メモリー39
グロウ・イェーガーは右手に旅行鞄の『クラウン』を持ち、左手で幼女のカノ・セイフと手を繋いで『シープヒル』の古びた町並みを散策していた。
レンガ造りで統一された町並みは騎士や貴族といったものが溢れ返っていた時代を彷彿とさせ、一歩歩みを進ませるごとに、まるでタイムスリップしたかのような感覚を覚えた。
周囲を森に囲まれているためか、空気は都会のそれとは違って草木の匂いが入り交じり澄み渡っている気がした。
なるほど、療養施設が建てるには適した環境と言えよう。
おまけに過疎化が進んでいるためか昼間というのに人通りが少なく、町を訪れる旅行者も滅多に無いという。
秘密の儀式を行うにも適した環境なのだろう。
「ほら、マスター、見えるかしら。あそこの山の中腹、あそこがゴルゴーンの根城だった場所よ」
セイフの指差す方を見てみると、山の一角が不自然に木々を刈り取られており、整備された土台も見える。が、肝心の建造物が無い。
彼女の言葉を信じるなら、あの場所には廃病院が建てられていたはずだ。しかし、教祖の『召喚』した人智を遥かに超越した存在の一撃によって、跡形もなく消え去ってしまったようだ。
恐らくあの土台の真下は地下施設まで空洞が続いていることだろう。
「教祖の一撃は病院をまるごと吹き飛ばしたのか」
グロウは特に感慨など無く呟いた。
これから対峙する強敵の実力を噛み締めるだけだった。
「町の人達もその光景を見てたはずだよね? 何で大事になってないの? 上手く誤魔化したから?」
「いいえ、ただ本当のことを伝えたまでのことよ」
「本当のこと?」
「『教団』に仇為す不貞の輩を、教祖様自らが神々に代わり鉄槌を下された」
セイフは淡々と語る。
それはつまり、町全体が『教団』の信徒であり、教祖や『教団』の行っている蛮行を容認しているというものだった。
「用心なさい、マスター。貴方はこの町に足を踏み入れた瞬間から、ずっと見張られているのよ」
そう告げられてグロウは周囲を見渡す。
見張られている気配どころか、人の影一つ見当たらない。まるでゴーストタウンだ。
二人はそのまま当てもなく歩き続ける。
町を歩き回っていれば『教団』から何らかの接触があると思っていたのだが、特に何も起こっていない。不気味なほどに静寂で、安心するほどに穏やかな昼下がりであった。
「お兄さん、こんにちは!」
「っーーーー!?」
不意に在らぬ方から声をかけられた。
グロウは反射的にセイフを庇うよう重心を傾けつつ、声のした方、古びた家屋と家屋の間に伸びる薄暗い路地裏へ目を向ける。
「何してるの? 観光?」
女の子がいた。
白髪をショートにし黒いワンピースを着た少女。
元気溌剌な笑顔に対して、ワンピースから覗く肌は色素が抜け落ちたように真っ白で、肉付きが悪く骨と皮だけなのではと疑いたくなるほどに痩せこけていた。
まるで餓死寸前の見た目をしていながらも、少女はしっかりとした足取りでグロウへと近付いてくる。
「お兄さんも色が白いね? 知ってる? アルビノって言うんだよ」
少女は近くまで歩み寄ると、紅い瞳を無邪気に光らせてグロウを見上げる。
ただ自分と同じく色素欠乏症のグロウに興味を持っただけなのか、少女からは敵意は感じなかった。
「知ってるよ。君も白いね」
「私のは病気でこうなったんだ。『エナジー障害』って言うんだ」
「それは奇遇だね。僕も『エナジー障害』なんだ」
可能性はあったが、まさか滅多に発症しない奇病を持つ人間と出会うとは思わなかった。
それは少女も同じだったらしく、グロウが病名を唱えた瞬間、笑顔を一層ハツラツとさせた。
「本当!? おんなじ病気の人って初めて!」
「僕も初めてだよ。お互い意味の分からない病気に苦労させられるね」
「そうなの! 『エナジー』が体から出ないからいつも体調が悪いし、おまけに『キャスト』も使えないから皆から能無しって言われるし」
「僕もそうだよ。『エナジー』のせいで熱が続いて休みばっかで、ようやく学校に行ってもいじめが待っててね」
自然とグロウも笑顔となる。
今まで誰とも分かち合うことのできなかった苦労を理解してくれる人が現れたとなれば、心中は安堵に包まれていた。
その後もお互いの身の上話しが続いた。
グロウの開示できる情報は限られているが、少女の方は話したいことが山ほどあったらしく会話に困ることは無かった。
しかし、その内容は決して楽しいものではなかった。
現在の医学が解明したものとして、『エナジー障害』という病気は人に伝染することは無い。が、彼女の周囲の大人達は伝染すると信じ込んでいたらしく、幼少の頃は外に出させて貰えず、鍵のかかった部屋に閉じ込められ、自らの『エナジー』に苛まれ続けていたそうだ。
とある医者のおかげで誤解は解け監禁生活から解放された彼女だが、待ち受けていたものは凄惨な差別だった。
『エナジー障害』というだけでなく、肌の色が違う、監禁生活のせいで世間を知らないなど、周囲との差異を見出だされては除け者にされてきたという。
暴言を吐きかけられ暴力を振るわられ、学校にも行けず家にも居場所は無く、食事も満足に与えられず『エナジー』に苛まれた体は寝ることすらままならない。
およそ人として扱われて来なかったと、彼女は笑顔で語った。
「それでね、皆が嫌がるから私はいっつも一人なんだ」
全てを語り終えた少女の表情は、変わらず無邪気な笑顔であった。
作り笑いでも何でもなく、心の底から楽しげに笑っているようだった。
一体、何が彼女をここまで笑顔にさせるのか。
既に精神が限界を迎えたとも考えられた。
「お兄さん、どうしてそんな顔をしてるの?」
「君は、辛くないのか?」
「つい最近までは辛かったけど、私、ある人に出会って救われたの!」
「ある人?」
「うん! その人のおかげで『エナジー障害』でしんどくならなくなったの! あ、これからその人のところに行くんだ! お兄さんも一緒に来る?」
「僕も? いいの?」
「大丈夫! すっごく優しい人だから!」
「そうなの? それじゃあ、行ってみようかな」
グロウは少女の雰囲気に流され、着いていくことになった。
『エナジー障害』に苦しんだ彼女を救った人物に対し、感謝の念を抱いており一度会ってみたいと思ったこともある。
ちらりとセイフを見ると、特に異論は無さそうで微笑を浮かべて静かに頷いた。
「ほら、行こ行こ!」
「あ、ちょっと待って! 君の名前は?」
話し込んですっかり失念していたが、少女の名前を知らなかった。
「私はリリ。お兄さんは?」
「グロウ・イェーガー、こっちはセイフ」
「よろしくね、グロウお兄さん!」
こうしてグロウとセイフは、リリと名乗るハツラツとした少女の後に着いていくことになった。
道中、他愛の無い会話で親交を深めつつ、三人は町の北側に位置する教会へ向かう。傍らに湖畔を携えた、白く清らかな教会であった。




