メモリー49
邪神が分離したところを再び憑依させたことで、苦悶する教祖。
異世界へ帰還しようとする邪神を必死に引き留めているようであった。
グロウ・イェーガーは『カミラ』から空の薬莢を抜き放ちつつ、少し息を吐く。
「ルージュの言った通りだったね」
「イェアリ・ク! 当たり前さね! 旦那、よくぞアタシらを信じてくれた!」
カノ・ルージュの声が聴覚と違う部分が捉える。
完全な融合を果たしたルージュは、グロウに従いつつも自由意思で会話できるようになったようだ。
「誤算はさっきの一発で完全に邪神を剥がせなかったことだ。教祖が無理やり繋ぎ止めやがった」
「執着心、か。彼も何か後ろ暗い過去を背負ってるのかもね」
「知ったこっちゃないよ、そんなの。旦那をボロクソに痛め付けて傷付けたツケ、百倍にして返してやろうじゃないか!」
ルージュの言葉にグロウは小さく笑み、シールドと『カミラ』を構える。
息を整えた教祖は、憎悪の眼差しをグロウに向けていた。
「おのれ! 邪神の力が無ければ無能無力の下等生物が!」
教祖は『キャスト』を多重に行使し、ドッチボール代の水球を周囲に生成する。
グロウの知識とルージュの洞察力から、何の『キャスト』で何を行おうとしているのか瞬時に理解した。
「目眩ましだ、旦那。邪神との適合率を上げるまでの時間稼ぎをするつもりだ」
教祖の弱点は邪神と共存できていないところであると、ルージュは語る。
邪神は理由は異なれど人間を憎悪し、卑下し、絶滅させたいと思っているという。カノのように特定の人間に対して執着する特異な者を覗けば、人間と共存するなど余程のことが無ければあり得ないという。
それは邪神を信奉する『教団』の教祖でも例外ではなく、邪神は自らの意思で教祖に力を与えているわけではなく、教祖がどういう方法か無理やりに力を賜っている状態であった。故に、邪神を憑依させたところでその神威の全てを扱えるわけではなく、時間をかけ身体に馴染ませることでようやく力の一端を行使しているに過ぎない。
グロウの放った弾丸は『キャスト』をキャンセルするものであり、邪神を憑依させる行為自体が『キャスト』であれば例外となるわけはない。
教祖から邪神を引き剥がせたトリックは、そういうことなのだ。
「時間をかけると面倒だ。速攻で決めるよ!」
「よし、行こう!」
グロウは再度、『カミラ』へライフル弾を装填し、即座に撃ち放つ。
『キャスト』をキャンセルする弾丸は、教祖に命中し全ての『キャスト』を無効化した。が、今度は教祖から邪神が剥がれることは無かった。
「身代わり!?」
突如として現れた半魚人の群れが教祖の盾となり、弾丸の効果を教祖まで届かせなかった。
更に半魚人は人数を増やしていき、あっという間に泥濘を埋め尽くさんばかりの群衆へ膨れ上がった。
「マジかよ! 対策すんの早すぎんでしょ!」
「文句は倒してからだ! 後二発、チャンスは二回! 外せないよ!」
「了解! 分かってる!」
グロウは『カミラ』から空の薬莢を抜き取ると、通常の『エナジー』による弾丸で半魚人を銃撃していく。
マゼンタ色から炎のような赤色へ変じた『エナジー』の弾丸は、被弾と共に爆発が巻き起こり、周囲の半魚人を殲滅していった。が、その間にも教祖の『キャスト』が構築されていき、やがて解き放たれる時が来てしまった。
「消え失せろ!」
教祖の周囲に浮かんでいた水球が一斉に弾けると、細かな水滴が弾丸の如くグロウへ放たれた。
シールドに描かれた『魔法陣』が反応し、水滴はグロウに到達する直前に全て蒸発していく。が、それで終わりではなく、蒸発した水分が霧となって周囲を白亜に染め上げた。
「視界が奪われた!」
「落ち着け旦那、見えるはずだよ!」
