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メモリー54

 アヤ・ライトニングは『シープヒル』の町を歩いていた。

 カノ・ルージュに案内されていたが、途中で蒸発してしまったために一人でゴーストタウンと化した町を歩くはめになっていた。

 夜もまだ早い時間だと言うのに家々の窓に灯りは灯らず、街灯の白い光だけが町を横断する国道を照らし出している様は、さながらホラー映画に登場する化け物が巣食う町のようで不気味である。

 しかし、そんなことよりもアヤはグロウ・イェーガーにどんな顔をして会えば良いのか悩み、気落ちしていた。

 両親を間接的に死に追いやったことに対する責任を果たす時が来たわけだが、グロウとどう対面し謝罪すれば良いのか、答えは未だに導き出せていなかった。

 書面上の責任なら楽だ。

 けど、傷付けた子供と向き合うことは、とても辛かった。


「逃げたい。けど、逃げちゃダメだ」


 アヤはひとりごち、ルージュから聞かされていたグロウの居る場所へと重い足取りを向かわせる。

 気持ちはブレブレで今にも仕事を言い訳にして逃げ出したくなりそうだが、一人の人間として責任を果たすべく、必死に気持ちを切り替えていた。

 やがてアヤは、『シープヒル』に唯一存在する観光スポットである時計塔の前に辿り着いた。

 見付けられず捜し回ることで時間稼ぎできないかと期待したが、グロウは案外にあっさりと見付かった。彼は時計塔前のベンチに、一人腰掛けて虚空を眺めていた。

 意を決したアヤは、努めて笑顔を心掛けて彼のもとへ歩み寄る。


「グロウ、ここに居たのね? 調子はーーーー」


 気軽に話し掛けるも、アヤは思わず言葉を詰まらせた。

 グロウはアヤの姿を認め、視線を向けた。

 疲れきった表情の中で蠢く虚ろな紅い瞳が、アヤを射止めて動きを止めさせたのだ。


「アヤさん? あれ、お仕事は?」


 それも束の間、グロウは笑顔を作って見せた。

 無理やり笑っていることがわかり、胸が締め付けられる気分であった。


「忙しいのに、どうしたの?」


「私は…………」


「僕のことなら気にしないで。もう、迷惑かけないから」


 そう言って笑うグロウの手元に、『カミラ』の黒いボディが光った。

 ルージュが言っていた限界という言葉、そして彼の表情から、何をしでかすつもりか直ぐに察しが付いた。


「これからどうするつもり?」


 故にこそ、あえて質問を投げ掛けた。

 グロウは困ったように笑むと、手元のハンドガンへ視線を落とした。


「そうだね、どうしようか。目的、無くなっちゃったから」


「やりたいことは無いの?」


「そんなもの無いよ」


 ピシャリと言ったグロウの瞳に光は無かった。

 顔は笑っていても瞳に希望は無く、その視線の先には虚ろな闇しか無い。まるで自らの行く末を見詰めているかのようだった。

 アヤはこの場に来た理由を考えていた。

 彼へ謝罪し、自らの贖罪とするつもりで訪れた。しかし、それはただ自分自身が楽になりたいだけなのだと、この瞬間に理解した。

 この期に及んでアヤは、彼を助けることよりも自らの保身に走っていたのだ。何とも汚ならしい根性である。


「そう、やりたいことは無いのね」


「思い付かないよ」


「うん、そうだよね。――――じゃあ、今日は考えるのやめて、また明日考えましょう」


 そう告げた瞬間、グロウは鳩が豆鉄砲食らったかのように目を丸くしアヤを見上げた。


「明日……?」


「今日は疲れたでしょ? 考えるのは後回しにして、ご飯を食べてゆっくり休むの。そうすれば頭もスッキリして、良いアイデアが出てくるわ」


「何を言って……」


「明日がダメなら、明後日でもいい。一週間でも、一ヶ月かかってもいいの。人生は長いわよ? それこそ考える時間なんて、うんざりするほどあるわ」


「けど、僕はーーーー」


「私も一緒に考えるわ。これでも人生経験は豊富な方よ? 大抵の悩みは網羅してるわ」


 アヤはイタズラっぽく笑う。

 どの口が励ますかと、自らを嘲笑しながら笑みを浮かべていた。

 アヤにグロウを励ます資格など無い。

 絶望させた張本人であるアヤは、本来なら罵倒されても文句は言えない立場だ。人生を説くなど、もっての外だ。

 しかし、どんなにみっともなく生き恥をさらそうと、アヤはグロウ・イェーガーという少年の人生を助ける必要がある。

 周りの思惑に振り回され、大人に良いように利用され、自らの責任を果たそうと奮戦させてしまった一人の少年を、全力で助けなければならない。

 そのために説教もするし、教育もする。

 それがアヤの責任であり、贖罪でもあるのだ。


「じゃあ、先ずはご飯ね。貴方、昼から何も食べてないでしょ?」


「えっと……」


「答えなくても分かるわ。丁度、私も休憩時間にしてるの。一緒に食べましょう?」


 そして手を差し伸べる。

 食事への誘いでもあれば、立ち上がれるように支えになると告げるためでもあった。

 すると、グロウの瞳から一筋の涙が溢れた。

 それを皮切りに涙が止めどなく溢れていくが、彼は気にする素振りすら見せずにアヤの差し伸べた手を取った。


「大丈夫。きっと、見付かるから」


「――――ッ!」


 そしてグロウは泣き崩れた。

 アヤは膝を折ると、優しくその身体を抱き締める。

 人気の無い『シープヒル』の町並みに、彼の泣き声だけが響いていた。

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