第4話
どうしよう。
どうしたらいいんだろう?
「とりあえず、家に帰って風呂に入って寝たらどうだ?」
「すごい勢いで見捨てましたね? 丹籐寺さん?」
じろっとにらんでやると、なんだか降参だっていう雰囲気で両手を挙げられた。
「関わってしまった以上、見捨てるつもりはないけどな。若い娘が仕事帰りの服装のまま夜明かしというのは不健康すぎるだろ?」
そういってブラインドが降りたままの窓を指さす。
視線を送れば、向こう側が明るくなりつつあった。
もう夜明けってこと?
まじで?
私が大門界隈をうろうろしてたのって、たぶん十八時くらいとかそのへんだと思うの。
バッグの中に手を突っ込み、スマホを引っ張り出す。
「五時半……」
十二時間近くも経っていた。
「ちなみに、俺が駆けつけて左院さんを保護したのが三時過ぎだな。ざっと八時間か九時間くらいエナジーを吸われ続けていた計算だ。よく生きていたと思うよ。じっさい」
しかももうほとんど回復してるんだからな、と、呆れたように笑っている。
回復度合いってのは私には判らないんだけど、べつに身体に異常は感じないかな。
頭が痛いとかもないし。
ソファに転がされていたから、ちょっと腰が痛いかなってくらい?
「ちなみになんだけど、どうやって私をここに運んだの?」
「こうやって肩に担いで」
お米の袋を担ぐみたいなジェスチャーだ。
なんということでしょう。
「雑すぎ! 完全に荷物じゃん! せめてお姫様抱っことかなかったの!」
荷物のように運搬され、適当にソファに転がされていただけ。
これが物語だったら、ヒロインの扱いかたについて脚本家と演出家に強く抗議したい。
いやまあ、私はヒロインを張れるほど美人じゃないけどね。
ブスすぎる、なんて卑下するつもりはないけど、平々凡々な顔立ちだと思う。ダークブラウンにした肩下までの髪もありふれてるし。
函館市内に五千人くらいはいそうな、普通のOLだ。
あ、元ね。元OL。
「んで、外歩いて平気なの? 私」
話を本筋に戻す。
狙われる可能性があるんだよね? ふらふら歩き回って大丈夫なのかしら。
「たぶん?」
「頼もしい答えだなぁ、丹籐寺さんや」
「平日の昼間っから何か仕掛けてくるあやかしはいないと思うんだ。動きがあるとしたら夜じゃないかと。確証はないんだけどな」
だから、たぶんという保留つきなのだという。
基本的に昼というのは人間の時間。逢魔が時(十八時くらい)をすぎてからが彼らの時間なのである。
ただ、それは絶対の法則じゃない。
夜に活動する人間が数多いように、昼間を活動時間にしているあやかしだっていくらでもいる。
そういう連中が動かないという保証はない。
「けど、どこかで割り切らないと一歩も動けないからな」
「そりゃそうか」
いきなり通り魔に出くわす可能性、暴走車にはねられる可能性、乗っていた路面電車が脱線してひっくり返ってしまう可能性、そんなものまで考え出したらきりがない。
家から一歩も出られないだろう。
いや、家にいたって、ボイラーが爆発して火事になる可能性とかゼロじゃない。
けどそんな可能性を考える人なんかいないよね。
百パーセントの安全なんて、求めたって仕方がない。
「したら、いったん帰って寝るわ。夕方にまたくる」
「お、おう……」
丹籐寺が「え、くるの?」って顔を一瞬したけど、そこは見なかったことにしておく。
あやかし関連で頼りになりそうなの、彼しかいないんだもん。
夜になって一人でいるのは、さすがに怖すぎるよ。
「いや、迎えに行こうと思ってたんだけど」
おっとぉ。
私の想像を超えていい人だったよ!
丹籐寺の事務所を出ると、玄関ドアに申し訳程度の看板が張り付いていた。
『函館駅前探偵事務所』と。
「そういやあ探偵だっていってたなぁ」
自己紹介をしたときのことを思い出す。
最近の探偵さんは、あやかしとかにも詳しいものなんだねえ。
などと、埒もないことを考えたりして。
あきらかにマンションの一室、やる気を感じられない看板、普通の探偵じゃないでしょ。これは。
「しかも、キラリスのマンション部分だったんだね。ここ」
廊下の窓から見える函館駅に、おもわず独りごちる。
かつて函館の駅前がものすごく栄えていたころ、いくつかのデパートが建ち並んでいた。
棒二デパートとか、和光デパートとか、さいかデパートとか。
ぜんぶ閉館しちゃったけどね。
キラリスというのは、その和光デパートの跡地に建設された複合型商業施設である。
四階までが商業施設や公益施設で、五階から十六階まではマンションなんだ。
「いいとこ住んでんなぁ。探偵さん」
ひがみっぽいことを言ってみる。
だって、探偵ってあんまりお金持ちのイメージがないんだもん。
『探偵物語』の工藤俊作しかり、『名探偵コナン』の毛利小五郎しかり。
一等地のマンションに事務所って感じじゃないよね。
しょうもないことを考えながらエレベーターをおり、エントランスホールを抜けて通りに出る。
路面電車やバスが動くまではまだ少し時間があるから、タクシーを使おうと駅方面に歩き出した。
流しのを拾うより、素直に駅に止まってるやつに乗り込んだ方が早い。
歩いて五分もかからないんだから。
そのときだ。
嫌味なほどかっこいいスポーツカーがすーっと私の横に止まった。
「おはようお姉さん。送るよ。乗っていかない?」
窓を開けて声をかけてきたのは、やっぱり嫌味なほどのイケメン。
芸能人だって、こんなに整ったお顔の人はそんなにいないだろうってレベルの。
「……昼間は安全だろうって言ってたくせに……」
はぁぁぁぁぁ、と、私は大きなため息をついた。
こんな早朝からナンパするようなエキセントリックな超絶美形な人間は、いるのかもしれないが、きっとかなりの少数派だと思うよ。
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