第11話
丹籐寺って、同情とかあんまりしてくれない。
気持ちわかるよ、なんて言ってくれないんだ。
むしろ俺はお前じゃないから判らんって突き放す感じかな。
なのに、普通に力は貸してくれる。知恵も貸してくれる。文句も言わず、恩着せがましい態度もとらず、淡々と。
変なやつだよね。
じっと丹籐寺を睨みつけていた老婆だったが、やがてがっくりとその肩が落ちた。
「お話しします」
と。
土蔵の中の異変もおさまっていく。
「やれやれだね。やっとスタート地点だ」
紫が両手を広げてみせた。
いまは荒れ狂ってる幽霊を落ち着かせただけ。じつは仕事はここから始まるまである。
少女の名は冬実といった。
幼い頃から身体が弱く、しばしば熱を出しては家族を心配させていたという。
その冬実が十五歳になったとき転機が訪れた。
口に出してしまえば安っぽい話だけど、恋を知ってしまったのである。
相手は彼女の家に仕えていた書生の青年。
熱く激しい激しい恋だったし、不幸の始まりでもあった。
人目を盗んで逢瀬を重ね、ついに冬実は青年の子を身籠もってしまう。
よくやった。結婚しよう、丈夫な子を産んでくれよ、とはならなかった。
主人の娘に手を出して、しかも妊娠させたんだもん。
青年はびびってしまった。書生を受け入れるレベルの家ってそこそこ裕福だし、権力だってある。
やべえと思って書生は逃亡して、身重の彼女だけが残された。
両親は怒り狂う。
不義の娘ってことだからね。
世間様に顔向けできないって、冬実は土蔵の中の牢に閉じ込められた。
そして子供は、産み落とされてすぐに里子に出される。
男には捨てられ、親には罵られ、暗い蔵の中で赤ん坊さえ奪われ。
やがて彼女は血を吐いて倒れた。
労咳(結核)だったらしい。
もともと身体が弱かったのもあるし、日の光も入らないような土蔵に閉じ込められてたら病気になるのは当たり前だろう。
でも、当時はものすごく恐ろしい伝染病で、治療法もなかったからね。
冬実と土蔵は見捨てられた。
はるか昔の物語である。
そして幾千夜。
函館は大火があり、空襲があり、街は滅び、そして復興されていったんだ。
けど、見捨てられて忘れられた場所には、忘れずにいる魂が存在していたのである。
恨みに支配された哀れな魂が。
「つーか、ひっどい話ね」
話を聞き、私は腕を組んだ。
我ながらむっさい顔で。
たぶん冬実は明治とかの人なんだろう。時代を考えれば、女性の扱いが悪かったってのは理解できる。
できるけど、書生も両親もクソすぎるだろう。
あと冬実も流されすぎ。
子供ができたからって逃げ出す程度の男に惚れるなよなー。
「話はわかった。それでは冬実さん、あなたは何を望む?」
相変わらず淡々と丹籐寺が問いかける。
もうちょっと具体的に訊かないと答えられないと思うぞ?
「このまま地縛霊として現世にとどまり続けて悪霊化しちゃうか、それとも浄化を受け入れて輪廻の輪の中に帰るかって話だね」
紫が捕捉したけど、まだちょっと判りづらいかもだよね。
冬実の恨みは晴らされることはない。
書生にしたって両親にしたって、間違いなくもう死んでるだろうからね。
復讐すべき対象がもう存在しない以上、空回りだ。
ただ恨みだけが募り、冬実は悪霊化しかかっている。
あとワンステップのところまできちゃってるらしい。
「人間をとり殺したら冬実さんは悪霊になってしまうよ。そしたら今度は冬実さんが狩られる側になっちゃうんだ」
私も丹籐寺の真似をして淡々と言った。
ほんと、事実って厳しいよな。
慰めって、簡単に口にできない。
ただの幽霊なら放置だけど、悪霊になってしまったら祓うしかない。まあ祓うってのは上品な言い方で、消滅させるってのが本当のところなんだって。
もう輪廻の輪の中には戻れない。
「……お任せします」
光が三千万キロの旅をするくらいの時間をおいて、冬実が頭を下げる。
いつの間にか老婆ではなく、若い女の姿になっていた。
痩せてはいるが、優しげな面持ちの女性である。
たぶん、これが死んだときの姿なのだろう。
もちろん、許せない気持ちは簡単に整理なんかつかないと思う。
だって、普通に許せることを許すのは、まさに普通のことだもん。とうてい、どうあっても、絶対に許せない、化けて出ちゃってるほどの恨みだからね。
そりゃあ生半可なことじゃない。
気になることだってあるだろうさ。
産んだ子の行方とかね。
だけど、それももう詮無いことなんだよね。
「道を拓く。あなたの旅路が心安らかであることを」
丹籐寺の右手が淡く輝き、口からは祝詞が流れ出す。
冬実が深々と頭を下げた。
「お、おお?」
丹籐寺が手を離した瞬間、土蔵が消滅した。
夜風が髪を揺らしていく。
「ここは……ただの空き地じゃん」
「どうしてか建物が建てられない土地、そんな話を聞いたことがねえかい? マナ坊」
「よくある怪談話よね。親分」
工事関係者に事故が相次いだりして、呪われてると噂が立ち誰も手をつけられない、いわば開かずの間のような土地だ。
「ここもそういう場所の一つだったってことかぁ」
「まあな。いままで放置してたんだが、ここんとこ急に険悪化してな」
熊吉親分が肩をすくめる。
夜風がざわざわと伸び放題の下草を揺らしていた。
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