ホワイトアウトした視界に焦るグロウに、ルージュは視力を増強する『キャスト』を行使する。
すると、先程と変わらぬ視界を確保することがでに、先程と異なる景色を確認することができた。
「何か増えてるぞ!」
視界を奪われた一瞬のうちに倒した数以上の半魚人が『召喚』され、一斉にグロウへ襲い掛かっていた。
グロウはカノ・ラピスを意識し『カミラ』をマシンピストルの形態へ変化させると『エナジー』の弾丸を乱射し数を減らそうとするが、すり抜ける半魚人は何体かあった。
鋭い爪や牙がグロウを引き裂かんと迫る。
しかし、グロウもたたでは触れさせない。
シールドを構え『魔法陣』を起動すると先頭の半魚人を吹き飛ばし、道を無理やり拓くと『加速』の『キャスト』を行使し駆け出した。
爆発的な速度で教祖へ肉薄しようとするが、更に呼び出された半魚人が行く手を阻む。構わず突撃するグロウだが、濃密な半魚人の壁に立ち止まらざるを得なくなる。
「身動きが取れない!」
「だったらこっちも同じことをするよ!」
ルージュの言葉を言い終わるのが早いか、半人半蛇の蛇女が何体も現れ半魚人を襲い始めた。
ラミアと名付けたそれは際限無く増えて行き、瞬く間に半魚人と拮抗するほどの数へ到達した。
「君はーーーー」
「バカな、そんなバカなーーーー!」
驚愕するグロウと教祖の前に、黒いローブにフードを目深に被ったブロンドヘアの女性が現れる。
ローブから覗く青白い肌はところどころに爬虫類のような鱗を持ち、髪の先が幾つか蛇となって蠢いている。
ゴルゴーンとしてグロウと対峙した邪神に酷似した彼女は、しかし等身は人間の女性とあまり変わらない。
グロウは頼れる助っ人に微笑みかけ、彼女の名前を口にした。
「カノ・ナーガ」
「イェアリ・ク。我等がマスター、露払いはお任せを」
カノ・ナーガはフードを更に深く被りながら、グロウの方をちらりと振り返る。
ゴルゴーンを捕食し我が物としたカノは、理性を持ってその特性を顕現させた。故に意志疎通は人と行うそれと変わらず、『ミドシティ』で顕現した時のような暴走は起こらない。
その様子に驚愕する教祖は、ナーガを指差して声を荒らげる。
「有り得ぬ! 貴様は理性など持たず顕現したはずだ! その特性を吸収したカノは、理性を持ってその力を使えるはずが無い!」
「人間と意志疎通などする必要が無ければ、理性など奥底に封じ込めても問題無かろう。理性を持って理性を封じたのであれば、再び理性を取り戻すことなど雑作も無い」
「自ら理性を封じていた!? 何故だ! 我々『教団』は、邪神のためにーーーー」
「貴様ら人間が邪神のために何かをしようと、我等に何の関係がある?」
毅然とした態度で答えるナーガに、教祖は言葉を失った。
グロウはその頼もしさから肩を並べるべく隣に立つ。が、ナーガはフードに隠れた顔を更に背けてしまった。
「えっと、恥ずかしがりやさん?」
「旦那に合わせる顔が無いんだよ。『ミドシティ』の件やらでな」
成る程と得心するグロウ。
『ミドシティ』での暴走を覚えているならば、こちらに後ろめたさを感じるのも頷ける。
「ナーガ、教祖への道を拓いてくれ」
「イェアリ・ク。お任せを」
ナーガは『魔法陣』を前方に描き、『エナジー』で生成された砲弾を放つ。ゴルゴーンが放ったものと同一の砲撃だ。
それは半魚人とラミアを飲み込むと、全てを灰塵に帰した。
眷属ごと焼却したナーガの行為に驚きつつも、教祖までの道のりが拓けたことにグロウは駆け出した。
『加速』の『キャスト』を纏い、爆発的な速度で駆け抜け教祖へ肉薄する。
「さぁ、一騎討ちだ!」
「クッ、いいだろう! 格の違いを思い知れ!」
教祖が水の光線を放ち、グロウが炎の盾でそれを防ぐ。
凄まじい衝撃と水蒸気で周囲がホワイトアウトする中、決戦が幕を開けたのだった。




