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メモリー53

 グロウ・イェーガーは『シープヒル』の町外れ、小麦の生い茂る小麦畑にひっそりと佇む屋敷を訪れていた。

 日も落ち、月明かりのみが明るく照らす夜の静寂の中、幽霊屋敷と銘打たれて恐れられる古びた古民家の前に立っていた。

 グロウは屋敷を一望し、二階建ての二階、端の部屋の壊れた窓から漏れ出る赤黒い光を確認する。


「あそこか」


 古びた鎧戸を押し開けたことで、錆び付いた鉄の擦れる音が静寂の中に響き渡る。

 その音に反応するように、赤黒い光はすっと部屋の奥へと引っ込んでしまう。


「ま、警戒はするよね」


 グロウは左腕に備えたシールドの革ベルトの締め付け具合を直し、『カミラ』を抜き放って敷地内へ足を踏み入れる。

 雑草だらけの庭を通り抜け、正面玄関の木製扉を開く。

 深淵のような暗がりが屋敷の中を支配しており、およそ灯りと名の付く物は見られない。不思議なことにま壊れた窓から射し込むはずの月明かりすら屋敷内部には届いていなかった。

 試しに『カミラ』のバレル下部に備えていたフラッシュライトを点灯させてみるも、その白い光が屋敷を照らすことは無かった。

 まるで暗闇が意思を持ち、光を拒絶しているようである。


「…………ん?」


 しかし、唯一光が照らし出したものがあった。

 それは人の形をした黒い塊、泥で構成された人形であった。

 一瞬、目を離した隙に、まるで元々そこにあったかのような自然な形で、グロウの眼前に泥の人形が現れたのだ。


「フム、こうもあからさまだとなぁ」


 泥人形を凝視していると、不意に痙攣するかのように動き出してグロウに襲い掛かってきた。

 グロウは冷静に『カミラ』を構え、泥人形の胸部に二発、頭部に一発と『エナジー』で編まれたマゼンタ色の光弾を撃ち込む。泥人形は倒せなかったが、退散させることはできた。


「目標はここに潜伏しているとみて間違いない、か。――――おっ!?」


 嫌な予感と共に反射的にシールドを構えると、いくつもの打撃が黒い円形板の表面を叩く。

 シールドから『カミラ』を覗かせ、『エナジー』の弾丸を数発撃ち込む。何かに被弾する感触があり、シールドを叩く衝撃が止んだ。


「まったく、子供のイタズラじゃ済まされないぜ」


 肩をすくめたグロウだが、視界の悪さと敵の勢力が不明であることにやりづらさを覚えた。

 レベルは子供のそれと同じだが、使っているモノが悪すぎる。下手を打てば、容易く殺されかねない。


「カノ、出番だよ。少し早いけど」


 故に、グロウは援軍を要請した。

 身体から黄緑色半透明のゲル物が滲み出すと、それは若い女性の姿へと変じる。

 若草色の長髪をポニーテールし黒いバイザー型ゴーグルで目元を隠した美女。黒いパーカーにグレーのミニスカートというラフな服装とは裏腹に、左腰に差した刀が物々しさを感じさせていた。


「イェアリ・ク。マスター、ご命令を」


「暗闇を散らし、道を拓けてくれ」


「承知」


 グロウの指示に応えるよう、カノは刀を抜き放ち横薙ぎに一閃。

 その閃きは暗闇を払い除け、闇夜に潜む悪鬼の姿を月明かりの下にさらけ出した。

 黒い泥の人形が、何体も壊れたラウンジに倒れていたのだ。

 泥人形は月明かりを受けた瞬間、一斉に痙攣を始め次々に立ち上がる。どうやら光がスイッチとなっていたらしく、泥人形の軍勢はグロウとカノを認めると一斉に襲い掛かってきた。


「突破する」


「イェアリ・ク」


 グロウは『カミラ』を、カノは刀を振るい、泥人形の群れを押し退けて屋敷の中を進んで行く。

 泥人形は倒れない。

 まるで命という概念が無いように、いくら弾丸を撃ち込もうと、何重にも斬り裂こうと、倒れては直ぐに立ち上がり襲い来る。

 しかし、倒しきる必要など無かった。

目指す二階の角部屋、赤黒い『エナジー』が流れ出る、泥人形を操っている『ウィザード』の潜む隠し部屋に辿り着き、元凶を断つことで問題は直ぐに解決する。

 泥人形の群れを突破することは容易い。

 カノとグロウの練度は高く、寄せ集めの怪物に遅れを取るはずが無かった。

 カノが前衛として斬り込み、グロウが援護射撃で泥人形を遠ざける。二人は階段を駆け上がり、短くも長い廊下を駆け抜けると、やがて突き当たりに辿り着き蹴破るように木製戸を開き中へ飛び込む。


「施錠を」


「承知」


 ドアを閉めたカノは、『キャスト』を行使しドアが開かないように『エナジー』によるバリケードを生成する。

これで泥人形は入って来れなくなった。


「さて、これでようやくご対面かな?」


 グロウは部屋の中へ向き直ると、中央に佇む人影と対峙する。

 白髪に白い肌、栄養失調で骨と皮だけのように痩せこけた少女が、虚ろな紅い瞳をグロウに向けて立っていた。

 右手には華奢な体躯に似合わない大剣が握られている。


「リリ、イタズラにしては物騒なことをしてくれる」


 『エナジー障害』を患い己の『エナジー』に肉体を内側から貪られ続け、卑猥な大人に外側を貪られた悲劇の少女リリは、グロウの姿を見て眉をひそめる。


「お兄さんじゃ無い。貴方は誰?」


「『ウォッチャー』の使者、『オリジン』だ。君は『マルチバース』を脅かす存在と『ウォッチャー』は判断した。よって、僕がメッセンジャーとして派遣された」


「『ウォッチャー』? 『オリジン』? 何それ? 知らないことばっか。――――まぁ、何でも良いんだけど」


 リリは大剣を上段に構えたかと思えば、目にも留まらぬ速さでグロウへ迫り、大剣が振り下ろされ、グロウの頭蓋骨から股下にかけて一刀両断に斬り捨てられそうになる。が、シールドを構えその一撃を受け止めた。


「へぇ、受け止めるんだ。お兄さんなら、吹き飛ばせたのに」


「だろうね。ここの僕は、まぁ、優しすぎる」


 リリは剣を引いて次の一撃を繰り出さんと腰を落とす。

 一瞬の静止。

 それは最大の隙となり、カノは見事に付け入った。


「…………あ」


 カノの刀がリリの横腹を貫く。

 左の脇腹から入った切っ先が、右の脇腹から突き出た。

 リリは何が起こったのか分からないと言った風に目を丸くすると、大剣を手放した。剣は床を転がると、黒い泥となって消えて行った。


「優しさは躊躇いへ繋がる。僕は躊躇わず、眼前の災厄を力付くで捩じ伏せる」


「そっか……負けちゃったな…………」


 カノが刀を引き抜くと、リリは床に倒れ伏した。


「ったく、警告で済ませるつもりだったんだけど。まぁ、『ウォッチャー』は生殺与奪を僕に一任してたことだし」


 グロウはリリの傍まで歩み寄ると、『カミラ』の銃口をアルビノの頭へ向ける。

 泥が蠢きリリを活かそうと傷口を塞ぎ、蘇生を試みている様子が見て取れた。


「危険の芽は摘んでおいて損は無いだろう。そうだろ?」


 グロウはいつもの通り、対象を処分すべくトリガーに掛けた指に何の躊躇いも無く力を込める。

 瞬間、無慈悲なマゼンタ色の光弾が射出された。


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