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メモリー32

 『ミドシティ』壊滅未遂事件から一週間が経っていた。街は元通りとは行かなかったが、少しずつ喧騒を取り戻し始めている。

 災害クラスの脅威が街を襲ったにしては、人的被害が極端に少なかったことも再生を早める要因の一つである。

 驚くことに、先の事件で死亡した人間は『教団』の関係者だけであった。

 他の人々は怪我や精神汚染といった被害を被っていたが、ほとんどが早期に退院している。重症化した者はカノへ攻撃を行った警察官や軍人、『禁忌術式犯罪対策局』の部隊員だけだ。

 カノは理性を失いつつも、襲うべき人間を区別していた。

 果たして彼の邪神が『ミドシティ』を壊滅させるつもりであったかは分からないが、主のことを想っての行動であったことは確かなようだ。故にこそ、グロウ・イェーガーは彼の邪神にすら名前を付けたのだろう。

 街は元通りとは行かない。

 倒壊したビルや破壊された道路は、一朝一夕で回復はしない。

 しかし、それでも確実に息を吹き返していた。


「ったく、酷い顔ね?」


 街は再生を始め生命の息吹が活力へと変わる。

 そんな『ミドシティ』の地下深くで、アヤ・ライトニングは寝不足と疲労でボロボロとなった友人の顔を拝むはめになっていた。


「まさかと思うけど、一週間一睡もしてないなんてことはないわよね?」


「私は天才だ。たかだか七日間寝てなくても死にはしなーーーーあ、こらっ! 返したまえ!」


 差し入れのコーヒーとプディングをテーブルと思われる機材の上に置き、アヤは天才『ウィザード』のドクター・ヨハンソンから携帯端末を取り上げる。

 放っておけば死ぬまで仕事をするような友人を強制休養させつつ、アヤは部屋の隅で黙々と作業を続けるダークエルフの女性へ目をやる。

 ビキニアーマーからニット生地の長袖にミニスカートへ服装を変えているが、彼女がカノ・ラピスであることは一目でわかった。


「端末を返すんだ、ライト! もう少しで完成なんだ! 最期までやり遂げさせてくれ、我が友よ!」


「はいはい、休憩してからね。これを食べ終えるまで、仕事はお預け。どうせ寝てないどころか、食事も利尿促進剤くらいしか取ってないんでしょ?」


「そんな殺生なぁぁーーーー! うぅぅ…………」


 ドクターは涙目になりつつも、大人しくプディングを手にとって口にする。

 如何に彼女と言えど、満身創痍の状態でアヤと喧嘩しては勝ち目など無い。それが判断できるほどの理性は残していたようだ。

 彼女の食生活は監視せずともわかる。

 ごみ袋に押し込められた栄養補給用ゼリーと軍用レーション、それに栄養ドリンクの空き缶を見るに、およそ人間らしい生活はしていないのだろう。

 せめて好物のプディングでも食べさせれば、ランナーズハイの如く上がりきったテンションを下げることもできると思っての差し入れだったのだ。


「…………意外ね、邪神と一緒に働いてるんだ?」


「ん? あぁ、彼女かい? 優秀な人材に人間も邪神も無いからね。それに、彼女は給料の要らないお得な労働力だ。利用しない手はないよ」


「ただより高い物はないわよ?」


「もちろん、ただではない。彼女はご主人様のために装備を用意する必要があり、そのために設備や機材を使いたいと申し出てきた。なら、設備を自由に使わせる代わりに、こちらの仕事を手伝ってもらっているというわけさ」


 主人、グロウ・イェーガーの装備の準備。

 カノ・ラピスがドクターのもとで働く理由としては、これ以上の対価は無いだろう。

 しかし、グロウに戦闘の意思があり、このまま引き下がるつもりは無いことをアピールしていると気付いているのだろうか。もし気付いているなら、事と次第によってはこちらと敵対することを暗示しているように思ってしまう。


「意外と言えば、君もそうだ」


「ん?」


「グロウ・イェーガーの尋問に、常に付き添っているそうだね? それも詰問する側ではなく、まるで弁護士のような立場で彼の不利にならないよう気遣っているそうじゃないか。どういう心境の変化だい?」


「グロウ・イェーガーを私に殺させたくなかったんじゃ? だったら別にいいじゃない」


「グロウ・イェーガーを君は殺したいんじゃなかったのかい? 人が心変わりするには、少し時間が早すぎると思わないかい?」


 二人の間に沈黙が流れる。

 探り合いをするように視線を交差させつつも、ドクターはアヤの言葉を待つ以外はカマ掛けなど行わなかった。

 おそらくこちらの意見を尊重しているため、余計な質問はするつもりなど無いのだろう。

 暫しの静寂を破ったのは、アヤであった。


「ねぇ、ヨハンソン。『マルチバース』に関係する事柄で、『ウォッチャー』って知ってる?」


「ふむ、珍しい名前を口にするね。ーーーー『ウォッチャー』とは『多元宇宙』、『マルチバース』を観測する者のことだ。彼等、彼女等は、あらゆる世界のあらゆる事象を見通し、守護している存在さ」


 アヤの問いにドクターは『キャスト』を発動させ、一人の人間の選択から分岐した無数の世界、『マルチバース』の連続帯を表現する。

 そしてそれを眺める複数の男女の姿が投影された。


「しかし、『ウォッチャー』は原則、世界への干渉を行ってはならない。『マルチバース』を俯瞰できるほどの存在だ。その力は人智どころか自然の摂理すらも凌駕するほどに絶大で、一度世界へ干渉しようものなら、その世界の行く末など簡単に変えてしまう。『ウォッチャー』は世界の創生と破滅を幾度と無く目の当たりにしながらも、一切に関与しないんだ」


