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メモリー42

 ただの眼光のはずが濃密な『エナジー』を纏った光線となり、空間を引き裂きながらシールドの表面に被弾する。

 グロウ・イェーガーは何度目ともなる衝撃に吹き飛ばされながらも、必死に『カミラ』で銃撃していた。

 その脆弱な『エナジー』による弾丸は教祖へ届く前に、神代の『エナジー』によって霧散させられるばかりで攻撃にすらなっていなかった。

 立て続けに繰り出される眼光を白亜の装甲で防げるのは、カノ・ルージュが『構造強化』の『キャスト』を行使してくれているおかげで装甲の強度が格段に向上しているからだ。それがなければ、おそらく一撃で消し炭となっていたであろう。


「ハハッ、矮小な存在のくせにしぶとく生き残る!」


 教祖は高笑いしながら泥濘を這いつくばるグロウを嘲笑する。

 負けじとグロウはシールドを構え、真正面から突撃する。『構造強化』と『加速』の『キャスト』を重ねがけし、眼光を振り払いながらの特攻だ。


「このタコ野郎!」


「ほう、潔いこと」


 精一杯の突撃は、しかし教祖には届かない。

 眼光を捌いたとして、次に待っているのは触手に変じた腕の横薙ぎだ。一本一本は細い触手だが、シールドを叩いた威力は眼光の比では無いほどのもので、グロウは突撃した倍の距離を吹き飛ばされる。


「勇敢なつもりか? アリが巨像に、いや、虫ケラが神に勝てると思ったか?」


「うるさい……!」


 グロウは『カミラ』を構え銃撃する。

 マゼンタ色の光弾は、やはり教祖へ届く前に消え失せてしまった。


「ハハッ、いまだ希望は失わず、か! 良いがな! その希望が絶望に変わる時、貴様はどんな表情をするのか!」


「絶望なら、とっくに味わっている!」


「ならば、更に味わうが良い!」


 教祖がグロウの知らない何かの『キャスト』を行使した。

 瞬間、傍らに何か巨大なモノが転がった。


「――――ッ!? リッパー!?」


 カノ・リッパーが胸部に巨大な斬り傷を負い、泥濘を転がっていた。

 リッパーはカノ・スペックと共に黒騎士と化したリリを抑えているはずだった。互角ではあったがわずかにリリの方が優勢に見えていたが、スペックとのコンビネーションがあれば負けるはずは無かった。

 残されたスペックの方を見ると、『加速』の『キャスト』を使わずに自力で走り回ってリリを翻弄していた。獣人である彼女は人間が行うそれよりも素早いが、泥濘に足を取られて動きづらそうにしていた。

 ふと、嫌な予感を覚えカノ・ラピスを見る。

 ラピスは半魚人と化した兵士達を抑え込んでいるはずだったが、今は立場が逆転していた。兵士を圧倒していた火炎は既に無く、代わりに銃声が鳴り響きラピスは『防御』の『キャスト』を行使することも叶わず被弾して倒れていた。


「『エナジー』を乱して『キャスト』を封じた……?」


「その通りだ、愚かなアルビノよ!」


 不意を突くように教祖の拳打が繰り出される。

 グロウはシールドを両手で構え、その上でルージュの『身体強化』の『キャスト』で自身を補強し、更には『構造強化』の『キャスト』を三重に重ねて一撃を受け止める。

 ルージュの『キャスト』はグロウの中で『エナジー』が循環するだけであり、外部の影響は無かったことが救いであった。

 しかし、神として降臨した教祖の拳は、一撃で存在そのものを消し去る威力を持っている。

 それを真正面から防いだ人間であるグロウは、果たして無事でいられるはずが無かった。


「がぁーーーーッ!」


 拳打の余波が白き身体を貫く。

 骨が砕け、肉が削がれ、肉体は魂ごと潰れてしまう。ルージュが気転を利かせ、『蘇生』と『自己再生』を複数回行使したおかげで、グロウは死なずに済んだ。

 しかし、激痛までは和らげることができず、グロウは立っているだけで精一杯な状態であった。


「ほう、よく防いだ。これは驚いたよ、本当に。――――では、次でさよならとしよう」


 教祖は触手の塊を装甲板から一度放し、再度の拳打を放とうと振りかぶる。

 今度こそグロウを葬るであろう邪神の一撃。

 その様子を朦朧とする意識の中で見ていたグロウは、機能を再起動させたばかりの肺に力を込め、閉塞した声帯を震わせて怒声を発した。


「ねぇ、もういい!? これ死ぬって、マジで!」


 瞬間、教祖の胸元から銀色の刃が生え出た。

 既に異形と化した教祖の新たな変異かと思われたその刃からは、邪な『エナジー』を浄化せんとする聖なる輝きが放たれていた。

 一番驚いたのは教祖であった。

 全く予期せぬ一撃に、教祖は自身の身体に起こった異変に理解が追い付かなかった。


「もう良いわよ。よく堪えたわ、マスター」


 教祖の背後に、いつの間にか幼女の姿があった。

 白銀の長髪をツインテールにした妖艶な幼子、カノ・セイフが旅行鞄の『クラウン』を抱えて立っていた。そして『クラウン』の蓋は開放されており、中に描かれている『魔法陣』から『聖剣』の刃が伸び教祖を串刺しにしていたのだ。


