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メモリー22

 アサルトライフルへ変異させた『カミラ』を用い、デコイを撃破したグロウ・イェーガーは、ドクター・ヨハンソンへ視線を向ける。

 知的で美麗なドクターは、微笑を消して真剣な面持ちでグロウを観察していた。


「なるほど、ライトの報告は正確だったようだ」


「何か問題が?」


「いいや、問題は無いさ」


 ドクターはグロウに近付くと、胸元に右手をかざす。

 『魔法陣』が胸部に描かれ、『エナジー』が体に流れ込んでくる感覚を覚える。


「それにしても、カノはあらゆる存在が混ぜ込まれた異質な存在だ。個にして群、群にして個という特異なモノだ。その中から正確に一個を喚び出し使役するとは、『エナジー障害』で『キャスト』を使用できない障害者とは思えない芸当だよ」


「勉強はしてますから」


「それに精神汚染の気配が一切無い。君は人智を超越する混沌へ直接呼び掛けているのだよ? 普通の人間なら、とっくに発狂して病院送りか死んでるところだ」


「それは……よく分かりません」


 身体を調査する類いの『キャスト』でグロウを検査したドクターは、得心したように頷くと踵を返した。


「ふむ、これならもっとやれることがありそうだ。ーーーーさて、君は今、カノの個体を一つ使っている。それで間違いはないかい?」


「はい、そうです」


「その個体の他に、君と関係を持った個体はいるかい?」


「四体ほど、だと思います」


 『カミラ』をアップグレードするために使役しているカノの個体、カノ・ラピスの他にグロウと対話した個体は四つ。

 カノ・スペック、カノ・ルージュ、カノ・リッパー、そしてカノ・セイフだ。


「その中の一個を意識してみたまえ」


「はぁ、了解」 


 理解はしていないが、取り敢えず言われた通りにやってみる。

 グロウは自らの『エナジー』に意識を向け、身体に宿るカノの一人を呼び起こす。カノ・ルージュの親しみやすい笑みが浮かんだ気がしたかと思うと、身体に黄緑透明のゲルが走りそれは『キャスト』を発動する『魔法陣』を形成する。


「ーーーーお? 何だ?」


 次の瞬間、グロウの周囲の時間が鈍化した。

 一秒が十秒にまで引き延ばされ、感覚が研ぎ澄まされていく。

 自らの異変に戸惑うもそれは十秒ほどのことで、直ぐに通常通りの感覚に戻った。同時に身体が鉛に漬け込まれたかのような重たい倦怠感に襲われ、立ってられずにその場に膝を着いた。


