メモリー28
邪魔する者を尽く斬り捨て撃ち殺し、死体で轍を作りながら通路を真っ直ぐ進んだ二人は、突き当たりの分厚い扉の前まで辿り着いた。
まるで金庫を守る鉄扉のようなそれには『祝福』が付与されており、あらゆる攻撃に対する防護手段が取られていた。
『キャスト』による解錠や瞬間移動は『祝福』により阻まれ、物理的な破壊は建物を崩壊させた方が手っ取り早いくらいの火力が必要と思われた。
「これはなかなかに辛いな。ここは幹部クラスの更に限られた者しか通れないようになっている」
「流石に手詰まりかしら?」
鉄扉を眺めるグロウ・イェーガーは、肩をすくめてアヤ・ライトニングを見やる。
その紅い瞳には微塵も不安や焦燥の色は窺えなかった。
「準備はしてきているよ」
「そう。なら、さっさと開けてくれない?」
「直ぐに開くさ」
その言葉を裏付けるように、突然鉄扉が重々しい金属音を鳴らしながら開いた。
アヤは刀に手をかけながら、その向こうに居るであろう存在を警戒する。
やがて完全に開いた扉の先には、将校の物と思われる豪奢な階級章を備える詰襟軍服を身に纏った女性が立っていた。
その女性の気配には身に覚えがあった。
「イェアリ・ク」
独特な言葉を発し、女性はグロウへ頭を垂れる。
間違いなく邪神カノの分け身であった。
この世界の彼も邪神を使役しているようだ。
事前に幹部の一人とカノを入れ換えておくなんて、用意周到なことだ。
「お待ちしておりました、マスター」
「カノ、中はどんな様子?」
「幹部は全て不意打ちで処分。残るは指導者を名乗る男と、その一人娘のみ」
グロウは軍服姿のカノから説明を聞きつつ、鉄扉で守られていた部屋へ足を踏み入れる。
アヤもその後に続いた。
中はしばらく同じような通路となっていたが、直ぐにミーティングルームらしき大広間に出た。そこは既に惨劇の行われた後となっており、部屋中に惨殺死体が散乱していた。
とても人間が為せる殺し方ではなく、明らかに超常的な怪物が暴れまわった跡が残っていた。
そして大広間の先には更に広い部屋があり、そこは『祝福』が施された『結界』が張り巡らされ、カノのような邪な存在が容易に入れないようになっていた。
「カノ、入り口の警戒を。突破しようとする奴が居たら、遠慮せず存分に暴れてくれ」
「イェアリ・ク。御意のままに」
「さて、アヤ・ライトニング。この先まで付き合ってもらうよ」
「えぇ、そのつもりよ」
ここまで来たのだ、結末を知らずに帰るわけには行かない。
グロウは『結界』の張り巡らされた大広間の中へ、迷い無く足を踏み入れる。アヤも共に足を踏み入れた。
瞬間、自身の身体に施された『祝福』が反応し、別種の『エナジー』がアヤを苛む感覚を覚えた。間違いなく、あの小部屋で『召喚』の『キャスト』を行使しようとしていた『エナジー』と同じものだ。
「隠れていないで出てきて欲しい。余計な手間をかけたところで、援軍は来ないよ。分かってんでしょ?」
声色穏やかにグロウは無人の大広間へ声をかける。
すると、『隠匿』の『キャスト』を解除して二人の『ウィザード』が姿を現した。
一人は血塗れのローブを身に纏った男性で、おそらく指導者と呼ばれる者だろう。
もう一人は五歳ほどの幼女だ。男性の一人娘とは、この子のことだろう。
男性の目には焦燥と憎悪が滲んでおり、幼女は恐怖に震え男性の後ろに隠れていた。
「『ウォッチャー』の遣いの者だ。警告は届いていたはずだよ」
「何故だ!」
男性は叫ぶ。
怨嗟に満ちていながらも、どこか懇願するような声色であった。
