メモリー33
牢獄に閉じ込められているグロウ・イェーガーは、疲れ果ててベッドに突っ伏していた。
『ミドシティ』を壊滅へ追い込んだ元凶でもあり、邪神をその身に宿した特異な存在としてと『禁忌術式犯罪対策局』の局員から危険視されていた。
そのため、連日に渡る聴取と称した尋問と、謎の健康診断を受け続けるはめとなっていた。
体力的にも精神的にも限界である。
唯一の救いは、アヤ・ライトニングが味方でいてくれることであった。
どういうわけか、尋問などには必ず立ち会いグロウの弁護をしてくれている。
何か策略があるのかと疑ってはいるが、尋問官と演技とは思えない口喧嘩をしているところを目の当たりにしては、意図が全く掴めなかった。
「イェアリ・ク。我等が主、ラピスより伝言だ」
ベッドに横たわるグロウの枕元で、カノの声がした。
視線を上げると、そこには紫色の毛皮を纏った美しい猫がちょこんと座っていた。
「カノ・にゃんこ!」
「やめよ、我等はカノ・スペックだ。もふもふするな!」
この紫色の猫は、カノ・スペックが変化した姿である。
カノが吸収した『亜人』であるスペックの特殊能力らしい。
戦闘能力はほとんど猫と変わらず、どちらかと言えば潜入や逃亡など相手を油断させるために使われるそうだ。とにかく可愛いので、グロウはスペックを愛でることで、連日の疲労とストレスを癒すことが日課になっていた。
嫌々付き合ってくれているようだが、抱き締めていると満更でも無いご様子だ。
「ともかく、ラピスの報告を聞け」
しばらく大人しくもふられていたスペックは、猫らしく柔軟にグロウの腕から逃れてベッドの下へと降りた。
「一式揃った、だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、グロウは感情が急激に冷めていく様を感じた。同時に暗く熱い地獄の業火を思わせる熱が胸中に広がった。
復讐、恩讐という感情がグロウの中に満ちていったのだ。
それと束の間のことで、直ぐに表情を柔らかくしたグロウは、スペックの元まで歩み寄ると、その小さな身体を抱え上げた。
「気付かれてるよね?」
「イェアリ・ク。ここの連中は聡い、始めるなら今しかないぞ」
「なら、直ぐに始めようか」
瞬間、グロウの傍らに黄緑色透明のゲル物が広がっていく。
そのゲル物の中から複数のカノが現れ出ようとしたその時、牢獄の扉が勢いよく開かれた。反射的にカノを身体に戻したグロウは、扉の向こうで佇む少女を見る。
アヤ・ライトニングが朗らかなれど感情の読めぬ笑みを浮かべながら、グロウの囚われている牢獄へと足を踏み入れる。
「差し入れよ」
そう告げて紙袋を差し出す。
アヤはたまにこうして差し入れをくれる。中身は決まって、サンドイッチとコーヒーだ。
グロウは先ほどの行動を見られたことを考慮しつつ、紙袋を受け取ってベッドへ腰掛ける。彼女も同じようにベッドへ腰掛け、肩を並べて同じ形状の紙袋からサンドイッチを取り出した。
意図の読めぬ彼女の行動に警戒しつつ、紙袋を開封して中をあらためる。
「お?」
紙袋の中身を見たグロウは、思わず声を漏らした。
サンドイッチはいつも通り卵と豚カツが一つずつだが、コーヒーが無かった。代わりに紅茶のアルミ缶が入っている。明らかにそこら辺の自販機で買ってきたものだ。
「…………バレてた?」
「いいえ、見抜いたのはドクターよ。私は知らなかったし、興味すら持ってなかったわ」
アヤはそう言いながら自分の分のコーヒーの入った紙コップを取り出し、蓋を開ける。
グロウはコーヒーが苦手だ。
独特の苦味が口に合わず、ブラックなどかなり気合いを入れなければならなかった。
「嫌いなら言ってくれてよかったのに」
「まぁ、何とか飲めてたから」
アヤの差し入れてくれるコーヒーは、何故か飲むことに抵抗は少なかった。けれど、別の飲み物を差し入れてくれるなら、それに越したことは無い。
グロウはありがたく紅茶をいただくことにした。
二人は無言のままサンドイッチを頬張る。
咀嚼する音だけが、殺風景な牢獄に響いていた。
「脱走する気?」
不意にアヤは確信を突く。
グロウは努めて冷静を装い、喉に詰め掛けたサンドイッチを紅茶で飲み下す。
「貴方の目的は分かってる。敵討ち、でしょ? ご両親が無惨に殺されたって言うのに、牢獄の中でのんびりしてるなんて私なら堪えられないわ」
「…………止めるつもり?」
グロウは隠し立てすることを諦め、開き直って邪魔立てするなら戦闘をも辞さない意思を示す。
傍らでもたれ掛かっていたスペックが、ピクリと身体を起こした。
「止めたって無駄だよ。僕は教祖を討つ。邪魔をするなら容赦しない」
「そうね。けど、一人で行かせるわけにはいかないわ。敵は貴方の思ってる以上に組織化されて、我々ですら明確に把握できてないの。そんな得体のハッキリしない『教団』を相手に、何のサポートも無しに挑むなんて、自殺行為以外の何物でもないわ。ーーーーだから、貴方を私の部隊に臨時加入させるわ」
「ん? …………んん? えっ!?」
一瞬、アヤが何を言ったのか理解できなかった。
「グロウ・イェーガー。復讐を果たしたいなら、私に協力しなさい。でないと、『教団』だけでなく私達とも敵対することになるわ。それは流石に手に負えないでしょう?」
グロウは空いた口が塞がらず、呆然とアヤの顔を見返していた。
その様子は酷く滑稽だっただろう。
そんなポカンと空いた口に、何の戯れなのか彼女は自分の手に持っていたサンドイッチを押し込む。
「むぐ…………」
「断る理由はないはずよ。敵討ちもできるし、政府の支援を受けられる。私達がかき集めた情報も共有するし、カノが造ってる装備も正規の調達品ってことにもなる。貴方には利点しか無い。ーーーー美味しいサンドイッチも食べられるオマケ付きよ」
「…………見返りは?」
サンドイッチを飲み込んだグロウは、アヤへ交換条件の提示を求める。
「カノが食べた『国家安全保障局』の局員が持ってた情報。裏切り者を炙り出し、一斉検挙するわ。そのために、カノを私達に協力させなさい」
「それだけ?」
「目的は同じはずよ。なら、敵対するより協力し合わない?」
そう言ってアヤは笑みを浮かべる。
グロウに反論の余地は無く、傍らのスペックが座り直す様を横目で見ながら、協力の申し出を受けるべく首を縦に振った。




