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メモリー55

 グロウ・イェーガーは軟禁されていた。

 『シープヒル』での一件の後、グロウを待っていたのは疑念の目であった。

 教祖を倒し『教団』へ大打撃を与えたグロウとカノであったが、やはり邪神をその身に宿した少年を野放しにはできないとして、『禁忌術式犯罪対策局』の上層部は審査会というものを開いた。

 端的に言えば裁判だ。

 グロウを生かしておくか否か。

 大多数は死刑宣告に調印していたという。

 この期に及んで生死を問われるとは思っても見なかったし、当然カノはこれに反発し、一触即発の雰囲気になったことは言うまでもない。

 グロウを殺せばカノが世界を滅ぼすと暴走半分に陥ったが、脅しで終わったことが奇跡と言えた。

 僥倖と言えば、アヤ・ライトニングやドクター・ヨハンソン、『キティチーム』の面々が弁護に回ってくれた。

現状、処分するに当たる理由は無く、むしろ利用価値があることを照明してくれたおかげで、グロウは『ミドシティ』から離れた小さな町で軟禁されるまでに刑を緩和されたのだった。

 しかし、外出は基本的に禁止。

 必要な物品はアヤかドクターが届けてくれるので日々の生活は何とかなっているが、窓ガラス越しに外の景色を眺めるのは非常に辛いものであった。元々、外出が好きな質では無いのだが、好き好んで部屋に籠るのと命令されるのとでは気分が違った。

 しかし、悪いことばかりでは無い。

 カノとコミュニケーションを取ることに時間を割くことができたのだ。

 戦闘やら尋問やらで対話の時間を取れなかったため、特にやることが無い今は様々なカノと話をしたり遊んだりと退屈せずに居られた。

 この日も一日を有意義に過ごし、日も落ちて晩御飯の準備を待っていた。


「マスター、マスター、マスター! アタシ達を褒めて!」


「おぉ、よくやったよくやった」


「エヘヘ」


 最近ではカノ・クラウンがやたらと甘えてくる。

 ピエロのようなメイクを落とし、服装もニット生地の上着にジーンズ姿になったクラウンは、邪神と知らなければ普通の女の子にしか見えなかった。


「もっと褒めて褒めて褒めて!」


「おぉ……」


 ソファーに腰掛けていたグロウはぐいぐいと迫るクラウンの頭を撫でながら、対面に腰掛けている幼女、カノ・セイフを見る。

 セイフは猫の姿になったカノ・スペックを膝に置き、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「ちゃんと褒めてあげなさいよ、マスター。一番の功労者を放ったらかしにしてたんだから」


「分かってるし悪いと思ってるよ。――――ほら、クラウン。もう離れてくれないと勉強できないよ」


「ヤダヤダヤダ! もっと褒められたい!」


 クラウンはグロウの胴体に手を回して抱き付く。

 邪神と知らなければ甘えたがりの姪っ子という感じだな、とグロウは苦笑する。

 何故、クラウンがこうも褒めて欲しがるかと言えば、教祖との戦闘の際、旅行鞄に化けて誰ならもカノと認識されず潜み、最後の最後でグロウに化けることで教祖に最大の隙を作らせたのだ。

 かなり辛抱強く鞄のままで居てくれて、最後に身代わりとして使ったのに、グロウは自分のことで精一杯となり労いの言葉をかけることを忘れていたのだ。故に、こうして甘えて来ている。


「その構図、貴方が未成年だから許されるわね」


 セイフがくすりと笑う。

 まるで成人のグロウを見たことがあるような言い方に引っ掛かりを覚えたが、しつこく身を寄せるクラウンを引き剥がすのに必死で問い掛けることができなかった。


「旦那、メシだよ」


 そんな最中、カノ・ルージュがキッチンから料理を持って出てきた。

 グロウの前に置かれたお皿の上には、ローストビーフやサラダ、スープにパンと贅沢な品々が並んでいる。


「ルージュって家庭的なんだね」


「意外だろ?」


「そうでもないよ。面倒見良いし、姉御肌ってやつ?」


「ったく、褒めても何も出ないよ!」


 ルージュは呆れたように肩を竦めると、洗い物があると言ってキッチンへいそいそと戻って行った。


「何か悪いこと言ったかな?」


「褒められて照れてるのよ。私達は悪逆非道と謗られることは多いけど、褒められることは少ないから」


 セイフはからかうように笑む。

 何だか分からないが、セイフも上機嫌だ。

 いつと蠱惑的に微笑を浮かべているが、今日は雰囲気が少し違って見えた。


「私達のマスター、勘違いしないように。貴方の目には私達は普通の女に見えているでしょう。けど、私達が人間らしく振る舞うのは、あくまでマスターがそれを願うから。――――本来の私達は、人類悪として滅ぼされる存在なのよ」


「そっか。けど、僕にとっては大事な存在だよ。よく分からないけど、君達に憑依されてから今まで、嫌な感じはしないんだ」


 そう告げながらグロウはステーキを細かく切って別のお皿に分けると、きょとんと目を丸くするセイフの前にそれを置く。


「僕が異常なのかも知れないけどね」


「そうね、マスターは異常よ。きっと身を滅ぼすわ」


 視線を外すようにセイフはステーキへ目を落とす。

 すると、膝の上で寝ていたスペックがムクリと体を起こした。


「珍しい。セイフが照れてる」


「うっさい」


 むくれるセイフは年相応の女の子といった感じで、今までと違う可愛らしさを感じていた。

 グロウも自然と笑みが溢れる。

 悪くない、と思っていた。

 『教団』に利用され両親を亡くし、死闘を演じた末に死刑寸前まで追い込まれ、外出禁止に軟禁生活と辛いことも多々あったが、今は落ち着いて日々を穏やかに送ることができていた。

 もちろん、全てに納得したわけではない。

 腑に落ちない点や腹を立てていることも数多くあるが、今は胸の底に置いておくことにできるくらいには落ち着いていた。

 いずれ状況は変わる。

 ずっとこのままというわけにも行かないし、周囲がそれを許さないだろう。

 グロウの意思など関係無く状況は推移し、良くも悪くも変化を受けることになる。

 しかし、先のことなど誰にもわからない。

 変化が訪れるまで、ゆっくり過ごしておこうと、グロウはステーキを頬張るのであった。

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