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第39話


 なかなかの迫力だった。

 けっこう広い敷地は背の高い草で覆われ、その中に築百年を超えてそうな屋敷が建ってる。


 昔はけっこうな豪邸だったんだろうね。

 でも、建物は傾いちゃってるし、あちこち穴が空いてるし、窓ガラスも割れちゃってるし、ひどい有様だ。


「心霊スポットに遊びに行くような物好きだって近寄らないのよ。不気味でしょ」


 観察を続ける私たちに、才原が説明してくれた。


「それはまあ、当然なのだけれどね」


 ふわりと長い髪をかき上げる紫。

 ぽーっと才原が見つめた。

 すげーきれいだから見とれるのも判るけど、深入りするのはやめとけよ。こいつはあやかしだぞ。


「本当に幽霊なり悪霊なりが棲みついてるような場所は、人間は本能的に避けるものよ。逆に言えば、世にいう心霊スポットなんて霊がいないから人間が遊びに行けるのよ。シズル」


「は、はい……」


 解説というより、名前を呼ばれたことでドギマギしちゃってるよ。

 あんた、今の話に重要な示唆が含まれてるからな?


「つまり、ここにはいるってことよね。所長」


 私の確認に丹籐寺が頷く。


 ただの幽霊なら別に問題ない。人間に害を与えるような力はないし、エナジーの補強もできないから、ほっといても勝手に消滅する。

 問題になるのは悪霊の場合だ。


 死にたくないっていう思い以上の強烈な執着がなければ幽霊にはならない。悪霊ってのはその執着をさらに強くして、この世のありとあらゆるものに呪いや祟りをまき散らす存在なんだよ。


 そうなっちゃうと浄化して輪廻に戻してあげるのは不可能で、消滅させるしかないんだ。

 正直、あんまり後味の良い仕事じゃない。


「ただ、悪霊ともちょっと違う気配なんだよな」

「そうなの?」

「外からじゃ、これ以上のことは判らないな」

「なら突入しかないね。才原、紫と手を繋いで」


 言いながら、私は右手で丹籐寺の左手を握った。

 こうしないと霊感のない私には霊体が見えないのである。


 息吹をあやかしに吹き込んだり、神降ろしをしたり、けっこうすごい体験をしてるんだけど、霊感はまったく生えなかった。

 なので、霊感のある人物と肉体的な接触をしていないと霊は見えない。


「一切のためらいなく俺の手を握るんだよな……」

「いやあ、私か才原って選択肢なんだけど、ちゃんと選びたかった?」

「……負けました」


 勝ち負けらしい。なかなか意味不明な男である。


「ていうか左院。いまさらだけど、あんたたちって本当に霊能力者集団なの?」


 紫と手を繋いだ才原が、本当にいまさらなことを言う。

 電話で散々説明したじゃん。

 お祓いとかもできるって。


「本物だよ。ついでに、あんたが手を握ってるそいつも人間じゃないよ」

「またまた」


 へらへらっと笑ってる。

 覚悟が足りないな。


 あやかし探偵に依頼をかけるってことは、薄闇の世界を知るってことなんだよ?

 たとえば灯媛の親代わりになることを決めた健介みたいにね。

 あとは任せたバイバイってのは通用しないんだ。


「紫、牛鬼モードに変わっちゃって」

「友達相手に荒療治ねえ。いいんだけど」


 そういって笑った紫だけど逆らわない。

 とくになにか音楽が鳴るとか、謎の光に包まれた変身シーンがあるとか、そういうことは一切なく、すいっと超絶イケメンの姿になる。


「qあwせdrftgyふじこlp!?」


 そして才原が驚愕の叫びをあげた。


「リアルでそれを言う人、初めて見た。そしてけっこう古いね」

「あんたは! 適切なツッコミを入れるとかじゃなくてぇ!」


「でも、理解できたでしょ?」

「こんな理解のさせ方があるか! あたしだから叫んだだけで済んだけど! 普通だったら失禁してるからね! イケメンの目の前で!」


 まあまあ落ち着きたまえ。

 屋外でおしっこは、ちょっとプレイが特殊すぎてついてこれない人も多い。

 もうすこしノーマルな嗜好の人に刺さるようなものにしようよ。


「おまえもう喋るな……」


 才原はぐるるると野獣みたいなうなりを発し、紫が同情の目をして空いてる手で彼女の頭を撫でてやった。


「静流は高校三年間、茉那の相手をしていたんだね。驚嘆に値する胆力だよ」

「……妖怪に同情された……」


 おい。お前らどういう意味だ?

 ケンカなら買うぞ?


「なあ、そろそろ中に入らないか?」


 すごく困った顔で言う丹籐寺だった。





 家の中は真っ暗だった。

 電気もガスも水道も、もう止められてから何十年も経過しているらしい。


「なのに、こんなによく見える」

「霊視状態だからね。いま私たちは霊的なものを見てるんだ」


 不思議そうな才原に私が説明した。

 まー、受け売りなんですけどねー。

 べこべこになっている床を、踏み抜かないように注意しながら進む。


「ていうかこれ、なんで崩れてないの?」


 私は首をかしげてしまった。

 家の中に入ったら余計に判る。もう家屋としての体をなしてない。

 本当に、崩壊していないのが不思議なのだ。


「崩れてしまわないように、頑張っているやつがいるからだな」


 そういった丹籐寺が、かつてはふすまだったであろうなにかを避けた。

 奥は床の間がある部屋なのかな?

 この廃屋の中では、比較的マシな場所だった。


 そしてその隅っこに、ぼうっと光る猫。

 二本の尻尾を立て、威嚇するようにこちらを睨んでいる。



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