第1話
解雇になった。
しかも即日解雇だ。
荷物をまとめろ二度とくるな、ときたもんだ。
普通だったら、労働基準監督署とかに駆け込むような案件である。
「ゆーて、都会ならともかく、田舎じゃそんなもんがまともに機能してるはずもなしってね」
偏見に満ち満ちたことを、さすがに小声で呟きながら私が向かったのは大門地区。函館駅前の歓楽街だ。
さてみなさんこんにちは、無職なりたての女、左院茉那二十四歳です。彼氏はべつに募集していません。
これからちょっと、無職のヨッパライ女にランクアップしようと思って、夕刻の松風町をさすらっています。
風流なさすらい人というわけだ。
ちょっと違うかもしれない。
普段ならちょっと足を踏み入れるのをためらってしまう菊水小路に潜り込み、とても昭和の雰囲気の漂う呑み屋ののれんをくぐった。
あとになって分析してみれば、これもなんだか私らしくない行動である。
一人呑みなんかしたことないのに怪しさ満点の店に突撃なんて、ちょっとありえない。
クビになってむしゃくしゃしていた、というだけでは、ちょっと説明がつかないだろう。
「そっかそっか。大変だったねえ」
「意味わかんないよね。病気休暇を使わせようとしたら上から怒られるとか」
「ブラック滅びろー!」
「滅びちまえー!」
こうしてカウンター席で隣り合わせただけの相手と差しつ差されつ呑むなんてのも、普段からは考えられない行動だ。
いくら女性同士とはいえ。
私の務めていた(過去形!)会社にはいくつかの福利厚生があり、法定の有給休暇の他にも休暇が設けられていた。
家族が病気になったときにも使えるってお題目だったんだ。
だから、後輩の親が病気だって聞いたとき、それを使って休んだらどうかって勧めたんだよね。
そしたら上司に怒られました!
余計な知恵をつけんなって!
「使われたら困るような制度なら設定しなきゃいいのに」
隣の席のお姉さんがクスクスと笑う。
つややかな黒髪と濡れたような黒い瞳が色っぽい。守ってあげたくなるような容姿、という表現がぴったり当てはまる。
「福利厚生が充実してるのは良い会社ってイメージだからね」
私は肩をすくめてみせた。
社員は集めたい。だからいろんな福利厚生がありますよとアピールする。だけど会社として損はしたくないから、サービスは使わせないようにする。
日本の企業がすべてそうだとはいわない。私の務めていた会社がそうだったというだけの話だ。
「で、ふざけるなって噛みついてクビになったと。熱いハートを持ってるねー」
「いわないでよぅ」
おちょこに注がれた日本酒をくいっと飲み干す。
熱いというか若いというか青いというか。
後輩のために上司に抗議するなんて、他人がやったらバカとしか思えない。
あげく逆鱗に触れて解雇だからね。
「労基にチクっちゃえば?」
「無駄っしょ」
「あ、やっぱり」
「せめて予告手当くらいはもらいたいけどね」
空いた私のおちょこにお姉さんがお酒を注ぐ。
くいっと飲み干す。
すごく飲みやすくて美味しい。
いくらでも飲めちゃいそうだけど、懐にも限界があるからなぁ。
無職になったし。つーか今月の給料、ちゃんと振り込んでもらえるんだろうか?
「大丈夫。そのへんはうちが上手くやってあげるから。茉那は安心して飲んで」
表情を読んだのがお姉さんが笑った。
んーと、私いつ名乗ったっけ?
「ありがてぇ、ありがてぇ」
ま、いっかぁ。
私は良い調子で飲み続ける。
ふと気がつくと、私はベンチに座ってぼーっと月光仮面を見上げていた。
菊水小路からほど近い、グリーンベルトの一角である。
なんでこんなところに月光仮面の像が建っているかというと、原作者の川内康範先生が寄贈したから。
なんとこの方、函館出身なのである。
「あれ……なんで私……」
ふらっと入った呑み屋できれいなお姉さんと呑んでいて……!
はっとして持ち物をチェックする。
バッグはある。中身も……財布やカードケース、スマホもなくなってない。
「むむむ……?」
「なにがむむむよ。少しは良くなってきたみたいね」
唸っているとお姉さんがやってきた。
手に提げたビニール袋からはミネラルウォーターのペットボトルが覗いている。たぶん近くのコンビニで買ってきたのだろう。
「巾着切りだとでも思ったのかい?」
スリの、ものすごく古い言い回しである。
「そそそそそそんなことはないよ」
「せめて目を見て否定しなって」
はい、と、キャップを切ったペットボトルを手渡された。
一口飲めば、冷えた水が火照った身体に染み渡る。
「会計も済ませてきたから」
至れり尽くせりだ。
でも、さすがにそれはまずいだろう。社会人として。
いくら無職とはいえ。
「私も出すって」
「いいのいいの」
かぶせるように言って横に座る。
ちょっと近くない?
「給料も、解雇予告手当も、いっそ今後の生活費だって、どーんとうちに任せてくれて良いから」
「いやいや、なにをいって」
思わず彼女を見た私。目が合った。
黒かったような気がする瞳が、いまは紫がかって見える。
吸い込まれそう。
「その上司に復讐だってしてあげるよ」
右手と右手が絡み合う。
しっとりと、まるで溶け合うように。
なんだろう。とてもとても、それは魅力的な提案に思えた……。
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