メモリー3
見とれていたのも束の間、グロウは何かに突き動かされるかのように駆け出した。
少女と信者の間に入り、銃撃を盾で防いだ。
「そのまま!」
背後で声が響くと共に、数発の銃声が鳴り響く。
信者の悲鳴が聞こえたかと思えば、盾を打つ弾丸の数が減った。少女が信者を狙撃したようだ。
「撤退するわ、ちょっと乱暴するわよ!」
「へ? わッ!?」
困惑するグロウをよそに、襟首を掴まれ後ろに放り投げられた。
硬質な地面に転がるかと思いきや、体は冷たい水の中に沈んだ。慌てるグロウは水中で手足をバタつかせるが、思いの外、深度があって沈んでいく一方である。やがて息が苦しくなって来た時、潮が引くように感情が冷静になっていき、水面へ向かい泳ぎ始めた。
取り込んだ酸素を使いきる寸前、ようやく水面から逃れることができた。
「あら? 泳ぎは苦手だったかしら?」
岸に上がったグロウを出迎えたのは、ポニーテールの少女であった。白装束から着替え、黒いタンクトップに短パンという服装の上に防弾ベストを着用していた。
露になっている肢体に傷一つ無く、先ほどの凄惨な暴力が嘘のように白く瑞々しい肌をしていた。
あまり異性の肌を凝視するのも憚られたグロウは、咳き込みつつ周囲を見渡す。
照明も無い暗がりの中で少女の持つランタンだけが頼りだが、どうやらここは地下水道のようだった。
「貴方のおかげで助かったわ、ありがとう。けど、貴方は何者?」
仰向けに倒れるグロウの傍らに少女が片膝を着いて顔を覗き込んでくる。
端正な面持ちに思わず息を呑む。
「何で私を助けたの?」
口調は穏やかだが、視線は品定めをするように鋭い。尋問など未経験だが、おそらく真偽を見極める時の眼差しというものだろう。
「貴方は『教団』の信者ではないの?」
「違う、僕はただの病人だ」
グロウは体を起こし少女と視線を同じにする。
「僕は病気の治療でここに入居してたんだ。それがさっき、変な儀式に……」
「なるほど、ね」
少女はグロウの体を上から下へと舐めるように眺める。
「病名は?」
「『エナジー障害』……」
「珍しい病気ね? 『教団』が欲しがるわけか」
一人得心し腰を上げる少女に、グロウはすがり付くように問いを投げ掛ける。
「ここって何? 君は誰なの?」
「人に名前を聞く時は、自分から名乗るって教わらなかった?」
「あ、えっと、グロウ・イェーガー」
「そう、グロウね。私はアヤ・ライトニング、アヤでいいわ」
少女、アヤ・ライトニングはアサルトライフルを手にしながら、優しげな笑みを浮かべてグロウを振り返った。
「さて、グロウ。休んでいる暇はないわよ。まだ敵のテリトリー内だから、早く移動しないと」
「敵って、あのカルトみたいな連中と化物?」
「そう、貴方も狙われてるって分かってる?」
「それは、僕を連れ戻すため?」
「分かってるなら話は早いわ。ほら、これ持って」
そう言ってアサルトライフルをグロウへ投げて寄越す。
「自分の身は、自分で守ってね」
困惑するグロウに対し、アヤは素敵なウィンクまでして満面の笑みを浮かべたのだった。