メモリー to be continue?
アヤ・ライトニングはドクター・ヨハンソンの研究室を訪れていた。
『教団』から押収した品々の鑑識結果の聴取と、単なる雑談が目的だ。
「――――まぁ、大まかにはこんなところかな」
ドクターから結果報告を受け、アヤは思わず嘆息してしまう。
予想はしていたが、逃げた『教団』幹部の足取りを追える手がかりはほぼ無かった。残されていた物は、これまで『教団』が行ってきた儀式と証した犯罪の記録ばかりである。
「ありがとう、ドクター。報告書は上げておいてちょうだい」
「あぁ、任せたまえ。――――ところで、グロウ・イェーガーとの新婚生活はどうだい?」
「ちょっ、変な言い方しないで!」
唐突にからかい始めたドクターを叱責し、周囲を見渡す。幸いにも人はおらず、グロウ・イェーガーから借り受けられたカノ・ラピスという褐色エルフが興味深げにこちらを見ているだけだった。
ラピスは『キャスト』の解析技術と開発能力を買われ、ドクターの補佐として働いているのだ。
「同棲してるのだろう?」
「言い方! 保護監察官ってだけで、他意は無いわ」
アヤはグロウの保護監察官として彼の軟禁されている住居で共に過ごしている。
その役目はアヤである必要は無いのだが、彼が負った傷への責任を果たす意味でも、生活を共にしている方が何かと都合が良かったのだ。が、カノがちょろちょろと動き回っているため、グロウと接触できる時間が限られていた。
それが腑に落ちず、モヤモヤした生活が続いているのは単なる余談だ。
「ふむ、彼のファーストキスを奪ったがために、責任として同棲してるのかと思っていた」
「違うわよ! っていうか、あれは医療行為のようなもので、特に意味は無いって!」
「そうかい? まぁ、そういうことにしておこう」
くつくつと笑うドクターに、アヤは呆れるような溜め息を漏らす。
ひとしきり笑った彼女は、急に声色を真面目なものに変えて話を切り出した。
「彼の人生を壊したことへの責任は果たせそうかい?」
「……気付いていたのね?」
「まぁ、つい最近だがね。君が年下に恋したって思ってた方が楽しかったのだけど」
残念そうに肩をすくめるドクター。
しかし、それ以上、アヤの贖罪の思いについて触れることは無かった。友人としての気遣いなのだろう。
「グロウと言えば、彼は教祖を殺さなかったそうだね? 寸前で思い止まったとか。どういうわけか知っているか?」
「両親に止められたって言ってたわ」
「両親? というと、彼の亡くなったご両親かい?」
「えぇ、そうよ。その場に居た私達は見ていないし、カノですら認識してなかったようだけど、教祖を殺そうとした時、両親のビジョンが見えたそうよ。帰ってごはん食べよう、って言ってたらしいわ」
「ふむ、君もカノも認識しなかった存在か。彼の良心が作り出した幻か、あるいは本当に霊体として現れたのか。興味深いね」
「そうね。彼自身、かなり『エナジー』を消費し精神も磨耗させてたから、幻覚って思う方が筋が通りそうだけどーーーー」
「ふむ、彼の両親が彼のことを止めたと考えた方が、気持ちがいいね」
ドクターは安堵の表情を浮かべる。
最初から彼女はグロウの味方で居たため、どういう理由であれ彼が殺人を犯さなかったことを喜んでいるのだろう。
「しかし、ごはん食べようとは、何とも平和な言葉じゃないか」
「思い出が詰まった言葉らしいわ」
「ほう?」
「昔、グロウはいじめられてて、自殺すら考えたことがあるそうよ。そんな時、軍人だった彼の父親は軍をやめて、追い込まれていたグロウが回復するまで寄り添ってくれたそうよ。社会復帰する中、何度も挫けそうになった彼を立ち上がらせるために、彼の父親はごはんを食べようって告げてたって」
「何でごはんなんだ?」
「彼の母親の趣味が料理で、かなり美味しかったそうよ。心が折れたグロウは、母親の手料理を食べて次の日からまた頑張るための英気を養っていたらしいわ。それを食べて、次の日になってからまた考えるようにしていたって」
奇しくもアヤが告げた言葉と似通った内容だった。
何とも皮肉めいていて、話を聴きながら自らを内心で嘲笑したものだ。
「それは良い話だ。で、君は何でそんな複雑な表情をしているんだい? 悩みがあるなら話したまえ。私の口の固さは知っているだろ?」
ドクターの言葉にアヤはちらりとラピスを見る。
