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メモリー52

 グロウ・イェーガーは教会の外に出ると、ふらふらとどこかへ去っていった。

 カノ・スペックが現場に残っていることから、まだ町にいると見て間違いない。スペックは後続の鑑識部隊の作業をじっと観察し、天井が崩落し教祖を押し潰した場所を何度も確認している。

 教祖が本当に死んだと言う事実を、きちんと確認するためだろう。

 アヤ・ライトニングは簡易指揮所としてテントを設営し、現場の指揮に終われていた。

 『教団』の本拠地から押収される品々の中の人を惑わしたり拐かすようや物品のチェック、重要書類の管理など、紛失しないよう細心の注意を払いつつ上司への報告を行わなければならなかった。

 また、町の住人は尽く失踪しており、『シープヒル』はもぬけの殻。『教団』が絡んでいることは明らかなのだが、その証拠や住人の行方が分かるような痕跡も無くその対応に追われていた。

もう一つ、グロウと戦っていた少女の姿が、いつの間にか消え去っており、その行方も追わなければならなかった。

彼女が唯一、『教団』と繋がりのある人物なのだ。

ようやく一段落できる頃には、日もすっかり落ち込み夜も更けてしまっていた。


「『教団』の構成員が一人もいないなんて、ホントに雲隠れが得意ね」


 誰にともなく愚痴をこぼすアヤ。

 『教団』の関係者を粛清した時点で、ある程度の雲隠れは予想していた。しかし、『シープヒル』に在中していた狂信者の全ての行方が分からなくなるとは、予想を遥かに越えていた。

 教祖は自らを囮として利用し、他の幹部や信徒を逃したと考えられる。

 狂っているように見えて、狡猾な人物であったのだ。


「こんな時、うちの部隊が使えないのは痛いわね」


 『キティチーム』は全員、後送された。

 言わずもがな、教祖との戦闘で全員が重症を負ったためである。死者が出なかっただけマシだが、再起できる人員は限られているだろう。

 今回の件で、肉体的にも精神的にも追い詰められた彼らだ。

 せめて、『精神汚染』に対するリハビリに苦しまないことを願うのみだった。


「よう、嬢ちゃん。ちょっと良いかい?」


 不意にカノの一人、カノ・ルージュが簡易指揮所のテントに現れた。

 そう言えば話すのは初めての個体だと、アヤはルージュの来訪を珍しく思った。幸い、テントにはアヤ一人しかいなかった。そのタイミングを狙っていたとも思える。


「どうしたの? スペックなら教会の中よ」


「知ってる。アタシらは個にして群、群にして個だからな。個体の動向は手に取るようにわかる。っと、そんな話をしに来たんじゃ無いんだ。嬢ちゃんに頼みがあってな」


 ルージュは本当に嫌そうな顔をしながら、頼み事を口にする。


「旦那の傍に居てやってくれないか?」


「それは、グロウのことよね?」


「イェアリ・ク。他に誰がいる?」


「貴女達が付いてるんじゃないの? 私がでしゃばる必要もないでしょう」


「違うぜ、嬢ちゃん。あんたじゃなきゃダメなんだ。アタシらじゃ、旦那を救えない」


 ルージュは諦めたような悲しい表情を浮かべると、アヤの対面にあった椅子に腰掛ける。


「怪物は人間を救えない。救っちゃならない。怪物が与えるのは救いじゃ無くて、堕落だからな。人の堕落を心底から望み、それを形にしちまうのが、アタシらみたいな存在さ」


「的確な自己分析ね」


「旦那は限界だ。あんただって分かってるはずだろ? 追い込んだのは、他でもないあんたなんだからな」


 ぐさりと言葉が胸に突き刺さる。

 グロウ・イェーガーの両親を死に追いやったのは、アヤの選択のせいだ。アヤがグロウを『シープヒル』から連れ出さなければ、『禁忌術式犯罪対策局』へ連れて行かずに真っ直ぐ家まで送り届け、そこで両親を保護していれば、殺されずに済んだ可能性は高い。

 『教団』の動向を読み間違い、部隊の出撃を遅らせたことも原因の一つだ。

 『教団』や教祖、邪神カノへ対応すべく取った行動が全て、グロウ・イェーガーという一人の少年を追い込んだ結果となった。


「……ドクターはグロウを被害者と言っていたわ。私はそれに気付くまで、時間をかけすぎた」


「あぁ、旦那はアタシらよりあんたを信じた。けど、あんたは裏切った。挙げ句、両親を殺され独り身となり頼れるものが無くなってしまった。そして悪いことに、不幸の全てを自分のせいだと思い込んで、自分自身を追い詰めてしまった」


「なら、分かるでしょ? 私に彼の傍にいる資格は無いわ」


「あぁ、資格は無いよ。けど、責任はあるだろ? 仕事に逃げてその責任を放棄するなって言ってんだよ」


 ルージュの言葉にアヤは心を抉られる気分を味わった。

 『オリジン』のグロウに心臓を突き刺された時より、言葉が突き刺さったダメージの方が辛かった。

 仕事に逃げて責任を放棄している。

 確かにその通りだ。

 仕事が忙しいため、グロウを気にかけている余裕が無い。そう言い訳をしていれば、自らの失敗と向き合わなくて済む。

 そうしていれば、何と無く許された気持ちになって楽ができるのだ。


「イェアリ・ク。どうするかはあんた次第だが、ここで気張って見せてくれ」


「……グロウは今どこにいるの?」


「町中を歩き回ってるよ。教会から出てから、ずっとな」


「案内してくれる?」


「イェアリ・ク。不本意だが頼んだ手前だ。着いてこい」


 アヤはルージュと共にテントを出る。

 途中、信頼できる鑑識官に現場指揮を引き継ぎ、グロウがさ迷っている『シープヒル』の町を目指して重たい歩みを進ませ始めた。


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