第10話
視線の先にたたずむ土蔵は、そんなに古ぼけているようには見えなかった。
もちろん真新しいって感じはしないけど、しっかりと蔵のかたちを保っている。明治の時代から建っているというのに。
入り口は開いている。
まるで誘うかのように。
「ようにっていうか、普通に誘ってるんだけどね」
ぽんっとバッグから飛び出した紫が人間状態になった。
牛鬼モードの方である。
私はイケメン三人に囲まれていることになるが、頬を緩ませるのではなく気を引き締めた。
ウシぬいのままでは対処しきれないから人間の姿になったのである。しかも濡れ女ではなく、より戦闘力の高い牛鬼を選択した。
その意味がわからないほどのお調子者では、ないつもりです。
「もう悪霊になりかかってるじゃん」
「だから丹の字に電話したんだべや。ほっといて良いならほっとくさ」
紫と親分の会話だ。
ほっとくなよって思うけど、あやかしというのはべつに人間のために行動しているわけではないので、自分に害がないなら幽霊になんか手を出さない。
そもそも除霊とかが得意じゃないってのもあるらしいけどね。
そのへんの技術は、人間の方が三枚も五枚も上手なんだってさ。
慎重に、土蔵の中へと歩を進める。
漆黒の闇。
かぼそい月の光すら及ばない蔵の中は、ほんとうに常闇の世界だった。
絶望を具現化したらこんな感じなのかな、と、私は埒もないことを考える。
そのとき、ばたんと音を立てて扉が閉まった。
見えているわけじゃない。
真っ暗だからね。
でも、扉が閉まったんだってことは判った。
なかなかに意味不明な状況である。
ぼうっと灯りがともる。
オレンジの、ゆらゆらゆれる炎はろうそくかな?
位置は正面。
その弱々しい灯りの後ろに老婆の顔が浮かぶ。
「ひ……っ」
思わず悲鳴を上げそうになり、両手で口を押さえる……。あれ? 片手しか動かない。
それもそのはずで、右手は丹籐寺がしっかり握ってくれている。
伝わってくる彼の体温によって、私は落ち着きを取り戻していった。
横を見やれば、あやかし探偵が軽く微笑する。
大丈夫だ、と。
小さく息を吐き出す。
幽霊が出ることは最初から判っていた。
それを解決するために私たちはやってきたのである。びびってどうする。
視線を正面に戻す。
老婆の顔がにたりと歪み、その口からぽたぽたと血がしたたり落ちた。
どこからが吹き込んだ生ぬるい風が、背筋をなで回していく。
ろうそくの炎が不自然にふくらみ、しぼみ、不気味な影を壁に映し出す。
ごうごうと音が鳴り、土蔵自体がガタガタと揺れる。
埃が、嘲笑するように舞い上がる。
「典型的なホラー演出じゃん」
ふうと私はため息をついた。どれもこれも突然遭遇してしまったら怖いと思う。
だけど、幽霊の仕業だと判っていて、それをなんとかできる人たちがそろっているわけだから怖がる必要はない。
むしろ、こっちを直接に害することができないんだろうな、と哀れんでしまうほどである。
怖がらせて、走らせたり暴れさせたりするのが目的だ。
こんな真っ暗ななかで、そんなことをしたらどうなるかって話ね。
何かにつまづいて転んだり壁に激突したり、あるいは同士討ちになったり。まあろくな結果にならないだろう。
逆からいえば、目の前にいる老婆の幽霊の攻撃方法はそんな搦め手しかないってこと。
「どうしてこんなことをするんだ? 何か言い残したことがあるなら、言ってみると良い」
右手を広げ、丹籐寺が理解ある歩み寄りを示す。
彼もべつに怖がってはいない。
「呪ってやる……呪ってやる……呪ってやる……」
しかし老婆の口からは、壊れたプレーヤーみたいに同じ言葉が繰り返されるだけ。
「あのねぇ。呪う言われて、ハイそうですかお願いしますなんて答える人、いるわけないっしょ」
おもわずツッコミを入れてしまう。
「話を聞いてやるって言ってるのに対して、呪ってやるって答えは、失礼も度が過ぎると思うよ。おばあちゃん」
ふんすと鼻息を荒くして。
「でた! ここ一番ってときの茉那のクソ度胸」
「この気の強さが、函館の女だよな」
紫と親分が勝手なことを言ってる。
ほっときなさいよ。
こういうのって嫌いなの。
お前の話なんか聞かないよって言ってるなら、呪ってやるって返しは判るよ? だけど、話を聞くって言ってんだから話しなさいよ。
意味がわからないよ。
ああ、なるほど、私が前の上司を許せなかったのはそういうことなのか。
福利厚生を用意しておいて使わせないってのは筋が通らない。だったら最初から用意しなければ良い。
その理不尽さに腹が立ったんだ。
なぜかこんなときに自分のことを再発見してしまう。
「そもそも、私たちはおばあちゃんの恨みを買うようなこと、なんにもしてないじゃん」
初対面だ。
これで呪われたら逆恨みも良いところである。
そんなもんに付き合わされるのは、どう考えても馬鹿馬鹿しすぎる。
「やー、呪いなんてだいたいそんなもんだし」
「だから厄介なんだわ。まったく関係のないもんにまで害が及ぶ」
やれやれと肩をすくめる紫と親分だった。
他人事みたいにいってるけど、それってあんたたちも巻き込まれるって話だからね。
「話してみないか? チカラになれることがあるかもしれないし」
優しげ、というより淡々とした口調で丹籐寺が言う。
私のときもまったく優しそうじゃなかった。
だけど、どういうわけかこの方が安心するんだよね。
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