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第30話


 国道五号線を北上して森町(もりまち)に入り、砂原地区へと抜ける。

 一時間ほどのドライブだ。


 デートにはちょうど良い距離感だけど、ハンドルを握る丹籐寺はともかくとして、ウシぬいとケモ耳少女も一緒なので色っぽい雰囲気にはなりようがない。


「こないだはろくに挨拶もできず、無作法しちまったね」


 玄関前まで出迎えてくれた奇琉々が笑う。


 ひまわりみたいな明るい笑顔で、たとえば濡れ女モードの紫なんかと比較するとすっごい健康的だ。

 明るい茶色の髪と青い瞳が、異国的というよりギャルっぽく見えないこともない。


 間違いなく美人だ。

 猫のあやかしで、仙狸っていうらしい。


 猫又なんかと同一視されるけど産は中国で、霊格としてももっと上なんだって紫が教えてくれた。

 そこは良い。


 美人女将ってだけで感動に打ち震える人だっているだろう。

 問題は、あやかし温泉ボルケーノの方である。


 なんというか、特筆するところもなく古い旅館だった。

 建物も、入り口にかけられたのれんも、とても昭和な感じである。


 とはいえ、手入れは行き届いてるんだろう。汚らしいとか気味が悪いとか、そういう印象はまったくない。

 ごくごく普通の、古くさい温泉旅館である。


「さあさあ、あがっとくれ。夕食はなにが良い? 今日は和洋バから選べるよ」


 元気に先導しながら訊ねてくるんだけど、私は首をかしげてしまった。


「バ?」


 バってなに?


「バングラデシュ料理さ。最近はまってるんだ」

「おおう……」


 内浦湾を望む温泉旅館の名前がボルケーノ。夕食はバングラデシュ料理。しかも作るのは中国のあやかし。

 カオスを通り越しすぎて、不思議に調和すら感じるよ。


「まあ……せっかくだし、バにしてみるか」


 意外にチャレンジャーな発言をする丹籐寺だった。


「所長ってバングラデシュ料理なんて食べたことあるの?」


 私はない。

 一体どんな料理があるのか、想像もつかない。


「ない。けど、こんな機会でもないと食べることもないだろうし」

「たしかにね……」


 うーむと頷く。

 そもそもバングラデシュがどこにあるかすら知らない私である。

 なんとなーく東南アジアなのかなー、くらいの感覚だ。


「そうだね。せっかくだし」

「よっしゃ! 腕によりをかけるよ!」


 すんごい張り切って手を拍つ奇琉々である。

 笑顔がまぶしい。






 バングラデシュ料理は、けっこう好みが分かれそうだけど面白かった。

 米と魚がメインだから、恵みの海である噴火湾が目の前に広がるボルケーノに似合うとも思う。

 本場は淡水魚がメインらしいけどね。


 そしてお風呂も、たぶん重曹泉なのかな? お肌つるつるで良い感じ。


「エナジーも補給できたし、至れり尽くせりね」


 部屋でくつろぎつつ、濡れ女モードの紫が言う。

 ここの温泉には、あやかしたちに必要なエナジーが含まれていて、入浴することで吸収できるんだそうだ。

 こういう霊力スポットな温泉って、たまーに存在しているらしいね。


 で、それはいいんだ。

 問題はそこではない。


「なんで紫がこの部屋にいるのかって話よ」

「そりゃあ、三人部屋だからでしょ」


 四人グループなんだから、二人ずつ分ければ良いじゃん。

 丹籐寺が一人部屋で、私と紫と灯媛が同室って、なんかおかしいよね。


「男女で分けただけで、なにもおかしくないと思うけど?」

「紫は牛鬼モードになりば男じゃん。ウシぬいモードだったらマスコットじゃん」


 べつにこいつは丹籐寺と同室で良かったと思うんだ。

 ぶっちゃけ濡れ女モードになったところで、なにか間違いがあるとも思えない。


 極端なことをいえば、私と丹籐寺が同じ部屋に寝るって以外は、男女のアレ的な事態にはならないんだよね。

 だから、私の部屋と丹籐寺の部屋が分かれるのは、まあまあ理解可能ではある。


 だけどそこに、紫や灯媛まで放り込まれるのは釈然としない。


「なんか、わざと所長を孤立させているような……」

「考えすぎじゃないの?」


 ふわっと紫があくびをする。

 美味しいご飯と、エナジーの補給で、腹がくちくなったという雰囲気だ。

 難しいことは考えたくありませーん、と、顔にでかでかと書いてある。


 灯媛なんて、敷かれた布団の上で寝息を立てちゃってるし。

 これにすら、そこはかとなく作為的なものを感じるよ。


「よし、ちょっと所長の様子を見てこよう」

「いってらぁ」


 ひらひらと手を振る紫。

 まるっきり興味ないな。どーでもいいけど。


 廊下に出た私は、ほんの短い距離を移動して丹籐寺の部屋の扉をあける。


「所長、いる?」

「どうした、左院くん」


 読んでいた文庫本から顔を上げ、丹籐寺がこちらを見た。


 あっれー?

 すっげー普通なんですけど。

 浮気現場を押さえてやるって勢いでやってきたのに、なんか暇つぶしっぽい感じで古ぼけた本を読んでいるとか。


「んや、暇つぶしにきただけなんだけど、なに読んでるの?」

「ロビーに置いてあった。ここが人間の旅館だった頃の名残だろうな」


 そういって本を掲げてみせれば、たぶん昭和時代の少女小説だ。

 講談社とか集英社とかから出てたやつ。


 イケメンが温泉旅館の広縁(ひろえん)の椅子で少女小説を読む図。なかなかにシュールだよね。


「面白い?」

「当時……バブル直前あたりの十代女性の価値観がじつによく判って興味深いかな。しかもガンガン外に出て遊ぶタイプじゃなくて、本が好きで想像の翼で飛ぶタイプの女の子だな」

「あんたはいったい何の研究をしてる人なんだよ」


 思わず笑ってしまった。

 なんだか、いろいろ杞憂だったかな。


「おやまあ、こっちにいたのかい。乳繰り合ってる最中だったらすまないねえ」


 しばらく談笑していると、えらく下世話なことを言いながら、奇琉々がやってきた、

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