「この世界は既に終わっている! 他の世界へ救いを求めて、何が悪い! この世界には、まだ大勢の人間が生きている! 彼等を救うには他の世界へ渡らねばならないと、何故わからない!」
「『マルチバース』の摂理に反する。終わり行く世界の住人が不用意に他の世界へ渡ると、崩壊が伝播してしまうんだ。貴方は自分達が助かりたいがために、他の世界を犠牲にするつもりかい?」
「そんな詭弁を聞かされ、納得しろと言うのか!? 他の世界を守るために、我々に死ねと言うのか!」
「平たく言えば、その通りだ。だから、僕が派遣されたわけだし」
指導者の男性は唖然とした。
グロウ・イェーガーは、今まさに世界に対し死刑宣告をしたのだ。
「『世界絶滅対策議会』だっけ? 既に機能を停止している。後は貴方達を処理するだけだ」
グロウは『カミラ』ハンドガンを構え、指導者を狙う。
そして何の躊躇いも無くトリガーを引いた。
放たれたマゼンタ色の『エナジー』で編まれた光弾は、無防備な男性へ真っ直ぐ飛来する。が、それは『ミズキ』の刀身で弾き落とした。
「…………それは予想していたかな」
「彼等の話し、本当なの? この世界は終わっていて、助かるには他の世界に渡るしか無いって」
「まぁ、彼等の目的はそれだね」
「話が違うじゃない、グロウ・イェーガー!」
アヤは目を丸くするグロウへ怒声を浴びせる。
「彼等は世界を崩壊させる敵だって言ってたのは、あれは嘘だったの!?」
「えっと、話し聞いてた? 確かに彼等が助かるには他の世界に渡るしかない。けど、彼等が他の世界に渡ると、その世界が崩壊しかねないんだ。それを防ぐためにもーーーー」
「彼等は生きるために必死なだけじゃない! 悪意があって世界を崩壊させているわけじゃない!」
「悪意が無くとも世界は滅ぶ。それを防ぐために、少数を犠牲にする。君が一番よく分かっているはずだよ」
アヤは言葉に詰まった。
合理的な判断だ。
自然の摂理、世界の摂理とアヤが今まで下してきた判断を、ここに来て自分が真っ向から否定していた。
「貴方は、だけど、それはーーーー」
「どうしても、彼等の肩を持つのかい?」
グロウの言葉にアヤはチラリと背後の二人を見て、決意を固めるように刀を正眼に構えた。
迷いや恐怖や怒りを断ち、正しき眼で物事を見定める時に使う構えだ。
彼はそれを知っているかのように、シールドを構えた。
「悪いけど、僕も任務なんだ」
「知ったことじゃないわ」
「まぁ、そうだろうね」
束の間の静寂。
先に動いたのはアヤだった。
『加速』の『キャスト』で一気に駆け抜け、グロウの懐に迫る。
このグロウに手加減はできない。
殺す気でかからなければ倒せないことは、近くで戦い方を見ていたアヤが一番理解していた。故に、上段から振り下ろした一撃は、シールドごと彼を斬り捨てる威力を乗せていた。
しかし、その一撃はシールドの表面でいなされ、虚しく受け流されることとなる。
「速いけど、遅いよ!」
次の一撃として逆袈裟に振り上げた刀身も簡単にかわされ、反撃とばかりに『カミラ』から『エナジー』による光弾が放たれる。
至近距離から連続して放たれる光弾だが、アヤは尽くを刀身で弾きつつ追い討ちをかける。
『キャスト』を刀身に纏い、一度、鞘へ刀を納めた。
瞬間、音が攻撃へと変化し、グロウのシールドを無視して本人を揺さぶる。
「ーーーーッ!」
麻痺したグロウへ居合の一閃を繰り出す。
本来なら完全に行動を奪っていたはずだが、何らかの対策を取られていたのか彼は一撃をシールドで上手く防いだ。が、やはり身体が言うことを聞かないためか、派手に吹き飛んで床に転がった。
「あまり私を甘くみないで。これでも戦闘経験は豊富な方よ」
