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メモリー51

 教祖が倒れた瞬間、曇天と泥濘が支配する世界が崩れ始め、やがて景色は元の教会へと戻って行った。

 グロウ・イェーガーは、汚れ一つ無い大聖堂の床に倒れる泥まみれの教祖を見下ろしながら、『カミラ』の中に残っていた空薬莢を排出し、代わりに右腰の弾帯からライフル弾を抜き取る。


「教祖、僕はあんたを許さない」


 教祖は『カミラ』へライフル弾を押し込むグロウの動作を黙って見ていた。

 既に自らの敗北を認めているがためか、ダメージで声すら発せられないためかはわからない。ただ虚ろな眼をグロウへ向け、見上げていた。


「僕は確かにあんたを憎む以上に、自分のことを恨んでいる。けど、それでもあんたを生かしてはおけないんだ」


 ボルトハンドルを操作しチャンバーへ弾薬を装填すると、銃口を教祖の頭へ向ける。

 教祖は静かに瞼を閉じると再び開けグロウを見上げながら、自分の額を人差し指で指し示す。撃て、と言っているのだ。

 グロウはただ教祖を見下ろし、トリガーに指をかける。


「僕があんたを殺すーーーー」


 覚悟を決め、トリガーへかけた指に力を込め始めた瞬間、ふわりと花弁が視界の端を過った。

 そんな気がして視線を上げ周囲を見渡すが、花弁どころか植物と言えるものは一つも無く、アヤ・ライトニングとその部下の『キティチーム』の面々、そしてカノ・スペックとピエロの姿をしたカノ・クラウンの姿が見えた。


「旦那、どうした?」


 身体に宿るカノ・ルージュが、不安げに問い掛けてくる。

 『教団』を打倒すべく同盟を結んだ連合部隊の面々。

 しかし、その奥に別の姿が二つあった。

 太陽の光を背にするように、白いモヤの中に佇む人影。

 表情どころか輪郭すら朧気な二つの人影は、しかしグロウのよく知る人物に似ていた。

 一人の口元が少し動くと、グロウの中にあったどす黒い感情が薄まった気がした。


「グロウ?」


「…………やめだ」


 心配そうに問い掛けるアヤに、グロウはカミラの銃口を教祖から外しながら呟いた。

 それに驚いたのは、教祖自身であった。


「殺さないのか……?」


「あぁ、殺さない」


 『カミラ』からライフル弾を抜き取ると、セーフティを掛けてヒップホルスターへ納める。

 そして踵を返すと、教祖に背を向けて教会の大扉の方へ向かって歩いて行く。ルージュとの融合も解いたことで、身体から力が抜けていく感覚を覚えた。


「バカ者め。私を殺すなら今しかない。私は政府にとっては重要参考人だ。殺すよりも情報を吐かす方へ傾倒し、決して死なせはしないだろう。それは隙を生むこととなり、私は逃げおおして、別の町で信仰を広めることになる。それでも良いのか?」


「何度も言わせんなよ。僕はヤらない。ーーーーあんたの運命は、それこそ神様に託すことにするよ」


「…………そうか」


 グロウは振り返りもせず、その場を去っていく。

 去り際、アヤの方を見てみた。

 彼女は困惑しつつも、安堵の表情を浮かべていた。

 グロウの蛮行を止めず、最後まで判断を委ねてくれた彼女に対し、軽く会釈をすることで謝辞を伝えると、そのまま教会を出ていこうとしたその時、足元が揺れ始めた。

 何事かと立ち止まった瞬間、揺れは激しい地震となり、大地が憤怒から唸り声を上げているかと勘違いするほどの地鳴りが鼓膜を震わせた。


「何だ!? うわっ!」


「グロウ!」


 床に倒れるグロウに駆け寄るアヤ。

 『キティチーム』の面々は満身創痍故に立っていることもできず、スペックとクラウンは二人してグロウの傍に寄って来ていた。

 地震は教会の天井の一部を崩落させる。

 幸いにもグロウとアヤ、『キティチーム』には崩落の被害は無かった。

 しかし、そのずっと後方、教祖が倒れていた場所に天井の一部が降り注いで床を抉っていた。

 やがて地震は収まり、静寂が周囲を包み込む。


「グロウ、大丈夫?」


 声をかけてくれるアヤをよそに、グロウは天井の崩落地点を凝視していた。

 教祖は声も上げずに天井に押し潰された。

 自殺だったのか、あるいは自然現象の生んだ事故だったのかはわからない。が、覚悟を決め死を選んだのだろう。


「終わったのか……」


「えぇ、終わったのよ」


 抉られた床の一部を染め上げる赤黒い液体が、この事件の終焉を意味しているように感じ、グロウの心に深く刻まれるのだった。


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