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函館怪談 ~こちら、函館駅前あやかし探偵事務所~  作者: 南野 雪花
第2章 あやかし探偵と押しかけ助手
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第5話


「良い車でしょ? 乗らない? 乗らない?」


 超絶イケメンが誘ってくる。

 高級なスポーツカーだから女がなびくなんて思ったら大間違いだよ。ていうか価値観がバブルすぎじゃないか?


 私は無言のままバッグからスマホを取り出し、ついさっき連絡先を交換したばかりの丹籐寺のアドレスを呼び出す。


「わー! 待って待って! 調停者に連絡するのはちょっと待って!」

「調停者?」


 耳慣れない言葉に首をかしげる。

 それ以前の問題として、イケメンがわたわたと取り乱すのは良くない。

 なんというか、正視できない痛々しさがあるわ。


「襲わない! 絶対襲わないから!」


 天下の往来で襲うとか襲わないとかいうな。

 早朝で人がいないから良いようなものの、通報モノだよ? 普通に。


「……あなたは?」


 スマホを降ろし、私は訊ねる。

 押しに負けたのではなく戦術的な判断だ。


 相手が車に乗っている以上走って逃げるのは無理。となればすぐにマンションに逃げ込めるこの位置から動かない方が良い。


 本当はすぐにでも丹籐寺に助けを求めたいところなんだけど、下手な動きをするのは上手くない。彼がここに駆けつけるまでの数分で、私は殺されるか拉致されるだろう。

 もし相手がそのつもりだったら。


「僕だよ僕」

「僕僕詐欺?」

「顔を見せて喋ってるのに特殊詐欺扱いはないと思うわよ。茉那」


 瞬間、イケメンの顔と声が変わった。

 紫に。


「な!?」

「濡れ女の正体は牛鬼(ぎゅうき)って説もあるの。丹籐寺から聞かなかった?」


 聞かなかった。

 というか、詳しい来歴を聞いても仕方がないと思って解説を断ったんだ。


「僕たちあやかしは、伝承や人々の認識によって属性が増えていくからね」


 ふたたびイケメンに戻った紫が微笑する。

 お腹いっぱいとか言ってないで、ちゃんと話を聞いておけば良かった。


「牛鬼なんて名前なのにそんなにイケメンなんだね。紫」


 呼吸を整えながら言葉を紡ぐ。

 動揺しちゃいけない。そういう部分に忍び込んでくるんだから。


「もともとは不細工だったんだけどね。いつの頃からか、あやかしは美形ってイメージが生まれたから」


 ふふっと笑う。


「で、何のようなの? そろそろ帰って寝たいんだけど」

「だから、送るだけだって」


「信用できるとでも?」

「あやかしは嘘をつかないよ。方便を用いることはあってもね。どうせこれも教わってないんでしょ」


 訊かれていないことには答えなかったり、誤解や曲解の余地のある表現を使ったり。


 でもそれは、本当にちゃんと注意深く話せば見抜ける。

 思い込みと憶測で判断しないで、気になったことは理解できるまで訊けば良い。


 保険なんかの契約書が、ものすごい細かい字でびっしり書いてあるのと同じだ。

 あれはまさに認識の齟齬を防ぐためのもの。


 嘘を記載することはできないのだから、きちんと読み込めばそれがどういう保険で、どういう保証があって、どういう条件で支払われるのか、すべて書いてある。

 多くの人はめんどくさがって読まず、セールススタッフの言葉をなんとなーく聞き流しているだけ。


 だから、あんがいちゃんと調べたら受け取ってない保険料とかもあるって話を聞いたことがあった。


 あやかしとの付き合いも同じ。

 ちゃんと聞いて、自分で判断しないといけない。


 丹籐寺の説明すらめんどくさがって聞かないとか、百パーセントあり得ない事態だ。


「判ったわ、紫。本当に危害を加えないと誓えるなら、随伴を許可します」

「言霊で縛ったね。判ったよ、これも罪滅ぼしの一貫。おともしますよ、姫」


 そう言って助手席を指し示す紫だった。






 さすが高級スポーツカー。

 揺れはほとんど感じず、すばらしい乗り心地である。


「あやかしってお金持ちなんだね」

「人によるけどね。濡れ女は話術と容姿に優れているから、好んで金品を貢ごうって男性が数多いんだ」


 オタクたちから金品を巻き上げる阿漕な商売をしてる芸能事務所みたいなもんだと紫が笑う。

 たとえがどぎつすぎるって。


「それにまあ、僕たちは古くから日本に住み着いてるからね。人間たちよりずっと蓄財の方法は心得てるさ」


 そいつはうらやましい。

 そのうちご教授願いたいところだ。


「で、罪滅ぼしってのは?」

「昨夜、吸い過ぎちゃったでしょ。あれはあきらかに対価と釣り合わないからね」


 運転しながら器用に肩をすくめる。

 ふと思ったんだけど、こいつ免許って持ってるんだろうか?

 無免の人の横に乗るのって、すごく怖いんですけど。


「対価?」

「呑み屋の会計ごときで、茉那の精気をもらうのはさすがにね」


 よく判らないね。

 精気って金銭で売り買いするようなモノではないと思うんだけど。


 そう思って訊ねてみると、そこもやっぱり人によるっていうかあやかしによるんだそうだ。


 たとえば座敷童(ザシキワラシ)なんかだと、家に住み着いてそこの家族全員から少しずつ精気をもらい、対価として幸運と富貴を授けるという。


「僕や濡れ女もいろいろと特殊能力は持ってるけどね。でも結局、人間には現金(キャッシュ)が一番喜ばれるから」

「生々しいなあ」


 完全に否定しきれない部分はあるけどねー。

 結局、先の利子より今の現金ですよ。


「ちなみに私が受け取るべきインセンティブって、あとどのくらいあるの?」


 たいして期待もせずに確認してみる。

 

「六百万くらい?」

「まじで!?」



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