第21話
「変なコネクションができてしまったな」
なんとも言えない顔で頭を掻き、丹籐寺がスマホをデスクに置いた。
「誰から?」
「こないだ知り合った和尚だ」
ちょっと前、珍しく人間から依頼で動いたとき、知己となったお坊さんがいる。
ウシぬいモードの紫を一発であやかしだと見抜いた法力の持ち主だった。
いまどき、ちゃんと法力を持ってる僧侶は珍しいんだってさ。
で、本来は調停者と、お坊さんや神職ってのは必ずしも仲の良いものじゃないらしい。
一方は人と妖怪の間をとりもって、トラブルが起きないようにする。
もう一方は、悪霊退散! ってのが仕事だからね。
スタンスがまったく違うから、これまでは接点もあんまりなかったんだって。
「より正確には、互いに踏み込まないようにしていたんだけどな」
「でも向こうから接触してくるようになった、と」
「警戒してるんだろうな。俺だけでなく、あやかしを使役している人間までいるんだから」
「私かよ……」
なんと、警戒の半分は私だった。
そして助手が警戒されていると判っている以上、丹籐寺としても露骨に嫌がるような態度をとれない。
後ろ暗いことでもあるのか、と解釈されるのもまずいしね。
「仕事を頼みたいって電話だった」
「断れないパティーンね」
「だなあ。でも、俺たちの分野の仕事ではある」
ふうと息を吐いた丹籐寺が、私のデスクまで歩いてきてメモ用紙を置く。
いやいや、あなた所長なんだから呼べば私が出向くって。
ちょっと女に気を遣いすぎるよね。
そこが魅力ではあるけども、悪い女に引っかからないか、お母ちゃんとっても心配ですよ。
「狐憑き? こっくりさんとか?」
「そのへんが有名だけどな」
人間に取り憑くあやかしといえば、まず最初に狐が思いつくくらいに有名だ。
じっさい、憑依被害は狐と猫が双璧で、ちょっと他とは比較にならないらしい。
今回も、狐が憑いていて日々弱っていく青年をなんとかしてやってほしいという依頼だ。
「なんとか? 祓うならお坊さんは専門家じゃないの?」
丹籐寺っていうか調停者というのは悪霊退治を専門にしていなくて、やってやれないことはないってレベルなんだそうだ。
そういうのに一番強いのは陰陽師で、その次あたりお坊さんがつけているんだって。
「迷ってる魂を成仏させてやるのは、たしかにあいつらが専門だ。なのに俺たちに依頼してきたってことは」
「成仏させたり祓ったりするのが目的じゃないってことよね」
ふーむと私は腕を組む。
それって、僧侶の本分を超えて私たちを頼ってるってことかしらん?
そこまでの信頼関係を築いてはいないと思うんだけどな。
「和尚の思惑が見えないけど乗ってみるしかないさ」
「そだね」
肩をすくめる丹籐寺に私は頷いてみせた。
狐に憑かれているという青年の家は釜谷町にある。
函館空港から、津軽海峡沿いの恵山国道をずいーっと南下していった先だ。
その釜谷町に二〇二三年にオープンしたばっかりの和菓子屋さんで手土産を買い、くだんの家へと向かう。
早くにお父さんを亡くしてお母さんと二人暮らしなんだけど、かなりの孝行息子なんだって和尚さんが言ってた。
で、その孝行息子が日に日にやつれていってるのを心配して、お母さんが和尚さんに相談したんだってさ。
「まあ、狐憑きでやつれていってるなら、医者に診せても意味がないからね。最終的には寺だの霊能者だのを頼らざるをえないんだよねぇ」
丹籐寺が運転する車の中、膝の上のウシぬいが言う。
医学や科学は万能ではなく、霊に吸われてしまった精気を回復させることはできない。
だから大昔から法力を持つお坊さんや、神力を扱える神主さん、退魔術に長けた陰陽師なんかが活躍してきたわけだけど、いつの時代にからか彼らの存在はぜんぶインチキで片付けられるようになった。
「べつに人間が、科学っていう宗教を信仰しようと、僕らはまったく困らないからね、間違いを正してあげる義理もないし」
という紫の言葉と、だいたいのあやかしが同意見なんだってさ。
健康で長生きして、精気を奪える状態ならなんだって良いんだそうだ。
ともあれ、お母さんに相談された和尚はさんは一発で霊障だと見抜いのである。
そして私たちに依頼をかけた。
「そこのロジックが何回考えてもわかんないんだよね。事情なんか知ったことか、霊は全部祓ってやるぜ。汚物は消毒だ。みたいなのが坊主のデフォルトなのに」
「どこのモヒカンなモブ悪役だよ」
「そのまま主人公に倒されちゃえばいいのにって思ってるからさ」
「紫は紫で闇が深いなぁ」
基本的にお坊さんや神主さんは大っ嫌いなんだってさ。
まあ、敵だからね。
そんなことを喋っているうちに、けっこう古い一戸建て住宅が見えてくる。
目的地だ。
そして、問題の青年と対面する。
なかなかにやつれていた。
元々は日に焼けた好青年って感じなんだと思うけど、もうげっそりである。
半月くらい下痢してるの? 下品なことを聞いちゃいそうなレベルで。
「うわ……」
「こいつは……」
私の横に立った丹籐寺とバッグから頭だけ出している小さな声をだした。
むむ。
なんかやばい事態なのかな。
「初めまして健介さん。函館駅前探偵事務所の左院といいます」
内心の声は表情に出さず、私は手土産の袋を差し出した。
※著者からのお願いです
この作品を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」「もっと読みたい」と思った方は、
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただいたり、
ブックマーク登録を、どうかお願いいたします。
あなた様の応援が著者の力になります!
なにとぞ! なにとぞ!!