メモリー30
グロウ・イェーガーは周囲を見渡し、『ミドシティ』の惨状を目の当たりにする。
破壊されたビルや道路、恐慌に陥った人々、引き裂かれた死体、そして街に溢れる怪物の群れ。
正しく阿鼻叫喚という言葉が似つかわしい光景だった。
その状況を作り出している元凶を見上げる。
『教団』が保有する地下施設にてカノが捕食した邪神ゴルゴーンが、『ミドシティ』の大通りに顕現していた。恐らくカノが模倣した怪物だろう。
カノは狂気に満ちた眼差しで、グロウを見下ろしていた。
「イェアリ・ク…………」
カノ・リッパーが、数歩前に出てグロウを守るように立つ。
身体を小刻みに痙攣させた軍服の女怪異は、ゴルゴーンと化したカノへ確かな敵対心を見せていた。
どうやらカノの総意で『ミドシティ』を破壊しようとしているわけでは無いらしい。何かが切っ掛けでカノの一部が過剰反応し、この地獄を生み出してしまったようだ。
「原因は僕か?」
「貴方のせいじゃないわ、グロウ」
満身創痍のアヤ・ライトニングが何とか立ち上がり、グロウの傍らに並ぶ。
「けど、この状況を打破できるのは、貴方しかいない。カノを止められるのは、貴方しかいないのよ」
それはある意味では理に叶っている。
カノはグロウを主と仰いでいる。
本来なら人間程度に屈服するはずの無い邪神は、グロウにのみ仕えることを良しとしている。故に、グロウの言葉ならカノを止めることは可能だろう。
「カノ・セイフ、あのカノを止めることはできるか?」
「話し合いで? 無理よ、私達のマスター。あれは最早、地下施設を占拠していたゴルゴーンと同じ存在に成り果てているわ。理性など無く、ただ破壊することだけを目的とした怪物にね」
黄緑色透明のゲル物がグロウから滲み出すと、それは白銀の長髪ツインテールにした幼女の姿と為る。
カノ・セイフはグロウの意図を汲み取り、そして否定した。
「つまり、倒すしか無いってことね」
「話が早くて助かるわ」
行動指針は決まった。
次は武器だ。
流石に邪神を相手取るのに、武器が無いのは論外だ。
「お困りのようだね、イェーガーくん」
不意に女性の声が聞こえたかと思うと、傍らに『転移』の『魔法陣』が描かれ輝き始めふ。すると、その光の中からパンツスーツ姿の美女が姿を現した。
「君の悩みは、この万物の天才が解決してあげよう」
ドクター・ヨハンソンは満面の笑みを浮かべ、グロウに一挺のハンドガンを手渡す。
『エナジー式ハンドガン“カミラ”』である。
「盾までは用意できなかったんだけど。ーーーー住人の避難と負傷者の回収は既に終えている。ライトの部隊が奮戦してくれてね。後は存分に暴れたまえ」
「えぇ、そうさせてもらいます」
『カミラ』を受け取ったグロウは、セーフティレバーを外して射撃体勢へ移行する。そして数歩前に出て、リッパーの隣に並び立った。
「スペック、ラピス、ルージュ。手を貸してほしい」
「イェアリ・ク」
「イェアリ・ク」
「イェアリ・ク」
さらにゲル物がグロウから沸き出る。
それらは黒いアサルトジャケット姿の猫耳少女、ビキニアーマー姿の褐色肌をしたエルフの女性、野球帽を目深に被ったブルネットの女性へと変化し、グロウの周囲に並び立つ。
これがグロウ・イェーガーの用意できる最大戦力だ。
「へへっ、アタシらのこと、よく気付いてくれたね、旦那」
「まぁ、リッパーを喚び出せたんだから、もしかしてって」
「イェアリ・ク。私共は常にマスターと共に」
ルージュとラピスが嬉しそうに笑む。
スペックもガスマスクで表情を窺えないが、猫耳がピコピコと動いていて喜んでいる様がわかる。
しかし、その様子を気に入らないと言わんばかりに見詰める存在があった。
それはゴルゴーンと化したカノだ。
完全にグロウと敵対することになった彼女は、不満げに呻き声を漏らしている。
「愚かね。私達のマスターが望まぬ殺戮を行った上に、私達のマスターに憤るなんて。どこまで身勝手なのかしら? その傲慢さが自滅の原因だと、いい加減に理解すべきだわ」
セイフがとことことグロウの隣に現れると、嘲笑うかのように言葉を発する。
その言葉に激昂したのか、ゴルゴーンと化したカノは鼓膜が破れんばかりの咆哮を上げ、手勢のラミアの全てをこちらに差し向ける。
一体、どこに潜んでいたのか、百は超える蛇女がグロウ達を惨殺せんと襲い来る。
「…………怒らせたのは、わざと?」
「ただの自己嫌悪よ。気にしないで」
セイフは不機嫌に言った。
迫り来る怪物の群れを前に、グロウはどこか落ち着いていた。
カノ達と一緒なら負けることは無いと、確信にも似た予感があったからだ。
「よし、始めようかーーーー!」
その号令と共に開戦の火蓋が切って落とされた。
時間との勝負だ。