彼女は相変わらず興味深げにこちらへ視線を向けているが、グロウと常に行動しているカノであれば全て承知であろうとアヤは言葉を続けることにした。
「…………うちのレンちゃん、グロウの同級生って知ってるでしょ?」
「あぁ、三年前まで同じ学校だったと聞いてるよ」
「グロウをいじめて追い詰めた犯人、レンちゃんだったのよ」
アヤの言葉にドクターは目を見張る。
彼女が驚く様子を見るのは久し振りだと、場違いなことを思ってしまった。
「正確には主犯格の一人なんだけど、グロウにしてみたらそんなこと関係無いわよね」
「それは何とも……彼女の過去に何か仄暗いものを感じてはいたが……」
レン・カミサキの経歴は採用するにあたり面談したアヤが一番よく知っていた。
彼女は本来、『禁忌術式犯罪対策局』のような危険な職場に飛び込むことは無い生活環境にあった。
父親は大物政治家、母親は大企業の取締役と誰もが羨むであろう両親のもとに生まれ、何不自由無く暮らしていた。学歴も申し分無く、成績もトップクラスだ。
そんな彼女がアヤのもとへ配属となる時、何か後ろ暗い過去を引き摺っていると感付いていたが、あえて深く聞くことはしなかった。誰だって触れられたくない過去はあるだろうし、それよりも仕事に対する真摯な姿勢を気に入っていたため気に止めていなかった。
政治家の子供なんてろくなモノでないと偏見を抱いていた自分を恥じるほど、レン・カミサキという人材を本気で育てたいと思っていたのだ。
ただグロウとの関係性について軽くは窺っていたが、内容がまるで違ったことに動揺を覚えていたのだ。
「思うところはあるわ。けど、レンちゃんの過去については問い詰めないつもりよ」
「そうだね、それがいい。少なくとも今の彼女は、人を貶めるような輩ではない。しかし、君の方は大丈夫なのかい? グロウをチームへ引き込み、あわよくば自由の身にするつもりなのだろう」
「それは……けど、グロウの勇気を尊重するわ。私の計画、それとメンバーを示しても怖じ気付かず、付いて来てくれるんだもの」
アヤの答えにラピスは小さく微笑む。
ドクターも朗らかに笑んだ。
「そろそろ行くわ。次の任務があるから」
「あぁ、また面白い土産話を持ってきてくれ」
こうしてアヤはドクターの研究室を後にする。
複雑な思いを胸に、アヤはそのままの足でガレージへと赴く。『禁忌術式犯罪対策局』のオフィスビル、その地下に設えられたガレージへエレベーターを使って赴くと、扉の開いた先にアルビノの少年の姿が目に飛び込んだ。
グロウ・イェーガーである。
彼は出撃準備を進める再編された『キティチーム』を遠巻きに眺めていた。ガレージの隅の方で、心を通わせたカノ・ルージュの影に隠れるように周囲を見渡している。
アヤは『キティチーム』の面々に片手で応えながら、グロウの方へ歩み寄る。
「グロウ、準備はいい?」
アヤに気付いたグロウは、無言で頷いた。
緊張している様子は一目で分かり、原因が出撃への不安で無いことは分かっていた。彼はここに来るまでの道中、ずっと手を小刻みに震わせていた。
それはレン・カミサキがチームにいることを告げてから始まっていた。
教祖との合同作戦の際は、カノ達が上手くレンの存在を隠していたらしい。故にグロウは、『キティチーム』にアヤ以外に女性隊員がいる程度にしか思っていなかった。
任務中は覆面を被るため顔を認識できなかっただろうし、平時の際は拘束されていたグロウが他の『キティチーム』の面々と顔を合わせることは無かった。
今回、初めてレンの存在を知ったことになり、トラウマが蘇って来たのだろう。
「ルージュ、グロウはーーーー」
「イェアリ・ク、何の心配もいらない。アタシらの旦那は大丈夫だ」
ルージュは朗らかに笑み、グロウの頭を撫でる。
それに微笑を浮かべた彼は、静かに口を開いた。
「行けるよ、アヤさん。アヤさんの計画に賛成してここに居るんだ。迷惑はかけないし、ちゃんとやって見せるよ」
「なら、信じるわ。けど、私は甘やかさないわよ?」
「構わないよ。逆に甘やかすアヤさんって、何か怖いし」
「生意気言える元気があるなら大丈夫そうね」
存外に落ち着きを取り戻していたグロウに安堵を覚えつつ、アヤはガレージ全体へ聞こえるように声を張り上げる。
「総員、現時刻を持って作戦開始を宣言する! 配置に着け!」
こうしてアヤ・ライトニングとグロウ・イェーガーの次なる戦いが幕を開けるのであった。




