第15話
あやかしに正邪の別はない。
じゃあ神様はどうかっていうと、これは明確にあって善神と悪神にわかれるんだそうだ。
祟り神とかいわれるのは悪神ね。
こういうのと関わってしまうと、たいていロクな死に方をしないんだって。
怖いねー。
「シランパカムイってのは、善悪どっち?」
「善でもあるし悪でもある」
「うぉい! 明確にわかれるって今いったばっかりじゃん!」
数秒前の説明をころっとひっくり返す丹籐寺に裏拳ツッコミを入れる。
仰角四十二度の美しいフォームで。
身長差的に、これがきっちりと彼の胸板に当たるのだ。
「アイヌの神の場合は、善神と悪神の二面性を持つんだよ。これが厄介でね」
「シランパカムイも同じです」
森は様々な恵みを人々に与えるが、同時に人を惑わしてその懐に取り込んでしまう。
深い深い森の中へ。
「森に入って自然と一体になれたなんて感じてるやつは、とくに危ないな。取り込まれやすい」
「あ、見えてきたかも」
その朔也とかいう若いハンターは、シランパカムイに魅入られてしまっているということだろう。
そして晴太は、その状態をなんとかするために函館駅前探偵事務所に電話してきた。
「朔也のアニキの説得は無理でした。となればシランパカムイから突き放してもらうしかないんですが、ぼくは神に口をきけるような力はないし……」
一介のイワホイヌにすぎないから、と目を伏せる。
やばい。庇護欲をそそられるな、これは。
なんとか力になってあげたいと思ってしまう。
「所長なら神様とも話せるの?」
「調停者ってのは完全に中立の立場だからな。神だろうと悪魔だろうと、一応は話を聞くさ」
敵でも味方でもない。
だからこそ、こことの交渉を絶つことはできないのだという。
「シランパカムイと話すのは難しくない」
そして森の神にしても、若いハンターのひとりくらい眼中にもないだろうから、突き放してくれと頼めば簡単に頷くだろうと丹籐寺が予測してみせる。
「だが」
いちど言葉を切って、彼は晴太に正対した。
「なんだってお前がそこまで人間に肩入れする? そこが解せないんだ」
強い瞳がイタチのあやかしを射貫く。
その瞬間、晴太が小さくなってもじもじし始めた。
心なしか頬も赤い。
「…………」
下を向き、なにやらごにょごにょ言ってるし。
おお? これは、あれなんでないの?
「なんだって? 聞こえない」
いやいや、いやいやあんた。聞こえなくたって態度で判るでしょ。
唐変木か?
冷凍野菜か?
なんぼなんでも鈍すぎるぞ所長。
しゃがんで目線を合わせようとするのは、まあまあ偉いとは思うけどさ。
「……からです」
「んん?」
「朔也しゃんがすきだからでしゅ!!」
道の駅に轟き渡るくらいのでっかい声で宣言しちゃった!
そして噛み噛みだった!
「め、めんこすぎる……?」
愛らしさに私は悶絶し、
「ぐああ……耳が……耳が……」
耳元で叫ばれた丹籐寺は物理的に悶絶してる。
とりあえず、朔也の家に移動することにした。
本人に会わないと何にも始まらないってのもあるし、なとわ・えさんのお客さんたちの視線が痛かったから。
こんなちっちゃい子に告白みたいなことをさせていじめるなんて、という視線ね。
誤解だよう。
「あんたたちが、もう一度あの鹿に会わせてくれるのか」
互いに自己紹介した後、さっそく朔也が本題を切り出した。
彫りの深い顔立ちと筋肉質な身体。整えない前髪。昭和時代の変身ヒーローみたいな雰囲気である。
あ、この人はあやかしの存在なんかなんにも知らないよ。晴太のことも近所のお子様って認識だ。
その近所のお子様が、親戚を通して道南の山の専門家を呼んだ、というのが今回の設定らしい。
いやあ、私も丹籐寺も山岳のプロにはまったく見えないと思うけれどね。
「会わせることはできる。だが、会ってどうするつもりだ?」
「……判らない。ただもう一度会いたいと思う」
苦しげな言葉。
聞けば、初めて会った日からずっと森の主(朔也談)を求めて山に入っているという。
二日と空けずにね。
そりゃあ晴太だって心配しますよ。仮に恋愛感情がなかったとしてもね。近所に住んでる兄さんが、明らかに異常なペースで山に入り、疲労困憊して帰ってきてるんだもん。
まして晴太は朔也を好いているわけで、いつ遭難するか気が気じゃないと思う。
ちらっと横を見れば、すっごい沈痛な面持ちだ。
ダメだろ朔也兄さん、この子にこんな顔をさせたら。
「鉄砲を含めて、武器は持っていかないと約束できるか?」
「……かなり危険な場所だぞ?」
丹籐寺の確認に、朔也は首をかしげる。
道南の山の中にはヒグマがいるのだ。もちろん恵山界隈だって例外じゃない。
というより、ヒグマがいない山なんて私は函館山くらいしか知らないよ。
そんなところに武器も持たないで入るなんて自殺行為……と考えて思いついた。山菜採りのおじいちゃんおばあちゃんは武器なんか持ってないわ。
「小刀は武器として数えないから持っても大丈夫だし、そもそもそんな森深くまでは入らないから大丈夫だ」
ここでいう武器とは、銃とか弓矢とか、相手を傷つけることを目的として作られたもののことらしい。
マキリというのはアイヌも武器として数えないので、ここはOKなラインなんだってさ。
「そうなのか? 俺があれを見たのはかなり奥の方なんだが」
「やり方があるんだよ」
ふふ、と、丹籐寺が不敵に笑った。
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