メモリー43
グロウ・イェーガーは身体に宿したカノ・ルージュに『キャスト』を行使してもらいながら、リリとカノ・スペックの戦闘へ介入する。
リリの振るうツーハンデッドソードがスペックを両断する一瞬前、左腕に備えたシールドで刀身を受け止めたのだ。
甲高い金属音と共に、左腕が吹き飛ぶかと思うほどの衝撃が走る。ルージュの『キャスト』による『身体強化』と『構造強化』が無ければ、立っていることすら危ぶまれた。
しかし、刀身を受けたことによりリリは束の間の静止を余儀無くされ、スペックがその隙を見逃すはずがなかった。サブマシンガンのフルオート射撃が唸りを上げ、リリの腹部へ弾丸が殺到する。
黒い鎧によって大したダメージは与えられないが、流石に『エナジー』でコーティングされた弾丸を五十発も受ければ怯みはする。
体勢が崩れたところで、グロウは裏拳の要領でシールドを鎧へぶつけた。『キャスト』で強化された裏拳は、リリを容易くよろけさせた。追い討ちをかけるように左拳打を繰り出し、逆三角形のシールド、その先端で彼女の胸部を殴り付ける。
彼女は容易く吹き飛び、数メートル下がったところで膝を着いた。
「鎧で身を護ろうと体重まではどうにもできないよね、お互い」
如何に強固な装甲で身を覆ったところで、本人の体重が低ければ膂力など出るはずがない。
鎧の重量で嵩まししていても、強い衝撃には身体が堪えられるはずがない。
しかし、リリは直ぐに体勢を立て直し、ツーハンデッドソードを下段に構え『エナジー』を刀身へ集中し始めた。
「リッパー!」
「イェアリ・ク……!」
何か『キャスト』を発動させようとしていたが、そんな暇を与えるグロウではない。
身体に戻していたカノ・リッパーを再度顕現すると、直ぐ様、リリへ攻撃を始めさせる。リリはリッパーの斬撃に対応するほかに無くなり、『キャスト』を中断させることが叶った。
「マスター!」
「スペック、よく持ちこたえてくれた」
少しばかりの余裕が生まれたことで、スペックが猫らしくグロウへすり寄って来た。
ガスマスクで分からないが、喜んでいる様子が伝わってきた。
「教祖は殺せなかったのか? あの年増剣士め、抜かったか」
「殺したけど復活したってところ。邪神の力だと思う」
「フンッ、何であれ我等で討伐すれば良いだけのことだ。この娘を片付けてからな」
リリの方を見ると、リッパーと斬り結びながらもその身から得体の知れぬどす黒い『エナジー』を沸き上がらせ、地面に広範囲の『魔法陣』を描いている。
戦況の変化に合わせ、戦い方を変えようとしていることが分かった。
「いや、スペック、君はアヤさんを手伝ってやって」
「なーーッ! 本気かマスター!?」
本気で驚愕するスペック。
ガスマスクが無ければ、愛らしい猫耳がイカのヒレの如く反っていることであろう。
「本気だよ。アヤさんと相性良さそうなの、スペックしかいなさそうだし」
「我等はマスターと相性が良いのだ! 誰があんな年増とーーーー!」
「教祖への不意討ちは失敗に終わった。ここからは正面切って戦わなければならない。奴の水属性『キャスト』は非常に厄介な上に、邪神の権能まで扱えるんだ。スペックの力がアヤさんには必要で、教祖を倒すことが僕達の共通目的だ。スペック、嫌なのは分かるけど、手伝ってあげてほしい」
「……分かった。我等はマスターの指示に従おう」
束の間の思案の後、スペックは踵を返してアヤの元へと駆け出した。
「くれぐれもアヤさんと仲良くね!」
「善処はするが約束はできん! というか、仲良くなどしたくない!」
去り行くスペックの後ろ姿を見送ったグロウは、リッパーに応戦しつつも『キャスト』の準備を整えたリリを見る。
瞬間、彼女の足元に描かれた『魔法陣』から、何かが這い出て来た。
恐らくはアンリマユが作り出した黒い泥人形。
それが一体や二体でなく数十という数が現れ、数に任せてリッパーへ襲い掛かる。
「■■■■■――――!」
リッパーはこの世のものとは思えない咆哮を上げながら、迫り来る黒い泥人形を斬り付け吹き飛ばす。
