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函館怪談 ~こちら、函館駅前あやかし探偵事務所~  作者: 南野 雪花
第3章 あやかしの親分と怨念の蔵
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第9話


 管狐の熊吉は、末広町界隈に住むあやかしの顔役みたいなことをやっている。


 あやかしというのはコミュニティとかを作ったりしないが、二百年近くに渡って、あやかしたちからいろんな相談を受けているうちに、そんなポジションになってしまったらしい。


 ちなみに名前の熊吉っていうのは箱館戦争時代に実在した人物と同じ。

 義理人情に篤いやくざの親分だったので、この管狐もいつしかそう呼ばれるようになっていった。


「そういうあやかしは多いんだよね」


 人々の認識があやかしを作るから。


「そうそう。函館に住んでるぬらりひょんは菅江(すがえ)真澄(ますみ)って名前だけど、これも実在の人物だしね」


 バッグから顔だけ出している紫の説明である。


「ぬらりひょんなんてのまでいるんだね」

「函館は妖怪ふきだまりさ」

「元ネタが判らないネタをぶん回さないでよ」

「あやかし探偵をやるなら、妖怪モノのアニメは履修しておかないと」


 どーでもいい会話を繰り広げなら、待ち合わせの場所に向かう。


 人影も途絶えた夜の街。

 ウシぬいと喋ってる怪しい女と、並んで歩く背の高い男である。

 通報されないか心配しちゃうね。


 末広町にある土蔵。

 幽霊が出るんだと。


 あやかしが幽霊の存在を気にしてどうすんだって思うけど、悪霊化してしまうとあやかしも困るらしい。

 幽霊は人を怖がらせるだけだが、悪霊になってしまうと人間もあやかしも関係なく襲うから。


「あと、悪霊が出るようになったら観光地は終わりだしな」


 丹籐寺が肩をすくめる。

 悪霊が好き勝手に呪いをまき散らした結果、人も物も居着かなくなって廃れてしまった観光地というのは数多いんだそうだ。


「そういうのって時代の流れとか、うまく時流に乗れなかったとか、そういうのが原因じゃないの?」

「もちろんそういう例の方がずっと多いさ。なんでもかんでも悪霊のせいじゃあ、人間の努力なんてどうでも良いのかって話になってしまう」


 ただ、人気は充分にあって、それを維持する努力も研究も続けられていて、廃れる理由もないはずなのになぜか客足が遠のいてしまうというケースがある。

 人間から見れば、なんの理由もなくね。


 そういう部分にこそ、人ならざるものチカラが介在しているらしい。


「ただの運、と、切り捨てるのは簡単だけどな」

「科学万能主義で、あやかしの存在なんか絶対に認めないって人でも、なぜか運が良いとか悪いとかは疑いもしないよね」


 きししし、紫が邪悪そうに笑う。

 ただ、ウシぬいなので迫力はない。めんこいだけである。


 そうこうするうちに十字街電停が見えてきた。

 うちの事務所は函館駅前にあるから電停でいうと三つ、歩いて十二、三分ほどの距離である。


 ちなみにこの十字街から、函館どつく前に向かうのと谷地頭(やちがしら)に向かうのに分岐するのだ。


「熊吉親分。こないだぶり」


 そして、函館市地域交流まちづくりセンター(旧丸井今井百貨店)のレトロな建物を背景にたたずんでいた瀟洒な青年に挨拶する。


 年の頃なら私と同じくらい、自然な茶髪と涼やかな目元。

 芸能人かよって見た目なのは、あかやしは美形ってイメージがあるから。このへんは紫と一緒だね。


 もともと管狐は人間に変化なんかできなかったし、もっとずっと愛らしい外見だったらしい。


「なんども世話かけてすまねえな、(たん)の字にマナ坊」


 やたらと古くさい呼び方をして、にかっと笑う親分。爽やかだなぁ。


「問題ないさ、熊吉。これも仕事だからな」


 対する丹籐寺の笑みは少しだけシニカルで、ぽんと肩を叩く。

 なんか男同士のクールな友情って感じで、いろいろとはかどりそうだ。


「またよからぬことを考えてニマニマしてるね。茉那」


 紫がぼそっと言う。

 気のせいである。邪推である。


「やだなあ、これは微笑だよ」

「うっそくせ」




 

 末広町ってのは函館でもかなり古くからある町だ。

 明治・大正期の建物も多く残っている。


 親分と待ち合わせた旧丸井今井百貨店も大正時代の建物だし。

 幽霊が出るって土蔵も、明治とかに建てられたものらしい。


 まあ、土蔵って響きだけで古いのは想像に難くないんだけどね。今のご時世、わざわざ土蔵を建てる人がそんなにたくさんいるとも思えないし。


 親分の案内で現場に向かいながら、ふと空を見上げれば剣みたいに細い月が空に浮かんでいた。

 月齢は二十八日で、もうすぐ新月なのだと紫が教えてくれる。


 私たち人間はあんまり月の運行を気にしないんだけど、あやかしや幽霊にとっては大変に重要らしい。


「地球から一番近い星だからね。良くも悪くも影響を受けてるんだよ」

「そういうもん?」

「わかりやすい例だと、狼男とか」


 満月になると変身したり強くなったりする。

 西洋の妖怪だけじゃなく、もちろん東洋のそれだって影響を受けるのだ。


「そろそろ見えてくるな。霊感がないマナ坊は、丹の字と手を繋ぐか()の字を鞄から出して抱いた方が良い」


 親分から指示である。

 肉体を接触させることで霊的に連結し、私にも幽霊が見えるようになるらしい。


「わかった」

「……ヲイ」


 丹籐寺が私に半眼を向けた。

 右手で、彼の左手を握っただけなのに。

 なにが気に食わないというのか。


「なんで! なんのためらいもなく男の手を握るんだよ!」

「ほわっと~」


 わざとらしい英語で、首を振ってあげる。


「おーまーえーなー」

「だって、二十四歳の私がぬいぐるみを抱いて歩いてたらヘンじゃん。バッグの中なら、ぎりぎり趣味の範囲ですむかもだけどさ。夜中にぬいぐるみを抱いた若い女がうろうろ歩いていたら、所長だったらどう思うよ?」


 あやしいでしょ?

 おかしいでしょ?

 通報しちゃうでしょ?


「ぬう……そういうことなら仕方がない……のか?」


 今ひとつ納得まではできていないようだが、渋々と丹籐寺が頷いた。

 ふ、勝った。


「女慣れしてない丹籐寺と手を繋いだ方が面白そうだって思っただけだよね……」


 バッグからぼそぼそなんか聞こえたけど、気にしない気にしない。


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