「バカな……『エナジー』を乱したはず…………」


「貴方の敵に対しては有効よ。実際、ラピスやスペックは『キャスト』を上手く使えなくなった。だけど、貴方は私達を敵視することはできない」


 セイフは不適に笑う。

 カノ・セイフという幼女の特性は、決して戦闘に向いてはいない。彼女は護ることと逃げることに特化した特異な存在だ。

 しかし、その能力は非常に厄介である。

 彼女の力は敵の攻撃から身を守るものでありながら、敵の攻撃対象から外れるものでもあった。敵であるはずの幼女は護るべき幼子として、あらゆる存在に認識障害を付与する。

 つまり、例えグロウ・イェーガーに憑依した邪神カノの一片として世界に顕現しているとしても、教祖は決してカノ・セイフを敵として認識できないのだ。故に、教祖の『キャスト』は敵として認識されていないセイフに効果は無く、教祖の背後を取っても敵でなければ気に止められるはずもなく、『クラウン』の蓋を開け『キャスト』を行使したとて最後まで敵視されることは無かった。

 そして『転移』の『キャスト』を通じ、『シープヒル』の外側で待機していたアヤ・ライトニング含めた『キティチーム』の介入を許したのだ。


「貴方はマスターを脅威として認定していたようだけど、マスターは苦戦する振りをしていただけだと気付けなかった。人間を見くびるなんて、邪神にあるまじき慢心ね」


「キサマァァァァァーーーー!」


 教祖の人とは思えぬ咆哮が世界を震撼させる。

 神として顕現した教祖の咆哮は、世界を破壊するほどの『エナジー』を孕んでいた。 


「この私をよくもコケにーーーーッ!?」


「うるさいわよ、タコ頭」


 一迅の閃光が走ると共に、教祖の上半身が下半身と生き別れとなった。

 視界が開けると、『魔法陣』の中から現れたアヤ・ライトニングと『キティチーム』の姿が映った。


「全く、ずいぶんと待たせてくれたわね?」


 咆哮ごと教祖を一文字に斬り裂いたアヤ・ライトニングは、朗らかに笑いながらグロウの元へと歩み寄る。


「こっちも命懸けだったもんでね……」


「まぁ、死んでないだけ上出来って誉めてあげるわ」


 笑いかけるアヤの顔を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れてグロウは膝から崩れ落ちる。間一髪、泥濘に倒れなかったのは、ルージュの施してくれていた『自己再生』の『キャスト』のおかげであった。


「隊長、残党の殲滅を」


「了解! 『キティチーム』、行動開始!」


 アヤの一声で『キティチーム』が半魚人の兵士と戦闘を始めた。

 元は特殊部隊である半魚人の兵士であるが、『キティチーム』は一糸乱れぬ動作で圧倒していく。


「アヤさん、あれを!」


 次いで『キティチーム』唯一の女性兵士が、スペックと戦闘中のリリを見て声を上げる。

 『キャスト』を扱えるようになって『加速』でリリを翻弄するスペックだが、膨大にして強大な『エナジー』を前にして防戦一方の状況だった。


「見えてるわ。あれは私が倒すから、レンちゃんは隊長の指示に従ってーーーー」


「ちょっと待って!」


 グロウは傷の手当てもそこそこに、リリを処理すべく『聖剣』を構え直すアヤの前に立つ。


「彼女の相手は僕がする」


「……知り合いなのね?」


 聡いアヤには隠し事はできないらしく、一目で関係性を見破られてしまった。

 後は語るべくも無く、二人の間で合意が為された。

 束の間の沈黙。

 それを打ち破ったのは、遥か上空で生じた不浄な『エナジー』の蠢動であった。

 教祖が、厳密には教祖に宿った邪神の力を利用して復活したのだ。


「我は不滅なり!」


 教祖は声に怒りを込めて叫ぶ。


「マジかよ!」


「『聖剣』で斬ったのに、随分としぶといわね?」


 驚愕するグロウを他所に、アヤは『聖剣』の切っ先を教祖へ向ける。


「あれは私が受け持つわ。貴方は黒い騎士を何とかなさい」


「そうするよ。――――スペックを寄越すから、上手く使って」


 グロウはアヤに背を向け、戦闘状態であるリリとスペックの元へと駆け出した。


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