「うん、それは知ってるよ」
体勢を立て直すグロウは、大したダメージを負っていないようだった。
しかし、彼の弱点は分かった。
彼自身の戦闘能力は目を見張るほどに高いが、防御のほとんどはシールド頼み。それ以外は普通の人間と同程度で、大した驚異にならない。
それにシールドは物理的な攻撃に対して有効であり、先程のような音の伝達を利用した攻撃は防ぐことが困難と証明できた。
更に言えば、この『祝福』が施された大広間では邪神カノを使うことは叶わず、彼は一人で戦わなければならない。
『エナジー障害』であることは変わらないようで、『キャスト』の使用にハンディキャップがあることも分かっている。
全てにおいて、アヤが負ける要因は無かった。
「敵になるとホントに厄介だよ、君は」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
とは言え、時間を掛ければ対策を取られる可能性が高かった。
速攻で片を付けなければ、おそらく追い詰められるのはアヤの方と第六感が囁いている。
故にアヤは『加速』の『キャスト』を再度行使し、本調子でないグロウへ最後の一撃を下すべく一気に距離を詰める。
「これで、終わりーーーー!」
先程と同じく刀身に『キャスト』を纏わせ、今度はわざとシールドを打ちすえるよう袈裟斬りを繰り出す。
シールドと打ち合った時の衝撃がグロウの腕を伝わった瞬間、それは『エナジー』の奔流と化して体内から彼を破壊することになる。
残酷な殺し方だが、手段を選んではいられなかった。
刀身が振り下ろされたその時、彼はシールドを手放して自身に衝撃が加わることを避けた。
自らの優位性を捨てることを厭わない辺り、とっさの判断としては懸命であろう。が、防御手段を無くしたことで、無防備を曝すことになる。
それは彼が一番わかっていることであるためか、『カミラ』の光弾が弾幕を張るように連続して至近距離で放たれた。
『加速』の『キャスト』の恩恵を受けているアヤは、その光弾を弾くことに苦労することは無かった。が、その光弾の光が目眩ましとなっており、後ろ手に放られたグレネードに反応することができなかった。
「ァーーーー!」
二人の間で爆発したアルミ缶のような形状のグレネードから、凄まじい『エナジー』の奔流が溢れ、身に纏っていた『キャスト』が削がれて行く感覚を覚えた。
『エナジー』を乱して『キャスト』を封じ込める非殺傷性のグレネード。
それを理解するとほぼ同時に、グロウの足払いでバランスを崩し床に倒れ、次いで刀を蹴り挙げられ手放してしまった。
無防備な状態となったアヤを、いつの間にか『カミラ』からコンバットナイフに変わっていた右手が心臓を突き刺さんと襲い掛かる。
とっさに両手でそれを受け止めるも、彼も両手でナイフを保持し、さらに体重をかけて切っ先を突き刺そうとする。
「ーーーーこの!」
床に転がるアヤと馬乗りになるグロウ。
やがて彼の左手がナイフを放れたかと思うと、頭上で拳を握り締め、柄を目掛けて振り下ろした。
拳の衝撃が加わったナイフの切っ先が、わずかにアヤの胸元に刺さる。
「フッ! ーーーーッア!」
それは連続して行われ、やがてナイフは深々とアヤの心臓を抉るのだった。
何度目ともなる死の感覚。
それを知覚する寸前、グロウの殺意に満ちた紅い瞳と脂汗を滲ませた必死の形相を目の当たりにして、何故だか悲しい感情が胸中を支配した。
見ず知らずのアヤを無意識で助け、人を殺すことを良しとしない心優しき少年の変貌が、どうしても虚しくて寂しくて、アヤは涙を一筋頬に伝わせたのだった。




