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メモリー40

 リリという『エナジー障害』の少女に着いていき、グロウ・イェーガーとカノ・セイフは『シープヒル』の北側に位置する教会へ赴いた。

 教会の傍らにはこ大きな湖畔が横たわっており、白鳥が優雅に水面を進んでいる様子が見て取れた。

 アヤ・ライトニングが捉えられていた廃れた教会と打って代わって、白塗りの外装も庭に生い茂る草花も手入れが行き届いていた。町の中にあった教会から、こちらの教会に引っ越したと言ったところか。

 もしくは、そこで崇められていた神様から別の神々へ信仰を鞍替えしたためとも予想できたが、グロウにはそこに行く着くための思考のゆとりが無かった。


「ほら、ここだよ!」


 リリは教会まで駆けていくと、重そうな大きな木製のドアを開き大聖堂の中へ入る。

 グロウも後に続いて大聖堂へ足を踏み入れた。

 外装と同じく、内装も丁寧に手入れされていた。

 床は鏡でも無いのに天井の景色を反射するほど磨かれており、信者が腰掛ける長椅子はワックス掛けしたようにピカピカだった。天井のステンドグラスには曇り一つ無く、射し込む日差しが幻想的な色を大聖堂に描いている。

 その清潔な大聖堂の奥には、神父らしき男性が彫刻で象られた神々へ祈りを捧げている様子が見て取れた。

 まるでファンタジーの世界に誘われたかと勘違いするほど、神秘的で非現実的な空間であった。

 特に彫像の神々が異形さ、本能的に憎悪と嫌悪を抱くようなグロテスクな似姿が現実と幻想を切り分けているようであった。


「教祖様!」


 リリが神父の元へと駆け出す。

 すると、神父はゆっくりと立ち上がってこちらを振り返った。

 金色の髪に彫りの深い顔立ち。不気味なまでに穏やかな微笑を浮かべた青年と目があった瞬間、自分がまんまと騙されたことに気が付いた。


「真に恐るべきは無垢なる者。そうは思わないか?」


 神父改め『教団』の教祖が穏やかに告げる。

 リリは教祖の元まで駆け寄り、懐いた猫のように擦り寄った。


「あぁ、勘違いはしないように。彼女はただ純粋に、君を私に紹介したかっただけ。彼女が君を騙したのではなく、彼女が私に騙されたというべきか」


「何故そんなことを!」


「うっかり彼女が私のことを口走っては、君は警戒してこの教会に入らないだろう? それでは意味が無い」


 教祖はリリの頭を慈愛に満ちた表情を浮かべながら撫でる。まるで愛娘に父親が行うそれのようだ。


「連れてきたよ、教祖様! あのお兄さんを助けてあげて! 私みたいに!」


「えぇ、直ぐにでも」


 グロウはゆっくりと旅行鞄の『クラウン』を床に下ろすと、ヒップホルスターに納めている『エナジー式ハンドガン”カミラ”』へ手を伸ばす。

 グリップの感触を確かめつつ、教祖の行動、その一挙手一投足に注意する。


「彼女を助けたってのは、どういうことだ?」


「そのままの意味さ。彼女を苦しめる害悪そのものを排除する術を与え、その方法を教えたまで」


 教祖の薄気味悪い笑みから、それがろくなものでないことは明らかだった。


「信じる者は救われる。信仰とはそういうのものだ。――――ほら、見せてあげなさい」


「え? でも……」


「大丈夫。彼は君と同じで特別だから」


 教祖に促されるまま、リリは恐る恐る掌を頭上に掲げる。

 瞬間、グロウの眼前に『魔法陣』が描かれ、そこから黒く深い泥が溢れて出た。

 闇、深淵、虚とそれを表現する言葉は幾つか思い付いたが、それの存在を彼女が教えてくれた。


「ヨーグ、その人は敵じゃないよ!」


 世界の悪逆をその身に納めたかのような邪悪な塊が、グロウとセイフを睨み付ける。

 反射的に『カミラ』を抜き放ち、ヨーグと名付けられた存在と対峙する。


「マスター、これはちょっと予想外よ」


 セイフの小さな掌に力が籠る感覚がグロウの左手に伝わる。

珍しく緊張している様子に、相手が只者でないことがわかる。そうでなくとも、直視するだけで気が狂ってしまいそうな感覚から、相手にしてはならない存在だと本能が告げていた。