「おっと、大丈夫かい?」


「えぇ……何とか…………」


 そのまま俯せに倒れかけたところを、ドクターに抱き止められた。

 ふわりとアヤ・ライトニングに感じた時とは別の柔らかい感覚と鼻腔をくすぐる甘い香りに、束の間、疲労など忘れてしまった。

 彼女はグロウを支えながら、先程のテーブルへ歩いていき椅子へ座らせた。


「何が起こったか説明できるかい?」


「感覚が研ぎ澄まされて、時間が長くなった感じがしました。まるで『加速』の『キャスト』を使ったみたいに」


 『エナジー障害』であるグロウは『キャスト』を使えないため、想像でしか話はできない。

 しかし、さっきの感覚はそれ以上に適切な表現ができなかった。


「ふむ、ならば君は『キャスト』を使ったのだろう?」


「あの、僕は『エナジー障害』ですけど…………?」


「カノの個体を媒体に、『キャスト』を使ったと言うことだ。外付けのデバイスのようなものだと思ったらいい」


 そう告げられてグロウは自らの身体を見る。

 カノ・ラピスは装備の作製や強化をしてくれて、カノ・ルージュはグロウに『キャスト』を使う手段くれた。

 本来なら恐れるべき邪神に対して、グロウは感謝の念を抱いていた。


「おめでとう、君はさらに強くなった。このまま続けるとしよう」


 ドクターの教育の下、カノ・ルージュを扱った『キャスト』の使い方を学ぶこととなった。

 『エナジー障害』のグロウは生まれてから『キャスト』に触れることは少なく、行使するに感覚が圧倒的に劣っていたからだ。

 しかし、それは決して座学などではなく、実戦形式の肉体言語による講座であった。


「ほらほら! 違う『キャスト』を使わないと死んでしまうよ!」


「ーーーーッ! むちゃくちゃだ!」


 グロウは『加速』の『キャスト』をルージュを通して使っていたが、相手は同じく『加速』を行使する影法師。

 それも三体も『召喚』されていた。

 武器は刀剣の類いで飛び道具を警戒する必要は無かったため、牽制射撃で対応できた。

 しかし、一対一なら勝ち目はあるだろうが、三体同時となると一体を対処しているうちにもう二体が死角から攻撃を仕掛けてくる。

 防戦一方と言えば聞こえはいいが、追い詰められていることは理解していた。


「戦い方を変えないとーーーー」


 影法師の攻撃を防ぎつつ、この局面を打破する方法に思考を巡らせる。

 恐らくルージュはグロウの指示をもとに『キャスト』を行使してくれるであろうから、グロウが最適解を見付けなければならない。


「速い上に手数が多いならーーーー!」


 グロウはルージュへ呼び掛け、別の『キャスト』を行使する。

 すると、感覚が『加速』を使用していた時よりも研ぎ澄まされ、三体の影法師がスローモーションになったかのように動作がゆっくりとなった。次いで各関節にフォーカスが施され、それぞれの命中率とダメージ率が算出される。

 まるでゲームのように、影法師への有効打が視界に投影された。

 そしてグロウは瞬時に『カミラ』を変化させ、バトルライフルを形成する。


「…………そこっ!」


 トリガーを引き、『エナジー』で形成したライフル弾を打ち放つ。

 撃ち放った弾丸は影法師の頭部を正確に撃ち貫き、二発、三発と撃ち放たれた弾丸も同じく影法師を撃ち抜く。

 実体を維持できなくなった影法師は、黒いモヤとなって霧散し消えていった。

 敵の気配が無くなったことを確認したグロウは、やはり極度の疲労感に襲われて息を吐いて銃口を下ろす。


「素晴らしい。『感覚強化』と『情報処理』の『キャスト』で急所を割り出し狙撃するとは、見事なものだ」


「まぁ、たまたまですけど……」


 賭けではあったが、影法師の行動パターンは単調で狙撃するには容易であった。

 当然、こんな一か八かの賭けは常に通じるはずがない。課題として挙げられるのは、外した時のリカバリー方法だ。


「防御が必要です。何か鎧か、せめて盾でもあれば……」


「なるほど、そこは私で対応しよう」


 ドクターは思案するように瞼を閉じ合わせるのも束の間、気を取り直して『召喚』の『キャスト』を行使する。


「では、次のエネミーを用意しよう」


「まだやるんですか!?」


「当然だ。君には早急に成長してもらわなければならない」


 そう告げるドクターの様子は穏やかだが、どこか焦っているようにも感じた。

 何をそんなに急いでいるのか分からないが、グロウからしてみれば休憩もなしに連戦とは堪ったものではない。


「準備はいいかい? では、再開とーーーー」


「いいえ、中止していただきましょう」


 不意にドクターを邪魔立てする声が部屋に走った。

 堅牢で分厚い鉄扉が開かれ、一人の女性とボディーガードらしい三人の男性が現れた。


「おや、どちら様かな?」


「『国家安全保障局』のニコル・カミンスキーと申します。お見知り置きを」


 ブロンドの長髪に陶磁器を思わせる色白の肌をしたグラマラスな女性、ニコル・カミンスキーは、真っ白なビジネススーツの胸ポケットから小型の端末を取り出してドクターへ差し出す。


「ふむ、これはこれはーーーー」


「ここにありますように、グロウ・イェーガーの身柄を引き取りに参りました。ささ、サインのほどを頂戴いたします」


 カミンスキーは柔らかな口調に人の好い笑みを浮かべる。

 それはゾッとするほど冷淡な、ビジネススマイルであった。

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