戦闘能力は人間程度であるようで、リッパーの一撃に泥人形は複数体纏めて粉々になりながらその身を散らした。
しかし、散っていった先で瞬時に再生し、リッパーへ踊り掛かる。
「あれは何だ?」
「知らない方がいいわ。けど、まぁ、マスターなら察してしまうでしょうけど。取り敢えず、生身で触れない方がいいわよ。いくら『精神汚染』に耐性のあるマスターでも、あれは狂い死にしてしまうくらい強烈なものよ」
いつの間にか傍にいたカノ・セイフが、泥人形について不穏なことを述べる。
そんな間にも、泥人形の一部を引き連れてリリがこちらへ突進を始めた。
それに気付いたリッパーがリリを止めようと試みるも、泥人形の数の暴力により足止めをくらいその場を脱せずにいた。
「ルージュ、ラピス!」
グロウは即座にルージュへ『キャスト』を行使させ自身に『結界』を張り巡らせつつ、カノ・ラピスを体内に喚び出し『エナジー式ハンドガン”カミラ”』をセミオートマチック式ショットガンへ変身させる。
銃身を切り詰めストックを排したショートバレルのショットガンを右手で構え、左腕のシールドを前面に出して走り出す。
「行くぞ!」
その言葉を合図とばかりに、グロウはリリのツーハンデッドソードをシールドで受け止める。
『エナジー』の余波に揺さぶられながら、至近距離でショットガンの銃口を黒い胸部装甲へ向ける。同時にトリガーを引き、『エナジー』で編まれたマゼンタ色のショットシェルが撃ち放たれた。
射出と共に広範囲へ広がったショットシェルの全てが胸部装甲を叩いた瞬間、小型のショットガンから放たれたとは思えない衝撃が彼女を襲い、容易く吹き飛ばした。
「さっきまでの僕とは違う!」
次いでグロウへ手を伸ばした泥人形の群れに対して、連続して二発撃ち込む。
ショットシェルは泥人形の全てに被弾すると、その尽くを吹き飛ばし遠ざけた。
「思った通り、強い衝撃には耐性が無いならやりようがある」
高度な『自己再生』の能力を備えた泥人形を相手にしていては仕方がない。倒せないなら、遠ざける方が効率的だと判断したのだ。
勿論、ただのショットシェルではない。
ラピスの変身能力を通し、ルージュが扱っていたショットガンの能力を『カミラ・ショットガン』へ付与したのだ。それにより物理法則に則って広範囲に広がるペレットの一つ一つが、泥人形を倒すべく軌道を変え飛翔する。更にはペレットに『キャスト』を上乗せしたことで、殺傷力よりも衝撃力を向上させ近付けさせないようにしている。
倒せはしないが、殺されもしない。
一時凌ぎと言えど、効果は十分だった。
「次!」
ショットガンを撃ち放ち、泥人形とある程度の距離を確保したグロウは、『カミラ・ショットガン』を元のハンドガンへ戻す。
間髪入れずベルトに備えた弾帯からライフル用の銃弾を抜き取り、『カミラ』のボルトを引いて弾薬をバレルに押し込むと、再度ボルトを押し込みチャンバーへ『エナジー』ではない実弾を装填する。
全ての動作を二秒以内に終えたグロウは、自身が持ち得る切り札の一つを疲労すべく、前面に構えたシールドの装甲越しに『カミラ』を構えてリリに狙いを定めた。
「マスター。言った通り、それは『キャスト』による照準の補助が効かないわよ」
傍らに現れたセイフの言葉を聞き終えた瞬間、グロウはトリガーを引き絞った。
先ほどまでとは違い、火薬の爆ぜる轟音が泥濘と瘴気の支配する世界へ響き渡る。『カミラ』に確かな反動を感じつつ、音速で飛翔する弾丸の行く末を見守った。
「まぁ、外すとも思ってないけど」
皮肉混じりのセイフの言葉が聞こえるよりも早く、弾丸が標的に到達した。
泥濘に倒れながらも即座に体勢を立て直し、ツーハンデッドソードを構えるリリ。その両手を用いなければ扱えないほどに刀身の長いソードの、黒い刀身を弾丸が叩く。
瞬間、リッパーと何度も打ち合いを続けても刃零れすらしなかった刀身が、ガラス細工が崩れるように被弾箇所を粉々にしポッキリと折ってしまった。




