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メモリー31

 体内の『エナジー』をほとんど使いきったグロウ・イェーガーは、急激な疲労に襲われ立っていることができなくなった。

 倒れかけたグロウをすんでのところで受け止めたのは、アヤ・ライトニングである。

 カノの侵食により本調子を取り戻せておらず、戦闘に参加していなかったアヤだが、いざと言う時のために待機していてくれたようだ。

 しかし、つい先日までグロウを殺そうとしていた彼女に抱き止められるのは、何だか不可思議な気分である。


「よくやったわ。まさか、倒すなんて思いもしなかった」


「どうも…………」


 アヤは今まで見せたことの無い優しげな表情を浮かべながら、称賛の言葉を述べた。

 グロウ一人で倒したわけではないが、賛辞は素直に受け取っておこうと思った。何より、反論やら訂正やら行う体力が無かったのだ。


「ゴルゴーン、なんて呼ばない。次に会う時、君はカノ・ナーガだ」


 グロウは倒したカノを眺めながら、咄嗟に考え付いた名前を口にする。

 巨大な怪物は黄緑色透明のゲル物に変化しながら、泡沫の如く霧散していく。彼の化物が生み出したラミアも同じ結末を辿り、一足早く跡形も残らず蒸発していた。

 街には凄まじい破壊の痕跡のみが残っていた。


「■■■■■ーーーー!」


 不意にカノ・リッパーの咆哮が耳朶を打った。

 何事かと勝利に緩んだ空気が、一瞬の内に引き締められた。

 ゲル物と化して消え行くカノの足元からリッパーが現れ、跳躍するとグロウとアヤの眼前に着地して、乱暴に担いでいた全裸の女性を地面に叩き付けた。


「何? 別のカノ?」


「いや、こいつは…………」


 グロウにはその女性に見覚えがあった。

 衣服を剥ぎ取られ、髪や肌を粘液にまみれさせ、痩せこけ憔悴した彼女に以前の面影などほとんど無い。が、彼女を忘れることなどグロウにはできなかった。


「リッパー、よく見付けてくれた」


「イェアリ・ク…………」


 リッパーはグロウの意図を汲んだように、全裸の女性を踏みつける。


「おや? ひょっとして彼女はニコル・カミンスキーかい?」


 ひょっこりと現れたドクター・ヨハンソンが、全裸の女性の名を言い当てた。

 何故かドクターに手を繋がれている不機嫌なカノ・セイフが気になったが、今は眼下の仇が優先だ。


「グ、グロウ・イェーガー、ご機嫌麗しゅう……」


 ニコル・カミンスキーは踏みつけられて自由を奪われつつも、グロウを見上げて笑みを浮かべた。

 どういうつもりか分からないが、グロウの神経を逆撫でするのには十分に攻撃的な行為であった。故に、ハンドガンの形態へ戻った『カミラ』のトリガーを引いて、射殺しようとしたのは反射的な行為であった。


「ヒッーーーー」


「グロウ、何をしてるの!」


 一瞬早くグロウの手を掴んで銃口を反らせたアヤのお陰で、カミンスキーは難を逃れた。


「何もあるか! こいつが父さんと母さんを殺したんだ!」


 その言葉にアヤとドクターが二人して驚愕の表情を浮かべた。


「どういうこと? ーーーードクター、こいつは何者?」


「『国家安全保障局』の局員さ。グロウの身柄を横取りした張本人だがーーーー」


 ドクターはアヤの疑問に答えつつ、カミンスキーのもとへ歩み寄る。

 その歩みは軽快なれど、端正な面持ちを曇らせ非難の目を向けていた。


「君が『教団』と繋がっている可能性は考えていた。しかし、この少年の両親を殺したと? それは一線を越えたなんて話じゃすまない」


「わ、私ではありません! 私はただ、彼を『禁忌術式犯罪対策局』から奪ってくるよう依頼されただけです!」


「ウソを吐くな! 僕に二人の死体を見せ付けて、言うことを聞かせようとしたくせに!」


 グロウは怒りに任せて『カミラ』の銃口をカミンスキーに向けようとする。が、アヤがそれを良しとしなかった。


「離せよ! この女、ぶっ殺してやる!」


「離さないわ! 貴方が手を汚す必要なんて無いのよ! 冷静になりなさい!」


 グロウとアヤはお互いに本調子で無いためか、一進一退の攻防戦を繰り広げていた。


「イェアリ・ク。確かにその女の言う通り、我らが主の手を煩わせる必要などない」


 不意にカノ・スペックが現れ、『カミラ』を持つグロウの手を掴む。


「スペック? お前まで何だよ!」


「落ち着け、我らが主。こんな女は殺すより、我らが喰らってしまった方が良い」


 その言葉に呼応するように、カミンスキーを踏みつけていたリッパーの身体が黄緑色透明のゲル物へ変化する。

 地下施設でゴルゴーンを捕食した時と同様、カミンスキーをゲルで覆い呑み込まんと襲いかかった。


「ヒィィーーーー! やめ、やめて! グロウ・イェーガー、助けてください! どうかご慈悲を!」


「ずいぶんと消化の悪い女のようだけど、私達は雑食なの。時間をかけて、ちゃんと食べてあげるわ。ゆっくりと、じっくりと、理性の一つすら味わい尽くして」


 セイフが追い討ちをかけるように言葉をかける。

 カミンスキーの顔に恐怖の色が浮かんでいた。どうやら元々、ゴルゴーンと化していたカノに捕食されていたようだが、アヤの時と同じく何らかの加護の影響で直ぐに吸収されなかったようだ。が、時間をかけて侵食されたことで精神汚染が進んでしまい、カノに対して露骨なまでの恐怖心を抱いてしまった。

 彼女は泣き叫びながら救済を懇願する。

 しかし、グロウとカノはともかく、アヤとドクターも助けることをしなかった。


「イヤァァーーーー! 食べられる! 食べられてる! 痛い、痛い、イタいーーーー! もうやめて、やめてぇぇぇーーーー!」


 やがて断末魔の叫びのみを残して、ニコル・カミンスキーはカノに捕食された。

 果たして直ぐにカノの一部として吸収されたのかは、神のみぞ知ることである。

 グロウは眼前で仇が惨めに殺される様を目の当たりにしても、浮かばれぬ心境を抱いたまま、膝を着いて天を仰いだ。

 分厚い雲が埋め尽くす曇り空の切れ間から、太陽の光が射し込み、街を労うように照らしていた。

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