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第3話


「信じられないかもしれないけど、紫は人間じゃない」

「……そういう結論なんじゃないかと思った。なんとなく」

「妖怪とかあやかしとかいわれるような存在。もう少し細かくいうと濡れ女(ヌレオンナ)だな」


 私は小さく息を吸い、そしておおきく吐き出した。

 いままで積み上げてきた常識が、ガラガラと崩れていく音を聴覚以外で聞きながら。


「ウミヘビが化身したものっていわれてるけど、詳しい来歴を説明するか?」

「いえ……あやかしってだけで、もうお腹いっぱいよ」


 濡れ女というあやかしに私は魅入られ、一緒にお酒を飲んだ。

 そして精気を奪われた。

 むしろよく生きていたって話である。


「誤解のないように言っておくと、あやかしに正邪はないし、必ずしも人間に危害を加えるものばかりじゃないんだ。紫にしても君を殺すつもりはなかったと思う」

「殺されかかってたような気がするんだけど……」

「そこはちょっと説明が必要だろうなあ」


 そう言って丹籐寺がぽりぽりと頭を掻いた。

 なんであやかしの弁護をしないといけないんだ、などと呟きながら。


「あやかしたちの主な栄養は人間の精気だっていったよな」

「ええ」

「だからこそ、あいつらは人間には元気いっぱいで健康に生きてほしいんだ」


 それは、ある種の共生である。

 人間がいなくなったらあやかしだって生きていけない。だからあやかしたちは様々なかたちで人間に力を貸すのだ。健やかに生きてもらうために。


 紫の場合は、悩みや愚痴を聞いたり、酒や食事をおごったりしてストレス解消してあげ、その見返りとして精気をもらうというやり方である。


 もちろん、精気をもらうといっても命に関わるほどではない。

 翌日「あー、飲み過ぎたなぁ、二日酔いだわぁ。頭がガンガンするぅ」と、なる程度だ。


「どうしてその程度しかもらわないのかといえば」

「殺して事件になったら困るから?」

「正解。江戸時代なんかだと捜査もいい加減だったし、人も簡単に死んでいたから、気を遣わなくて良かったらしいけどな」


 えらく不穏当なことをいって肩をすくめる丹籐寺である。

 ともあれ、普段なら吸い過ぎないように気を遣っている紫が、私に対しては欲を出してしまったらしい。


「なんで?」

「左院さんのエナジーがずばぬけて多く、上質だったからだな」


 簡にして要を得た答えだった。

 普通の人なら三回は死んでるくらいの量の精力を私は吸われたらしい。しかもそれだけでは飽き足らず、紫は私そのものを手に入れようとした。

 惚れさせてお持ち帰りしちゃう、というやり方で。


「いくつか条件を出されたんじゃないか?」

「あー、言ってた気がする」


 お金の心配はいらないとか、上司に復讐してあげるとか。


「与太話かと思った……」

「危なかったな。左院さんが契約を交わした後だったら、手の出しようがなかった」


 もし、そこで頷いていたら契約が成立しちゃったってこと?

 怖っ!





 あやかしでも悪魔でも良いけど、一見すると人間が有利な取引を持ちかけてくる。


 今回のケースも、私は生活の心配は一切なくなり、私をクビにした上司は地獄の苦しみを味わったあとで辞職に追い込まれる。

 でも私は紫の家に囚われ、日ごと夜ごとに死ぬ寸前まで精気を奪われることになるのだという。


「働かずに食える身分……」

「どこに揺れてるんだよ。戻ってこい」


 丹籐寺に笑われた。

 いや、だってさ、あんなきれいなお姉さんとイチャイチャしてるだけで生きていけるなんて、微妙に勝ち組な人生な気がしない?


「理想のヒモ生活」

「ダメだこの女、はやくなんとかしないと」


 くだらないやりとりをして笑い合う。


 もちろん冗談口の類いだ。

 いくら私だって、あやかしに囲われるのが理想の生活だと思わないよ。

 ホントだよ?


「だけどさ、なんで私は精気が多いんだろう?」

「名前が茉那だからだろうな」


 なんじゃそりゃ。

 名前が茉那だと精気が多くて質が良くなるのか。


「本来、言葉には意味が宿ってるんだよ。名前はただの記号じゃない。ひとつひとつにちゃんと力が宿ってる」


 私の茉那はマナに通じ、万物に宿る超常的なエネルギーを示しているのだそうだ。

 茉はジャスミンで、とても強い生命力と素晴らしい香りを持つ植物。

 那の方は多いとか美しいとかいう意味を持っている。


「すなわち、上質なエナジーをたくさん持った人間、だ」

「こじつけもいいとこじゃない」


 びっくりだ。

 たぶん私の両親はそんなこと考えて名付けてないと思う。


「今の日本人は言霊を軽視しがちだしな。これは偶然の結果だろうと俺も思うよ。けど」

「けど?」


「偶然だろうとなんだろうと、左院さんが何万人に一人っていうすごいエナジーの持ち主であることを、あやかしたちは知ってしまったわけだ。問題はそこだね。間違いなく狙ってくるやつがいるだろうな」


「ちと待たれい」

「なんでござる?」


 長いセリフを、思わず時代がかった口調でストップをかけた私に、律儀に付き合ってくれる丹籐寺だった。


「何万人に一人って話、聞いてないんだけど」

「言ってないからな」


「言えよ!」

「何十万に人に一人かもしれないし」

「むっきーっ!」


 あと、狙われるとかしれっと言わない。

 普通に怖いからね?


 紫は命まで取らないように気を遣ってくれたみたいだけど、他のあやかしまでそうとは限らないじゃん。

 頭からむしゃむしゃ食べられちゃうかもしれないってことじゃん。



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[気になる点] > 「本来、言葉には意味が宿ってるんだよ。名前はただの記号じゃない。ひとつひとつにちゃんと力が宿ってる」 女の又の力という名前をもっている上で独身でいることが100.0%決まっている…
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