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メモリー29

 朦朧とする意識の中、アヤ・ライトニングは銃声を二つ耳にした。

 一発は指導者と名乗る男性を殺し、もう一発はその娘の額を穿っていた。

 二つの命を呆気なく奪った無慈悲で冷酷な殺人鬼は、無線機を取り出して何事か言葉を吹き込んだ。


「グロウ……イェーガー…………」


 アヤの意識が戻ったことに気付いたグロウ・イェーガーは、弾き飛ばした刀を拾い上げて近付いて来る。

 てっきり止めを刺されるのかと思ったが、彼は刀を鞘へ納めアヤの手に握らせた。


「『ウォッチャー』へ完了報告を済ませた。直に元の世界へ帰れるだろう。すまないね、不慮の事故だってのにこちらのアレコレに付き合わせて」


「グロウ……貴方は、優しい子……なのに、人殺しなんて…………」


 我ながら身勝手なことを言っている自覚はある。

 グロウのやったことで、アヤのやらなかったことは一つだってあるだろうか。

 多数を救うために少数を犠牲にする。ただ天秤の傾いた方を優先し、合理的に処理したに過ぎない。

 しかし、それをあの優しい少年が行ったと思うと、胸を締め付けられるような感覚に苦しめられた。


「もし、君の世界の僕が君の言うような人間ならーーーー」


 そう言ってグロウはアヤの耳元に口を持っていって、呪いのような言葉を告げた。


「僕や君のようにならないよう、ちゃんと見てやっててくれ」


 次の瞬間、アヤは意識を失くした。

 こうして時空を超えた短き冒険は終演を迎え、アヤは本来在るべき場所へと送り返されるのだった。










 粘液が身体に纏わり付く不快な感覚と、爬虫類を思わせる生臭さに頭がくらくらする。

 手足の自由は利かず、魂にまで施された『祝福』が少しずつ解体されていっているのが分かった。

 アヤ・ライトニングが目覚めた時、カノの中で死にかけていた。

 巨大な蛇女と化したカノに決死の特攻を試みたアヤは、囚われのグロウ・イェーガーまで辿り着くも後一歩のところで及ばず、敢えなく取り込まれてしまったのだった。

 今はこうして自由を奪われ、『祝福』ごと吸収されている最中である。

 幸いにも吸収される前に目覚めることができ、さらにはグロウが目と鼻の先にいた。


「グロウ、グロウ・イェーガー……! 起きなさい、グロウ…………!」


 圧し潰される肺に力を込め、グロウの名を呼ぶ。

 しかし、起きる気配は全く無かった。

 『催眠』か何かで眠らされているのか、呼吸すらしているか不安になるほど微動だにしていない。


「グロウ、早く起きて……! 時間が無いの……! 街が壊れてもいいの……? 貴方はそんなこと許さないでしょ……!」


 いくら呼び掛けても意識は戻らない。

 何か気付けが必要だが、自由を奪われたアヤにできることは限られていた。

 不意にカノが大きく揺れ、身体がグロウへ近付いた。

 外から攻撃されているようだが、彼の邪神に効果はほとんど無い。

 そうしている内にもカノの侵食が進んでいき、アヤはもう数分と意識を保っていられる自身は無かった。


「カノは貴方をわかっていない……! こんなこと、貴方は望まないの……! 貴方は誰よりも優しくてお人好しで…………だからこそ私はーーーーだから、いい加減に起きなさいってば!」


 身体を無理やり動かし、グロウの唇に自らの唇を触れさせる。

 同時に『エナジー』を流し込み、彼の覚醒を促す。

 果たしてその方法は上手く行った。

 グロウ・イェーガーは目覚めると共に、右手を操り『聖剣ミズキ』を掴み取ると、周囲の肉塊を斬り裂いた。

 そしてアヤを左腕で抱き抱えると、カノの腹を引き裂いて中から脱したのだ。


「グロウ!?」


「マジかよ高過ぎだろ!」


 誤算があったとすれば、グロウは巨大化したカノの中にいるとは思ってもみなかったことだ。

 何か不快な空間に閉じ込められていたことと、アヤが死にかけていたことに対する条件反射で行動したに過ぎない。

 着地のことなど、つゆとも考えていなかったのだ。

 落下する二人。

 全回復していたアヤなら上手く着地できただろうが、カノに吸収されかけていた彼女は身体の自由が利かずグロウに抱き付くしか無かった。当然、『エナジー障害』を患っているグロウに『キャスト』を用いた飛来など行えず、地面に激突する未来しか無かった。


「不味いーーーー!」


「リッパー、リッパー! 助けて、リッパー!」


 咄嗟にカノを頼ったのはファインプレーであった。

 グロウの声に呼応し身体から黄緑色透明のゲル物が吹き出すと、それはボロボロの軍服を纏った女怪異、カノ・リッパーへ変化。

 リッパーはグロウとアヤを小脇に抱えると、コンクリートの地面に見事な着地を披露したのだった。


「イェアリ・ク…………」


 リッパーは二人をゆっくりと地面に下ろす。

 二人はもろもろの疲労で、しばし地面の上に寝転がっていた。


「もう二度としない…………」


「えぇ、全くよ…………」


 そんなことを言い合って、生存を喜ぶことなど二の次に項垂れるのだった。

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