メモリー23
『国家安全保障局』の局員を名乗るニコル・カミンスキーという色白の美女は、グロウ・イェーガーの身元を引き取りに現れたとドクター・ヨハンソンへ語った。
正式な証明書があるらしく、ドクターは特に抵抗すること無くすんなりと譲渡書へサインを始めた。
「意外と素直ですのね?」
「まぁ、書類が揃ってるからね。それにしても、『禁忌術式犯罪対策局』と『国家安全保障局』は互いの領域を明確にしている。謂わば不可侵の仲だ。それを意図も容易く身柄を奪っていくなんて、外堀を上手く埋めたじゃないか」
「お褒めに預かり光栄ですわ。思いの外、手こずりましたけど」
サインをし終えたドクターは、グロウへ向き直る。
「楽しかったよ、グロウ。非常に有意義だった。短い時間だったが、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そしてグロウの両手に手錠をかける。
行為自体は残酷なものだが、どこか信頼を感じていた。
やがてカミンスキーがグロウを連れて、牢獄からの移動が始まった。
「あぁ、盾の件は任せたまえ。君にピッタリな物を造っておくよ」
鉄扉が閉まる直前、ドクターが楽しげに語った。
もう二度と出会うことが無いはずだが、最後まで掴み所の無い女性だとグロウは苦笑した。
その後、グロウはカミンスキー一行に連れられてオフィスビルの外まで連れていかれた。街頭には厳つい四輪駆動車が三台停められており、その内の一台に乗せられた。
「では、出して下さいませ」
カミンスキーの号令で三台グロウの乗る車両を前後で挟むように、国道を走り出した。
ふと、アヤ・ライトニングの姿が無いことに気が付いた。
グロウを殺したがっていた彼女のことだ。連れ去られたと知らされたら、飛んで来そうなものだが影も見せない。
「ライトニングさんをお捜しなら、無駄なことですわよ」
車窓越しに外の様子を伺うグロウへカミンスキーが嘲笑う。
随分な態度に思わず視線を険しくした。
「よく分かりましたね? 読心術か何か?」
「観察力にございます。何にせよ、彼女はここまで辿り着くのにしばらくかかります」
「君の部下が足止めしてるんですか?」
「まぁ、そんなところです。厳密には私の部下ではありませんが」
そう言ってカミンスキーは運転席と助手席に座る男性二人へ声をかける。
「ウヤ・ウィール」
独特な発音の詠唱。
グロウはゾッと背筋に寒気が走るのを感じた。
「ウヤ・ウィール」
「ウヤ・ウィール」
前方の二人も同様の詠唱で応えた。
そしてグロウは自らの置かれている状況を理解する。ベタすぎて信じがたいが、カミンスキーを含む車両の全員が『教団』に所属する信者なのだ。
「マジかよ…………」
「お察しいただけましたか?」
「あんた、『国家安全保障局』のエージェントなんでしょ? 何でこんな狂った宗教に?」
「何のことはございません。ただ利害が一致したに過ぎません故に、深い理由など特には」
カミンスキーは淡々と語る。
その目は正常そのもので、悪逆に染まった者とは思えなかった。
「では、僭越ながら『教団』からのメッセージをお伝えいたします」
そう告げてグロウの前に端末のディスプレイを見せる。
そこには二つの変死体が映し出されていた。
頭には袋が被されていて個人の判別はできないが、胸元に突き立てられた短刀と赤黒く濡れたシャツから死んでいることは分かった。
「何ですか、これ?」
「おや? 死体を見ても流石に驚きませんか。面白くありませんね」
カミンスキーは本当に残念そうに告げる。
しかし、グロウはその言葉を聞いてはいなかった。血に染まったシャツに見覚えがあったからだ。
市販の汎用的なシャツであるため、同じ様な服装をした者は何百人いるか分からない。この二つの死体が、グロウの予想する人物に当てはまる可能性など、ほとんど無いと思いたい。
けれども、あらゆる事象が予想を正解へと導いているようであった。
だからこそ、平常心を装うことに必死になっていた。
「では、こちらをご覧になられて下さいませ。さぞかし驚くことでしょう」
カミンスキーの合図で死体に被せられていた袋が外された。
その面相を目の当たりにしたグロウは、心底狼狽した。それはそれはみっともなく取り乱し、何かわけの分からないことを叫んだに違いなかった。
けれど、グロウが記憶していることはそこまでであり、次に気付いた時には、巨大な化物の中にいた。