カノが変じたゴルゴーンがグロウの知るそれと同程度の能力を持つなら、時間を掛ければ掛けるほど個体を増やし、最終的には街を埋め尽くしてしまうだろう。
その前に片を付ける必要がある。
それはカノも承知の上であった。
「さぁ、燃えなさい」
ラピスが広範囲攻撃の『キャスト』を発動し、真正面から飛び込んでくるラミアの群れを灼熱の炎で呑み込み炭化させていく。
強烈な火力の炎を突破するラミアが複数存在し、それらは明らかに他の個体と違っていた。
この短時間で最適な個体へと変化したのだろう。
まさかと思うが、ラミアの一体一体がカノの性質を少なからず含んでいるようだ。
「よっしゃ、アタシらの出番だ!」
ルージュが駆け出し、火炎を突破した個体をすかさずショットガンで銃撃する。
必中にして貫通能力の高いショットシェルが、ラミアを確実に撃ち貫き無力化していく。
しかし、今度は必中のはずの銃撃をかわす個体が現れた。『エナジー』を纏ったショットシェルに、ジャミングの『エナジー』をぶつけてシェルの追尾機能を無効化しているようだ。
「フンッ、小賢しい」
スペックが『加速』の『キャスト』を行使し、ラミアの一団の中へ飛び込んだ。
そして至近距離まで近付き、サブマシンガンで銃撃する。それだけに止まらず、コンバットナイフを用い、全方位から迫るラミアを確実に殲滅していった。
「■■■■■ーーーー!」
ラミアに次の変異が生じさせつつ、鎮座していたゴルゴーンと化したカノが攻撃を始める。
『魔法陣』を形成し、濃縮した『エナジー』の砲弾を大通り一杯に発射するつもりであった。が、それが放たれることは無かった。
「■■■■■ーーーー! ■■■ーーーー!」
リッパーが素早くカノまで接近し、巨大なサバイバルナイフを振るい『魔法陣』ごと彼の怪物を斬り裂いたのだ。
長身と言えどリッパーとゴルゴーンではスケール感がまるで違う。それでもリッパーは巨大な怪物を何度も斬り付け、幾度も殴打し、完全に封じ込めていた。
しかし、決定打には欠けていた。
如何にリッパーが凶悪にして強力な怪物だとしても、ゴルゴーンと化したカノを殺しきるだけの力は無かった。
それは単に邪神と怪物という存在のスケール感の違いから来る、如何ともし難い力の差であった。
「それでも、隙さえ作ってくれれば十分なんだ」
グロウは『カミラ』を片手に駆け出していた。
迫り来るラミアを銃撃しつつ退け、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにゴルゴーンと化したカノへと駆けて行く。
「カノ、僕が君を止めて見せる!」
その覚悟に応えるかのように、ラピスとルージュがゲル物へ変じグロウの身体の中へと戻っていく。
次いでラピスであったゲル物が『カミラ』を包み込み、ランチャーへと変貌させた。
ルージュであったゲル物はグロウの体内に『魔法陣』を形成し、擬似的に『キャスト』が行使しできるよう準備を整えた。
「ーーーーッ!」
カノとの距離を十メートルまで縮めたグロウは、『超感覚』と『情報処理』の『キャスト』を行使する。
瞬間、強化された五感と第六感で知覚した情報がインプットされていく。通常なら脳が処理しきれず悲鳴をあげているところだが、『情報処理』の『キャスト』が肩代わりし、各感覚機関へ最適解をアウトプットしていく。
それでも無理やりに強化した感覚と処理能力がもたらすフィードバックは強烈で、正常に機能できる時間は三十秒が限界であった。
「見えた!」
たった三十秒。
けれども十分過ぎる時間であった。
『カミラ・ランチャー』を担いだグロウは、ゴルゴーンと化したカノの胸元を狙う。
そこはグロウが囚われていた場所であった。
カノはグロウの存在に気付きつつも、リッパーの相手に手一杯であった。
ラミアをけしかけても、セイフがグロウの周囲を囲むように『エナジー』による防壁を形成し攻撃を阻み、不意を突くようにスペックが殲滅することで妨害にすらならない。
「そこ!」
ランチャーの左側に備えられたテレスコピックスコープで狙いを定めたグロウは、迷うこと無くトリガーを弾いた。
急激に体内の『エナジー』が『カミラ』へ吸い取られる感覚を覚えたのも束の間、濃縮された『エナジー』によるマゼンタ色の砲弾が放たれる。砲弾は正確に飛翔し、ゴルゴーンと化したカノの胸部に命中。
強固な鱗に覆われた肌を貫通し、カノの核となる器官を破壊したのだった。
「■■■■■ーーーー!」
この世のものとは思えぬ咆哮を上げ、ゴルゴーンと化したカノはその巨体を維持できなくなり、黄緑色透明のゲル物へ変じボロボロと自壊を始めるのであった。
こうして地獄を顕現させた世にも凶悪な怪物は、グロウとその忠実な僕であるカノ達の手によって倒されたのであった。




