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メモリー24

 アヤ・ライトニングは更衣室にて衣服を着替え終えたところで、深い溜め息を吐く。

 最悪な一日が終わったことへの安堵か、あるいは厄介な一日の始まりを憂いての溜め息かは、本人にも分からなかった。

 タッチパネル式ディスプレイの携帯端末を見ると、友人のドクター・ヨハンソンからメールが入っていた。

 グロウ・イェーガーの抹殺を阻止する内容を記した報告資料が添付されており、事が更に厄介な方向へ向かっていることを理解した。

 アヤは直ぐに親友兼最大の敵へと電話をかける。


「やぁ、やはり電話をかけてきたか」


 ドクターは相変わらず気さくな物言いで応答する。アヤの心情やこれからの発言を予想しているにも関わらず、だ。


「グロウ・イェーガーは生かしておけない」


「知ってるよ」


「邪神を宿しているのよ。取り返しが付かなくなる」


「承知の上さ」


「コントロールなんてできないわ。危険よ」


「それは彼次第だ。正確には彼の心の置き所かな」


 アヤは苛立ちに左手を握り締める。

 そこにあった『聖剣』の慣れ親しんだ感触を覚えた。


「殺しておくべきよ…………」


「そうさ。けど、君はそうはしなかった。そうしたく無かったからだ。可能性に懸けたかったのだろう。わずかだろうと、ね。安心したまえ、あの被害者である少年は私が救おう。それが君の願いであり、さらに友人を救うことになるのだからね。まぁ、彼の少年には私の手助けなど必要無いかも知れないが。ーーーーでは、良い一日を」


 そう告げられて電話は一方的に切られた。

 嫌なところを突いてくると、アヤはドクターの顔を思い浮かべて苦笑する。

 何を馬鹿げたことを言っているのか、親友がたまに分からなくなる。

 グロウ・イェーガーは処分して然るべきだ。

 それが世界のためになる。

 たった一人の少年の命で世界を救えるなら、こんなに簡単な計算は無いだろう。

 それはいつものことで、極々当たり前のことであった。


「バカらしい。あの少年は私が必ずーーーー」


 その先を口にしようとしたところで、不意に聞こえてきた慌ただしい足音に気を取られた。


「ライトさん!」


 更衣室のドアを蹴破らん勢いで駆け込んできたのは、アヤが懇意にするボーイッシュな印象を受ける少女であった。

 名前をレン・カミサキといい、名家の出であるにも関わらず最前線を希望した結果、『禁忌術式犯罪対策局』へ入局した変わり種だ。政治的な理由から生存率の高いアヤの部隊へ配属させられたが、勤勉で努力家な本人の様子を気に入っている。

 そんな彼女が血相を変えて飛び込んできたのだから、アヤは驚いていた。


「レンちゃん、どうしたの? 何か緊急?」


「『エナジー障害』の少年の情報を見ました! グロウ・イェーガーって本当ですか!?」


「本当も何も、報告資料の通りよ。簡潔だけど、人物名を間違えるような真似はしないわ」


 詰め寄るレンの様子に嫌な予感を覚えるアヤ。

 十中八九、次に彼女が口にする言葉はアヤへ衝撃を与えることは直感で分かっていた。


「グロウは、オレの同級生です…………」


 頭痛の種が増えた瞬間だった。

 可愛がっている部下の同級生が邪神に取り憑かれ、処分対象として見なければならないなんて冗談にもほどがある。それ以前に、そんな報告を上司から受けたレンの心境は計り知れないだろう。

 アヤは束の間、掛ける言葉に迷った。


「それは、残念ね…………」


 残酷な言葉しか思い当たらなかった。

 しかし、レンは動揺すら見せず、アヤの言葉を噛み締めるようにして静かに瞼を閉じた。


「彼は処分されるのですね。報告書を読みましたから、覚悟はしてます…………」


「まだ決まってはいないわ」


 うっかり口を滑らしてしまった。

 レンは希望の色に焦げ茶色の瞳を染めて、アヤのことを見詰める。

 その眼差しの眩しさに、思わず顔を背けてしまった。


「審議中よ。ドクターが利用できると上層部へ意見書を提出して、一考の価値有りと偉い人達で協議してるの。どうなるかは、その結果次第ね」


「そうですか……そっか…………」


 不意にレンの面影に年相応の少女らしいものが見えた。

 その表情を絶望で染め上げる原因となるであろう自らがこれから取る行動を、彼女に伝えることはできなかった。

 二人の間に沈黙が訪れたかと思えば、アヤの携帯端末がけたたましく鳴り響いた。


「『キティ隊』ですか?」


「えぇ、少し野暮用を任せていて」


 『キティ隊』はアヤの受け持つ部隊だ。

 少人数で構成されており、遊撃任務を主とするアヤのサポートをしてくれている。

 今回はグロウの近親者を保護するよう頼んでいた。

 『教団』の影響力は計り知れず、万が一、彼の縁者が狙われる可能性はゼロでは無かった。

 アヤは通話の表示をタップし、状況報告に耳を傾ける。

 それは決して良い報告では無かった。


「ライトさん?」


 通話を終えたアヤは、端末をポケットに入れつつ更衣室を飛び出す。

 目指すはグロウ・イェーガーが拘束される特異空間だ。


「ライトさん! どうしたんですか!?」


「グロウ・イェーガーの両親が拐われたわ。周囲には血痕、先を越された!」


「そんなーーーー!」


 レンがショックを受けている様子を感じたが、構っている隙は無かった。

 彼の両親が消えた理由は、『教団』以外に考えられない。人質として利用するか、あるいは彼の血縁者故に『生け贄』の触媒として利用するか。いずれにせよ、穏便に済むとは思えなかった。

 局内を駆け抜け地下に設置されていた牢獄を訪れたアヤは、コーヒーを片手に何やら思案するドクターと鉢合わせした。


「おや、これは予想外にお早い登場だ。レン嬢まで連れて」


「グロウは?」


「『国家安全保障局』の一行が連れていったよ。一足遅かったね」


「犬猿の仲でしょ?」


「ニコル・カミンスキーという局員が豪腕でね。書類等に偽造はないだけでなく、上層部に確認を取ったところ、きちんと筋を通していた。引き渡さざるを得なかったのさ」


 嫌な予感が脳裏を過る。

 こういう時、大抵は的中するものだ。

 そして予感は想像を遥かに超える最悪な当たり方をした。


「全局員に通達。北西五百メートルの地点に巨大な未確認生命体を確認。直ちに一般局員の避難誘導と対策本部の設置を行って下さい。繰り返しますーーーー」


 ぞわりと背筋を走る悪寒。

 この気配だけで分かる。

 邪神カノが粛清を開始したのだ。

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