メモリー25
アヤ・ライトニングはレン・カミサキを連れたち、ドクター・ヨハンソンが構築した『転移』の『キャスト』を通じて邪神カノが暴れる現場へと急行した。
真っ昼間のオフィス街は、地獄の様相を呈していた。
幅広な車道には損傷した車や負傷した人々で溢れ返り、耐性を持たない者達は軒並み狂乱してしまっていた。
更には上半身が女性、下半身が蛇の化物達が人々を襲い、そいつらを従えているであろう全長十八メートルは超えよう半人半蛇の女性が道路の真ん中に鎮座していた。
「大変だ…………!」
阿鼻叫喚の地獄を目の当たりにしたレンは、狼狽して動けずにいる。
耐性の強い彼女でさえ、邪神カノの『精神汚染』は強力に作用していた。
「レンちゃん、負傷者の救助と避難誘導を! 必要に応じて交戦を許可するわ!」
「ッ! 了解!」
レンはヒップホルスターからハンドガンを抜き放つと、近場の負傷者に近付き『治癒』の『キャスト』を行使する。
アヤは腰の刀、『聖剣』を抜き放ち巨大な蛇女を睨み据える。こちらの存在など意に介さぬように、彼の化物は優雅に人間の悲鳴を聞き入っていた。
「一太刀で終わらせる!」
アヤは駆け出し蛇女の懐へと飛び込む。
他の小者は無視して大ボスを倒す作戦だ。
蛇女は相変わらずこちらに興味すら見せず、悠々と大通りに居座っている。アヤはその胸元を、一文字に斬り裂いた。
一撃必殺の斬撃は、しかし、傷口から黄緑色透明のゲル物を噴出させるだけであった。更にそのゲル物は、意思を持った生き物のようにアヤを捕縛しようと迫った。
既に怪物の懐深くへ入り込んでいたアヤに、それを避ける手段は無い。
「こいつーーーー!」
刀剣を振るいゲル物を斬り裂くが、単細胞生物のように分裂して個々に襲い来る。手数を増やしただけであり、逆効果だった。
やがてゲル物がアヤを呑み込もうとした瞬間、別方向から飛翔した何者かが体当たりをかけたことでゲル物から逃れる事ができた。
「迂闊が過ぎるぞ、敵をよく知らずに飛び込むなど」
道路に着地したアヤは、傍らに同じく降り立った黒い人物に目を見張った。
黒いジャケットに黒い短パン、ガスマスクを被った少女はカノの一人であるカノ・スペックに相違無かった。
「貴女、何で…………?」
「貴様とは仮だが契約したからな」
スペックはガスマスクを外し、不服そうな面持ちとピンと反らせた猫耳を見せる。
と、蛇女のカノが『エナジー』による光線を放った。とっさに回避したアヤとスペックだが、地面は溶解するように抉れてしまった。凄まじい威力だ。
「遺憾ながら『ウィザード』としての腕は、我等が主より貴様の方が上だ。殺された後、我等が主ではなく貴様の体へ戻ったのだ」
「あのカノとは完全に独立してるのね?」
「そうだ。我等は個にして群、群にして個の存在。あそこで暴れている我等が居ようと、我等が我等であることに変わりはない」
「要するに独立してるのね」
謎解きのような物言いにほんの少し苛立ちを覚えるアヤだが、スペックが味方でいてくれるのは助かる。
邪神の手を借りるなど虫酸が走るが、そうも言ってられない状況だ。
「なら、教えなさい。あれを倒す方法はあるの?」
アヤの問い掛けにスペックは露骨に嫌そうな顔を見せる。
「自らの弱点を曝せと?」
「そうよ。あれは放っておけない。ここで処理しなければーーーー」
不意に別方向から殺気を感じた。
小型の蛇女がアヤを狙い襲いかかってきたのだ。
アヤとスペックは互いに刀剣とサブマシンガンで応戦する。完全に独立しているという言葉に偽りは無さそうで、蛇女はスペックすらも攻撃対象に捉えていた。
「弱点は話せないが、協力はしてやる」
蛇女を一刀両断したところで、スペックが提案を持ち掛ける。
「我等が主があの中で微睡んでいる。もし呼び起こすことができれば、状況は変わるだろう」
スペックの指し示す方向は、巨大な蛇女の腹部であった。
「あの子、生きてるの?」
「当然だ。ーーーーあの怪物は我等が主の慟哭と憤怒から生じたもの。その化身とも言えよう。負の感情が行動力となっている」
「あの子が冷静さを取り戻せば、弱体化ないし消滅するってことね」
「賭けではあるがな。我等の主を独占しようなど、言語道断だ。故に、我等が主を助けるというなら、今一度、手を貸してやる」
選択を迫るスペック。
カノを倒すにはグロウを助けなければならない。が、グロウを助けたところでカノを殺しきれるとは限らない。
それでもこの地獄から脱却する方法が無い今、選択肢は実質一つだけであった。
「やるわ。どうすればいい?」
「簡単だ。我等が主を腹の中から引きずり出せばいい」
「素晴らしい。とっても難しいわね」
「やるしかない。貴様次第だ」
思案するアヤは、ある『キャスト』を行使する。
次の瞬間、スペックが黄緑色のゲル物へと変化しアヤへ吸収される。同時にアヤの服装が黒い忍び装束へ変じ、『聖剣』は二本に別れて白と黒の小太刀を形成した。
これが邪神カノと契約し、その力を利用したアヤの強化形態だ。
「スピード勝負で行くわよ」
「イェアリ・ク。振り落とされるなよ」
駆け出したアヤは、今までに無いスピードで邪神カノへ迫る。
それは高速など遥かに凌駕した、光速の疾走であった。
瞬きの内にカノまで迫ったアヤは、両手に備える小太刀で腹部へ斬撃を幾重にも刻む。黄緑色透明のゲル物はその連撃に付いて来れず、やがて奥深くに眠るグロウ・イェーガーの白い肌を露見させた。
「起きなさい、この寝坊助!」
アヤはグロウを引きずり出すべく手を伸ばす。が、それが届くことは無かった。
爆発的に膨れ上がったゲル物が障壁としてアヤを阻み、更には伸ばした手の先から呑み込み始めたのだ。更にゲル物には筋弛緩剤のような効果があるのか、体の力が一気に抜けて動くことができなくなった。
「クソッ、後ちょっとなんだ!」
スペックの焦燥する声が脳内に響くが、アヤにはどうすることもできない。
遂には意識まで薄れ始め、久方ぶりの死の気配を肌身で感じ取った。その時、ゲル物の一部が予想外の動きを見せ、障壁の一部を穿つように伸びてきてアヤの体に纏わり付くと、一気にグロウのもとへと手繰り寄せられた。
彼の体に激突した瞬間、アヤは長大な階段を目の当たりにした。




