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函館怪談 ~こちら、函館駅前あやかし探偵事務所~  作者: 南野 雪花
第2章 あやかし探偵と押しかけ助手
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第6話


 ちょっと信じられない金額が提示されてしまった。

 六百万円って私の年収より多いよ。ぶっちゃけ倍以上だよ。

 私の精気の価値は、私が考えていたよりずっと高いらしい。


 一日で六百万円。

 パパ活とやらでも、さすがにこの値段は出てこないだろう。


 これは少しばかりまずいかもしれない。


 当たり前の話なんだけど、どんなものの価格も需要と供給のバランスで決まる。いくら売主が高い正札をつけたって、買う人がいなくてはどんどん値段は下がってしまうんだ。


 土地なんかがわかりやすいかな。

 たとえば評価額百万円の土地があったとして、それがすごい田舎だったら売買価格がもっとずっとさがる。逆に東京の都心だったら跳ね上がるだろう。


 どうしてそうなるかといえば、買い手っていうのはあくまでも自分の都合で買うのであって、売り手を儲けさせるために買うわけじゃないからなんだ。

 自分が損をするために取引をする人なんかいないもの。


 つまり、六百万円を出すってことは、紫にとってはそれ以上の価値があるってこと。


 紫はお金持ちっぽいから、今後、お金を払って私から精気を買うことができる。

 売る売らないは別にしてね。あくまでも条件の話。


 じゃあお金っていうか、見返りを用意できないあやかしは?


 力ずくで精気を奪おうとするんじゃないか? 誘拐とか監禁とか、場合によっては殺してでも。

 じっさい丹籐寺も、昔は簡単に殺していたみたいなことを言っていたし。


 六百万円って、殺してでも奪いたい金額ではないと思うけど、欲望が勝ってしまえば何をしてくるか判らない。これはあやかしも人間も同じだけどね。


 今の状況って、私の想定より危険かもしれない。


 いや、もちろん簡単に考えていたわけじゃないよ。

 常識の外側にある事象と関わってしまったわけだし、これまで通りに暮らすというのは難しいだろうなとは思っていた。

 けど、命の危険にまで考えは至らなかった。


「どうしたの茉那。難しい顔をして」


 助手席で黙り込んでしまった私を心配したのか、紫が声をかけてくる。


「ねえ紫。さっきの六百万円ってさ、詫び料込みとかで高く言ってたりする?」

「慰謝料込みなら一千万ってとこかな」

「おけ」


 うーむと私は腕を組んだ。

 いよいよもってまずい。まさか八桁までいくとは。

 これは、覚悟を決めないといけないかも。





 死ぬ覚悟じゃないよ?

 生き残るための覚悟。つまり、薄闇の世界とちゃんと向き合う覚悟だ。

 軽く息を吸い込み、吐き出す。


「いくつか質問があるの。車を止めて、ちゃんと答えてくれる? 紫」

「いいよ。というか、僕はさっき茉那と契約を交わしたからね。この()が終わるまでは忠実なシモベだよ」


 スポーツカーはゆっくりと開店前のスーパーの駐車場に入る。


「契約?」

「誓えるかって訊いたでしょ。僕たちのギョーカイでは誓いって言葉はすごく重いんだよ。人間たちと違ってね」


 ふむと記憶をたぐる。

 たしかに言ってるね、私。危害を加えないと誓えるなら随伴を許可するって。


「でも質問に答えるとは誓ってない」

「運転中に難しい話をしていたら集中できなくて事故ってしまうかもしれないからね。ほら、危害の可能性が出た」


「なるほど。それに、ちゃんと答えないと私が暴れ出して怪我をしちゃうかもしれない、とも解釈できるのか」

「そうそう。冴えてるじゃん。茉那」


 駐車場の端っこに停め、紫が笑った。


 解釈ね。

 ここは重要なポイントである。


 その言葉は、こういうふうにも捉えることができるよねって部分に、あやかしたちは忍び寄ってくるのだ。

 丹籐寺の言っていたことを体感として理解できた気がする。


 ぺろりと唇を湿らせた。


「まずひとつめ、調停者ってなに?」

「あやかしと人間の間を取り持ってトラブルが起きないようにしてる、と、主張してる連中のことだね」


 すっごい嫌そうな表情だけど、なんだか目が笑ってる。

 なんていうのかな。

 嫌っている、ということにしといてやるよって雰囲気だ。


「人間の味方ってこと?」

「あいつらはどっちの味方でもないよ。親切面で喧嘩を仲裁するオッサン、って立ち位置だからね」

「オッサンっていってやるなよう」


 まだ若いじゃん丹籐寺。三十代にはなってないよ。


「でもわかりやすいでしょ」


 そこは否定しないけどね。


 つまり、丹籐寺は私が人間だから助けてくれたわけではない、ということだ。

 トラブルを避けるため。もっとぶっちゃけていうと、紫が調子に乗って私を殺してしまう可能性があったため止めに入っただけ。


 もし紫が普段やっているように、おごった食事とお酒に見合う程度の精気しか奪わなかったならスルーしたことだろう。

 そして現状、私を守ろうとしてくれているのは、私の持っている精気がトラブルを引き寄せる可能性があるからだ。


 無私のボランティア精神の産物ではないし、ましてや私に惚れちゃったからではまったくない。


 このあたりのラインをきっちり認識していないと、勝手に期待しちゃったり裏切られたと感じたり、大変にお寒いことになってしまう。


 たとえば、私の存在がトラブルの原因だから、原因そのものを排除しようって考えるかもしれないのだ。

 あくまでも可能性としてね。


 絶対の味方だと盲信しちゃうのは危険だ。


「ふたつめ、あやかしと普通の人間が契約を交わすことってできる?」


 紫にむかって笑みを浮かべる。

 私自身の武器を手に入れるために。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、新作はこういう感じですか。 色々出てくるのかなー楽しみですな。 あと函館に詳しくなれそうで良きです。
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