追って皆も慌てて部屋を出た。
連れて来られたのは研究所の端にある倉庫だった。周囲に天幕も張られ厳重な警備がなされている。
中に入ると、そこには見た事もない大きな戦車が並べられていた。
「!!」
驚きで全員声もでない。それほどその戦車は迫力があった。
「これが問題の異常事態というやつだ」
戦車を相手に異常事態とはどういうことなのか?全員の頭に疑問が湧く。それでよくよく戦車を観察すると、すぐに妙な事に気づいた。
最新型であろうはずの戦車が、なぜかとても古びているのだ。塗装は剥げ各所が錆びついている。とてもでないが、すぐには稼働できそうにない状態であることが一目で分かった。
「少将殿、この戦車は一体何でありますか?}
岩畔大佐が皆の疑問を代表して質問した。
「これは先日発掘された戦車だ。どうやら20年ほど未来の我が国の戦車らしい。そんな馬鹿な事を言っても誰も信じやしないだろうから、こうして最初に見せた訳だ」
「未来……?発掘……?」
星野少将の言葉に皆が一斉にざわつく。それに構わず少将は説明を続ける。
「制式名称は61式戦車というらしい。未来では皇紀でなく西暦から命名しているようだな。製造したのは三菱さんだ。ああもちろん未来の話だから君たちが知らないのも当然だ」
そう言って星野少将は三菱の技官に笑いかける。そして脇に控えた事務員に目配せして皆に資料を配らせた。
「詳しい事は配った資料をみてくれ。もちろん極秘だから取扱いには注意するようにな。ちなみに、なぜこの戦車が存在するのかという質問については答えられない。なぜなら誰も知らないからだ」
皆は配られた資料を貪るように読んだ。あちこちで驚きの声や溜め息が聞こえてくる。
「90ミリ52口径だと!?」
「35トン級とは……チハの倍以上、ロ号より重いのか……」
「125ミリ!?未来ではこれほどの重装甲が必要なのか!」
実物と諸元を見ただけで、戦車の由来などもう誰も気にしなくなっていた。
「あれが20年先の戦車の進化の答えならば、我々はどうやら間違っていた様だな」
岩畔大佐はため息をつくと原大佐に自嘲気味に言った。その原大佐は隣で戦車を呆然とした顔で見つめている。
「俺はな、今後は他国が開発している陸上戦艦のような戦車が必要だと思っていた。だが、どうやら正解は違うらしい」
岩畔大佐は戦車研究会の場で、イギリスのA1E1戦車やソ連のT-35戦車のような多砲塔戦車が必要だと主張していた。だが少し考えれば、その重量を一つの砲塔と装甲に集中した方が有用なことは馬鹿でもわかる事だった。
彼の悔しそうな独白を聞く原大佐も似た様な顔をしていた。
「俺もノモンハンの件で反省はしていたつもりだったが……まだまだ考えが甘かったらしい。やはり主力となる戦車には強力な砲と装甲が必要だ。それにそれを支える強力なエンジンもだ」
九七式中戦車(チハ)の開発を主導した原大佐は、今年発生したノモンハン事件の結果から砲と装甲の強化は必要と考えてはいたが、目の前にある戦車はそのはるか先にあった。
皆に衝撃が行き渡ったところで、星野少将はパンと手を叩いて注目を集めた。
「さて、君たちを呼んだのは驚かせる事が目的ではない」
そして皆が静かになり注目すると再び口を開く。
「君たちには、この戦車と同じものを作ってもらいたい。それが目的だ。よろしく頼むぞ」
こうして日本陸軍は現在の戦車開発をすべて一旦白紙に戻し、新たな新型戦車の開発に取り組むこととなる。
■車体
まず車体については取り立てて大きな問題は無かった。最大装甲厚が50ミリほどあるが、今ではハ号やチハの頃にくらべて溶接技術も進歩している。全溶接構造でも十分製造可能であった。
■砲塔
残念ながら砲塔と防盾は同じものを作る事ができなかった。まともな大型鋳造部品を日本はまだ作ることができないのだ。
仕方なく防盾は圧延鋼板を3枚重ねてリベット止めとし、砲塔も同じく圧延鋼板を組み合わせた箱型として製造することとなった。
■サスペンション
足回りもまた問題だった。
謎戦車はトーションバー式サスペンションであったが、同じようなものを作ってはみたものの、どうしてもすぐにトーションバーが折損してしまう。
材質や焼き入れ条件を色々と変えてはみたものの改善の目途は全く見えなかった。
仕方なくサスペンションについては、地形追従性は落ちるものの手慣れた水平コイルを用いたシーソー式とする事になった。
これは外装式のサスペンションであるため、この変更が全体設計に大きな影響を与えることはなかった。
■エンジン
難しいと思われたエンジンは、意外にも目処が立った。
謎戦車のV型12気筒水冷ディーゼルエンジンは排気量30リッター近い大型エンジンであるが、その設計はちょうど開発中の統制型エンジン三菱AC型の系譜に連なっていることが明らかに見て取れたからである。
このためまずはアンダーパワーであるがAC型エンジンを仮に搭載し、このボアを120ミリから140ミリに拡大したエンジンを今後開発していくこととなった。
■変速機・操向装置
複雑と思われた変速機と操向装置もふたを開ければエンジン同様に現在の技術の延長線上の産物だった。
変速機はチハより前進が1段多いものの高低二段切替付き前進5段後進1段であり、操向機も遊星歯車を用いたチハと同様な構造である。
このため、どちらも似たものを製造することができた。
■戦車砲
90ミリ砲については、流石に一朝一夕で同じものを開発することはできなかった。
幸い車内にまるで隠すように少数の徹甲弾と榴弾が搭載されていたため、砲の大凡な性能は把握する事が出来た(驚くことに一部の信管と装薬はまだ生きていた)。
このため、つなぎとして75ミリ90式野砲の砲身を流用し、駐退復座機や閉鎖機の構造を参考にした新型砲をまず開発して、それを当面の主砲とすることとなった。
こうして急ピッチで開発が進められた結果、新型重戦車は1941年(昭和十六年)に一式重戦車として制式化された。
その名称は九七式中戦車「チハ」と同様に九一式重戦車、九五式重戦車ロ号まで遡って命名規則を適用し、大型戦車の三番目という意味で「オハ」と命名された。
このオハはあくまで繋ぎの戦車であり、本命は90ミリ砲と大出力エンジンを備えた戦車だった。
その砲とエンジンも2年後にようやく完成し、それを搭載した戦車が1943年(昭和十八年)に一式重戦車改「オハ改」として制式化された。
こうして制式化はされたものの、残念ながらオハ、オハ改の生産は遅々として進まなかった。予算不足と、まずは数を揃えるためチハの生産が優先されたためである。
それでも南方でM4戦車を相手にチハでは歯が立たない事が明らかになった事で、ようやくオハ改の生産に拍車がかかった。しかしその頃には資材不足が顕著となり、1944年(昭和十九年)末の時点でも完成したオハ・オハ改の数は100両に満たない程度でしかなかった。
それでもフィリピン防衛のために貴重なオハ改が送り出されたが、米潜水艦の妨害によりその多くが海に沈み、無事にたどり着けたのはわずか8両に過ぎなかった。
その貴重な8両を再編し編制されたのが、岩下大尉の率いる独立戦車第八中隊だった。




