メモリー5
教祖の出現にグロウ・イェーガーとアヤ・ライトニングは警戒を強める。
不適に笑む教祖の思惑は読めず、友好とも敵対とも取れない。が、グロウの本能は敵だと告げていた。
「今一度、君に告げよう。私と共に来るんだ。君の力、冒涜の神々を御する方法を教えよう」
「断ると言ったら?」
「力付くでも連れていくさ」
教祖は恭しく右手を掲げる。
すると、地面に『魔法陣』が描かれ、そこから数人の信者と青いローブを纏った男女が現れた。
「捕らえろ」
教祖の指示で信者が一斉にグロウへ襲い掛かる。
咄嗟に応戦すべくアサルトライフルを構えてトリガーに指を掛ける。が、その人差し指へ力を込めても、どうしても動かすことができなかった。
先程までは化物やその幻影であったが、今、眼前に居るのは生きた人間だ。殺人という行為に、抵抗感が生じたのだった。
ふと、教祖と目があった。
にやりと口元を歪め目を細く薄めて笑っている。教祖の戦略にはめられたようだった。
「クソッ!」
攻撃してこないグロウを見て、信者が『加速』の『キャスト』を行使する。
アヤの使用していた『加速』に比べれば、亀と兎ほどのスピード差がある。が、『エナジー障害』で『キャスト』の使えないグロウにとっては、十分に対処ができないスピードであった。
あっという間に間合いを詰め取り囲んだ信者は、グロウを拘束すべく『キャスト』で『エナジー』の縄を構築し手足を封じ込める。
「グロウ!」
異常に気付いていたアヤだったが、青いローブの男女に足止めされており助けに入ることができずにいた。
「放せ、この野郎!」
力を振り絞って縄から逃れようと足掻くが、非力な少年の抵抗ではどうすることもできない。
そうこうしている内に、グロウはアサルトライフルを取り上げられた上に地面に押し倒されて完全に動きを封じ込められた。
「イェアリ・ク」
ふと、女性の声が耳朶を打つ。
瞬間、グロウは体の内側から強烈な『エナジー』と強力な存在が沸き上がって来る感覚を覚えた。それは体の内に留まらず、黄緑色をした半透明のゲル物として体外へ排出されたのだ。
『エナジー』の縄が霧散し、取り押さえていた信者が吹き飛ばされる。
「何だ!? 何だ何だ!?」
ゲル物はグロウから飛び出すと、しばらくは空中はうようよと漂っていた。
よく見るとそれはただのゲルではなく、うっすらと半透明な黄緑色の中に苦悶する女性の顔が幾つも見て取れた。それは十や二十ではなく、数百はあろうかと思える数であった。
グロウにしか見えていないわけでは無さそうだ。教祖は驚愕とも歓喜とも付かぬ表情に顔を歪ませ、アヤは脅威を前にこれまで以上の警戒を見せていた。二人の『ウィザード』は呆気に取られ、信者達は狂乱したように悲鳴を上げたり祈りを口にしたりしていた。
「イェアリ・ク」
そのゲル物は鳴き声とも呪文とも付かぬ言葉を発する。と、急激にゲルが収束していき、地面に落ちた。それは束の間、蠢いていると人の形へと変貌し始める。
誰もが息を呑んで見守る中、そのゲル物は黒一色の衣装を身に纏った女性へと変身したのだった。
黒いヘルメットにガスマスクで顔を覆い、防弾仕様のベストと黒いジャケット姿。ズボンだけ丈が短く、太もも丈になったズボンから覗く白い肌とスラッと伸びる足から女性という印象を受けた。
その女性はサブマシンガンやハンドガン、コンバットナイフなどの武器に無線機など現代兵器を装備しており、周囲の信者を一望するとサブマシンガンを手に取りセーフティを外した。
「我らが主、グロウ・イェーガー。こいつらは私達に任せろ」
女性はちらりとこちらへ視線を向けると、先程から聞こえていた声と同じ声質と口調で人語を話した。
「主、だって?」
「イェアリ・ク。直ぐに終わらせる」
「ーーーーおい、ちょっと待て!」
制止するグロウの声を遮るように、次の瞬間には銃声が鳴り響いた。
女性が無抵抗の信者へ容赦なく銃撃を始めたのだ。恐慌状態に陥っていた信者達は、為す統べなく撃ち殺されて行く。
その光景にグロウは絶句した。
やがて銃撃が終わると、女性は次のターゲットと教祖へ視線を向ける。
「素晴らしい! 精神汚染に耐性のある我が信者を狂乱させるその異常さ! 高位の存在とお見受けする! 是非、御身の名を伺いたく!」
教祖は信者が射殺され自信に危機が迫っているというのに、歓喜に身を震わせながら恭しく跪く。
女性は何も答えず、右手に構えたサブマシンガンの銃口を教祖へ向ける。そして躊躇うことなく、トリガーを引いた。
銃声が鳴り響き弾丸が教祖へ殺到する。
しかし、それは水の盾に防がれる。
女性は銃撃をやめると腰からナイフを取り出し、『加速』の『キャスト』を行使し教祖へ肉薄する。信者が使っていた『加速』とは比べ物にならず、アヤの使ったそれに近い速度であった。
教祖にナイフの斬撃が繰り出されるが、蜃気楼のように体が消え去り傷一つ付いていない。女性は消失と瞬間移動を繰り返す教祖を追い、何度も肉薄する。
「御身に殺されるのも一興ですが、それは全力ではありませんね? 私も随分と甘く見られたものです」
教祖は余裕綽々と言葉を紡ぐ。
まるで女性の攻撃を赤子の手をひねるようにかわしていた。
呆気に取られるグロウは、ふと身に迫る何かを感じ取った。
「私にかまけていてよろしいのですか? 御身の依り代がお留守ですよ?」
次の瞬間、再び『エナジー』で編まれた縄がグロウに絡み付いた。それだけに留まらず、足元に『魔法陣』が描かれ始めた。
一目で『転移』の『キャスト』だと理解する。
「少年、抵抗するなよ」
「ちょっと! 何をーーーー!?」
背後にはアヤと戦っていた『ウィザード』の女性が現れ、グロウを捕らえるように抱き付く。
そのまま二人は別の場所へと転移する。
「ーーーーイェアリ・ク」
転移の瞬間、あの奇妙な言葉が鼓膜を震わせた。
●教祖のモデル
特にモデルはありませんが、若い美青年にしました
→常に理知的ですがどこか狂気を孕んだ感じに描いたつもりです
→とにかく強い感じにしてます