「世界が破滅しても、手出ししないのね。救うだけの力があっても」


「一つの世界を変化させては、その先にある世界すら変化してしまう。さらには並行する世界すらも、何らかの影響を受けることになる」


 『キャスト』により描かれた世界の一つを、ドクターが指で弾く。

 瞬間、その世界が別の未来を描き始めた。同時に、派生するはずであった道筋が消えてしまい、その先にある世界が消滅してしまった。


「しかし、あらゆる世界の中には『異世界』を知覚し、私利私欲のために『マルチバース』の壁を壊そうとする者が輩出される。その行動の結果、世界を破滅させてしまうとも知らずにね。そんな時、『ウォッチャー』は初めて世界のために行動をする。手先の殺し屋を使って『マルチバース』に仇為す者を始末させ、それぞれの世界の均衡を保とうとするんだ」


「『ウォッチャー』の殺し屋…………」


「ある人物の原点の中でも、殺しに特化した者が選ばれる。彼等は派生した自らの経験を自らに回帰させることのできる特異な存在で、あらゆる世界で行動するのに制限をされないんだ。『オリジン』と呼ばれていて、『ウォッチャー』の絶対的な従者。自らの意思で行動せず、ただ任務に忠実で邪魔をする者は尽くを葬り去る存在だ。まるで殺しに特化した機械装置さ」


 ドクターは皮肉めいた口調で言った。

 アヤはその言葉を聞きつつ、異世界で出会ったグロウ・イェーガーのことを思い出す。

 『オリジン』と呼ばれる彼は、アヤの知るグロウであって違っていた。

 人を殺すことに特化した合理的な殺し屋。

 ろくでもない存在だろうが、それがどうしても自らと重なってしまう。


「『オリジン』に会ったのかい?」


「え?」


「顔に書いてある。差し詰め、グロウ・イェーガーの『オリジン』と戦ったのだろう」


 そう告げられて咄嗟に自らの頬に手を当てる。

 クスクスと笑うドクターを見るに、すべてお見通しのようだった。視線の端で相変わらず作業に没頭するラピスを見ながら、アヤが体験した『マルチバース』の短い冒険を語った。


「ーーーーなるほど。グロウ・イェーガーが躊躇無く人殺しをしている場面に出会し、考え方を変えたか」


「単純で悪かったわね」


「何も言ってはないが、君の美点であるとだけ告げておこう」


 そう言ってコーヒーを啜るドクター。

 皮肉では無さそうだが、面白がってはいるようだ。


「で、グロウが『オリジン』だって知っていたの?」


「確証は無かったけど、可能性は考えていたさ。まず、彼の戦闘能力の高さと『精神汚染』に対する耐性。それに異常なまでに高い『エナジー』の体内貯蔵量。何より君の『聖剣』を何の障害もなく扱えたこと。カノに憑依されたことで『オリジン』の自分とパスが繋がり、能力だけが逆輸入したんだろうさ」


 得意気に語るドクターに、アヤはなるほどと納得する。

 自らを万能やら天才と語る彼女の観察力と知識量には、毎度のことながら舌を巻くしか無かった。

 しかし、それでも彼女はアヤがグロウの味方をする本当の理由に気付いていない。情報が届いていないだけだろうが、気付かれていないだけでアヤは少しホッとしていた。


「もう行くわ。仕事もほどほどにしないと、身が持たないわよ」


 そんなドクターがプディングをきちんと食べたことを確認すると、アヤは紙袋を持って席を立つ。


「君に言われたくは無いが、まぁ、友人からの忠告だ。心に留めておこう」


 このやり取りは幾度も交わしたことか。

 修正されないから、こうしてアヤが差し入れを持ってくることになるのだ。

 苦笑するアヤは別れを告げ、研究室を出ようとした。


「あぁ、そうだ。ライト、君に耳寄りの情報がある」


 ふと呼び止められたアヤは、既に仕事に取り掛かっているドクターの背中を見た。


「グロウ・イェーガーはコーヒーが苦手だ。差し入れなら、紅茶がお勧めだよ」


 アヤは手に提げた紙袋を見る。

 コーヒーとサンドイッチが二セット入っている。


「苦いものが苦手なんだろう」


「初耳ね。何で知ってるの?」


「彼は私の淹れたコーヒーを飲まなかった。警戒してのことかと思ったが、どうにも違うようだ」


「一昨日、差し入れした時は普通に飲んでたわ」


「やせ我慢してたのだろう。男の子とは、見栄っ張りなものだ」


 そんなものかとアヤは眉根を寄せる。

 苦手なら苦手と言ってくれれば、別の物を用意したものを。


「……別のを買ってくるわ」


「そうしたまえ」


 アヤは不承不承といった表情のまま、研究室を後にした。

 ドクターはその背中を一瞥すると、黙々と作業をこなすラピスの方へ視線を向けた。


「歪な恋愛事情だと思わないかい?」


 ラピスはその問いに答えず、グロウ・イェーガー専用に調整を施している装備品の最終点検を行っていた。

 ドクターは肩を竦めると、作業途中であった装備の開発に着手する。

 それは純白のバリスティックシールドであった。

●カノ・スペックのモデル

 レディハンクをモデルにしてます

  →当初は普通の女の子でしたが、猫娘に変更しました

  →サブマシンガンはP90をイメージしてます

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