第31話
「乳繰り!?」
丹籐寺の顔が真っ赤っかになる。
下ネタへの防御力が低すぎるな。相変わらず。
「紫に訊いたら、茉那が夜這いに行ったと言ってたしね」
「夜這!?」
目までぐるぐるし始めたよ。
「おおおおおレたちはまだそういうかんけけけいじゃないかうら!」
言語機能までおかしくなってるし。
なにいってるかまったく判らないけど、こんなんでも私の上司なわけだし、あんまり醜態をさらさせるというのは忍びない。
「私になにか用だったの? 奇琉々さん」
「女同士、親睦を深めようと思ってね。どうだい一杯」
「なぁる。いいよ、付き合う」
にっと笑い、私は頷いた。
部屋割りの理由に気づいたから。
あれは丹籐寺を切り離したんじゃなくて、私と二人きりになる機会を作りたかったんだね。
紫と灯媛がふにゃふにゃになっちゃうのも織り込み済みだったんだろうし。
「じゃあね、調停者。ちょいと奥さん借りるよ」
「超亭主ってなに!?」
パニック丹籐寺がなぞの職業を作っている。
だれもそんなこと言ってないっちゅうねん。
「ちょっと行ってくるね。準吾」
私も悪乗りして、ぱっちんとウインクする。
名前で呼んでね。
「…………」
ぷしゅーって頭から蒸気を吹き上げ、丹籐寺がフリーズしてしまった。
まあ、そのうち再起動するだろう。
「けっこう策士だね奇琉々さんって」
「簡単に読んじゃう人にいわれてもねえ」
からころと下駄がなる。
私は旅館の浴衣にサンダル履きだが、奇琉々はきっちりとした和装だ。
和風旅館にボルケーノって名付けて、バングラデシュ料理を振る舞うようなエキセントリックな女将さんなのに。
「読んでないよ。奇琉々さんが所長にコナをかけにいくのかと思ったくらいだもん」
私は肩をすくめてみせる。
なんであんなに焦ったのか、ちょっと自分でも謎だけどね。
今のところ、私は丹籐寺に恋愛感情は持っていない。
はずだ。
そりゃイケメンだと思うし、優しいのも知っているけど、じゃあ抱かれたいと思うのかといえば、ちょっと答えは保留させてほしいって感じ。
けっして嫌いではないんだけどね。
「うちが調停者と? ないない。冗談よしこさんだよ」
ぱたぱたと手を振る。
なんか言い回しが古い。
とっても昭和チックだ。
「うちらあやかしにとっては、調停者ってのはお近づきになりたくない存在さね」
「そうなの?」
「そりゃそうさあ」
大げさに両手を広げてみせる。
調停者というのは強い。私もドラキュラとの一戦を見ていたから知ってるけど、普通に人間の域を超えてるのだ。
あやかしから見てもその強さは本物だから、あんまり近くにはいきたくないらしい。
中立をうたい文句にしていたって、自分を殺せるだけの力を持ってるやつと一緒にいるってのはすごいストレスなんだってさ。
まあ人間だって、素人さんには手を出さないって主張している暴力団の隣には住みたくないだろう。
まして恋愛関係になりたいかっていえば、私だったらノーだね。
職業差別だといわれてもまったくかまわないよ。暴力団だろうと半グレだろうと珍走団だろうと、ノーサンキューです。
心根はいい人なんだっていわれても、まったく信用できないしね。
「調停者がヤクザと一緒だとは、さすがにいわないけどね。でもうちらにしてみりゃあ、ピストルを持ってる人とイコールさね。しかも撃っても裁かれない系の」
「そりゃ、たしかに敬して遠ざけたいね」
まさに敬遠ってやつだ。
紫が行動をともにしているのは私がいるからだし、灯媛は生まれたばっかりで調停者に対しての忌避感もないからだろう。
五百年を閲するという大妖怪の奇琉々は、そういうわけにはいかないんだってさ。
「でも、私もその一味じゃない?」
「茉那はパンピーさね。いくら良いエナジーを持っていても、うちらの脅威になるわけじゃない。むしろ良き隣人として仲良くしたいまであるね」
くすくすと笑う仙狸。
そしてたまにエナジーをわけてもらうのさ、と。
あやかしたちの考え方って、すごくシンプルで良いね。
嫌いなんだけど義理や他人の目があるから表面だけでも仲良くしないといけない、というのがまったくない。
益になるかならないか、脅威になるかならないか、判断基準はそれたけ。
その前提の上に好悪の感情が乗る感じかしらね。
「つまり、パンピーの私に用があったってことか」
「そそ。女としての意見が聞きたくてね」
「お? 恋愛話?」
「どうだろうねぇ。そうなるのかねぇ」
ドキワクしながら食いついた私に、奇琉々が微妙な表情を浮かべた。
「あのころは恋というには幼すぎたし、逆に今となっては老け込みすぎてる気もするんだけどねえ」
唇に人差し指を当てる。
いろっぺえなこの女将。
どんなお話なのか、ちょいとあっしに聴かせてくださいよ。
「茉那ってそういうキャラだっけ?」
呆れながら、奇琉々が話し始める。
もう何十年も昔の話だ。
彼女はここである少年と出会った。
当時は内浦荘といった砂原温泉に、彼女はちょくちょく入りにきてたのである。
エナジーが吸収できるタイプの温泉は、百七十五すべての自治体に温泉がある温泉天国の北海道でも、そう多いわけじゃない。
彼女以外にも、けっこうあやかしが通っていたんだってさ。
「ちょっとは霊感があったのかね。うちが人間でないことに気づいたんだ」
懐かしそうに、奇琉々が目を細めた。
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