「グロウ・イェーガー。私は君に感謝している」


「何?」


「君を触媒にし邪神を『召喚』し、その動向を監視している最中、私は気付いた。『エナジー障害』は病気では無く、彼の神々を呼び出す器であると。君達は選ばれし存在なのだと」


 教祖は両手を大きく広げながら仰々しく語る。

 それは狂信者のそれのように、声高に、身振り手振りを大袈裟に朗々と語った。


「そしてリリに出会い、確信した。君達は神々を喚び寄せるために必要な存在だと」


「彼女を触媒にしたのか?」


「そうとも。その結果は君達の眼前にあろう」


 グロウはヨーグを見る。

 泥は沸き上がり続けるも、『魔法陣』から出ることは無かった。まるで意思を持っているかのように、その場で揺れるだけで留まり続けていた。


「そして喜びたまえ、グロウ・イェーガー。私は君を脅威として認識している。カノ、その力は強大故に彼の邪神を警戒していたのだが、真に警戒すべきは君であった。カノは君のために動く。君が望めば世界すらカノによって書き換えられてしまう。『教団』を壊滅させるなど、造作もないだろう」


「だったら何だ?」


「故にこそ、君には消えてもらう。君が消えれば契約は解消され、カノはこの世界から退場するだろう」


 瞬間、世界が変動を始めた。

 教祖を起点に泥濘が溢れ始め、それが広がると共に周囲の景色が書き換えられていく。

 静謐にして清潔であった教会は消え去り、魚の腐るような生臭さと海辺のような潮の匂いの入り交じる湿地帯へと世界が変わっていった。


「今度は何だ!?」


「空間ごと『異世界』へ『転移』させられてるわ。大掛かりの『キャスト』よ。教会自体が『キャスト』を行使するための装置だったわけね」


「マジかよ! それってかなりヤバくない!?」


「なるほど、確かにリリと出会わなければ、マスターを教会に入れる前にラピスに調べさせて脅威を排除させたのだけど。まんまとヤられたわね」


「冷静だね!」


 グロウは曇天というには暗すぎる空の下、どこまでも広がる泥濘を一望する。

 まるで古い時代の戦争で激戦の繰り広げられた最前線のようで、ともすれば迫撃砲や機関銃の轟音が聞こえてきそうであった。

 しかし、聞こえて来たものは別のものであった。


「ウヤ・ウィール、ウヤ・ウィール」


 ウヤ・ウィール。

 そう唱えながら異形と化した先発隊の面々が現れた。

 瞬き一つしない眼球に異様に広い口、身体の一部を魚のような鱗で覆いながら、アサルトライフルや防弾ベストなどを備えた兵士だ。『国家安全保障局』が派遣した実働部隊の成れの果てだと、あまりにも変貌した姿からグロウは気付かなかった。

 半魚人として現れた彼らは、グロウとセイフを取り囲むように展開する。


「教祖様!?」


 リリが驚愕して教祖に詰め寄る。


「お兄さんをどうするつもりですか!? 私と同じで病気に苦しんでる人なんですよ!?」


「リリ、無垢なる少女よ。君の力も借り受けよう」


「――――! リリ、逃げろ!」


 瞬間、嫌な予感がグロウの中に走り制止しようと試みる。

 しかし、それよりも一瞬早く、教祖がリリに対して何らかの『キャスト』を行使した。『催眠』の『キャスト』と理解した時には既に遅く、彼女の目から光が消え失せ、教祖の操り人形へと変貌した。


「では諸君。グロウ・イェーガーを殺しなさい」


「ウヤ・ウィール」


 次の瞬間、半魚人と化した兵士とリリの『使い魔』となった邪神ヨーグが、一斉にグロウへと襲い掛かった。


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