メモリー21
グロウ・イェーガーは目覚めると共に飛び起き、周囲を見渡した。
窓の無い鋼鉄に囲まれた窮屈な部屋、最早、牢獄と言った方がいい部屋の中に、黒髪を腰まで伸ばしたパンツスーツ姿の女性が一人佇んでいた。
「おや、活きのいいことだ。結構結構」
女性は感心したように声を漏らす。
最初はカノの一人かと思ったが、直感的に別人だと直ぐに思い直した。アヤ・ライトニングの仲間と見た方が得心できる。
「誰?」
「ドクター・ヨハンソン。『禁忌術式犯罪対策局』の技術者さ。ドクターと呼んでくれたまえ」
ドクター・ヨハンソンと名乗る女性は、その朗らかにして美麗な面持ちに微笑を刻む。
敵意は感じないが、どこか掴み所が分からない不思議な感覚にグロウは戸惑った。
「禁忌……なに?」
「『禁忌術式犯罪対策局』、つまるところ邪神信仰やら黒魔術やらと言った 禁忌を犯した『ウィザード』を取り締まるお役所さ。アヤ・ライトニングは実働部隊、私は後方支援ってね」
「あの人の仲間?」
「唯一にして無二の友人さ。ーーーー掛けたまえ、立ち話なんて疲れるだけだろう」
ドクターは壁際まで歩いていくと、『キャスト』を行使し机と椅子を用意した。ご丁寧にコーヒーメーカーとカップを二つ分置かれている。
「僕は貴女達の敵のはずでは?」
「あぁ、ライトの基準ではそうなのだろう。けど、私はそうは思わない。君はどちらかと言えば被害者側の人間だ。本来なら保護されて然るべき、ただの子供だよ」
ドクターはコーヒーを二つのカップへ注ぐ。
芳ばしい香りが無機質な牢獄に充満し、息苦しさを緩めた気がした。
「けど、僕の中にはーーーー」
「あぁ、邪神カノなら心配しなくていい。この部屋では、彼女達は無力だ。『星神の印』と、この部屋に満ちる『星辰のエナジー』が彼女達を弱体化させている」
そう言って壁の一部分を指差すドクター。
何か『キャスト』を行使したのか、壁に五芒星の中に目玉のようなものが描かれた模様が浮かび上がる。そして目には見えないが、この窮屈な感覚は特殊な『エナジー』に寄るものだと理解した。
邪神を弱体化させる品々は、繋がりを持つグロウにも多少なりとも作用していたようだ。
「不定形の邪神、複合魔神、暴食の魔女、その名をカノ。君の何を彼女達が気に入ったのか想像する他に無いが、哀れな存在だよ。同情はできないがね」
「カノについて、詳しいんですね?」
「私に分からないことはないのさ。と、格好つけたいところだけど、予習してきただけで付け焼き刃の知識もいいとこさ。あまり期待しないでくれたまえ」
「僕はどうなるんですか?」
「それはまだ分からない。ライトは君を殺したがってるが、上層部の意見が違ってね。君には利用価値があるって主張する奇特な人物のプレゼンのおかげで、最終的な判断を決めあぐねている状態さ」
「その奇特な人物って、貴女のことじゃないですよね?」
「ご明察、よく分かっているじゃないか。つまり、君は私に大いに感謝する必要があるということさーーーーところで、座らないのかい?」
ドクターと話をしているうちに警戒心を解されたグロウは、大人しく彼女の対面に腰掛けた。
彼女は嬉しそうに笑むと、コーヒーをグロウの前に置く。束の間、その黒く深い液体を眺めた後、おもむろに口を開いた。
「何故、僕の味方をするんですか? 利用価値があるから?」
「言ったろ? 君はただの被害者だ。望まずして『教団』の生け贄に捧げられ、望まずしてその身に邪神を授かった。そんな子供を処刑しようとするなんて、いやはやライトも人間味が薄れてきたものだ」
「それだけですか?」
「人が人を助けるには十分な理由だと思うよ」
今一つグロウは納得できなかった。
アヤと同じ『禁忌魔術犯罪対策局』に所属するなら、少なからずドクターも邪神を殲滅する側の人間のはずだ。それをただの事故とは言え、邪神を体に憑依させた見ず知らずの少年を助けるなんて、何か裏があるとしか思えない。
何より、大きな疑問が一つ残る。
「アヤ・ライトニングと貴女は友人と言ってました。裏切っていいんですか?」
「友達だって喧嘩する時はあるさ。特に私達は、いつも仲良しってわけじゃ無かったし。まぁ、この程度で亀裂の入るような薄っぺらい仲じゃ無い。何せ、四十年の付き合いだからね」
「はぁ…………え? 四十年?」
「そうとも。私とライトは、こう見えて五十路を越えているのだよ」
「五十路!?」
驚愕の発言だった。
掴み所が無いため真偽のほどは想像する他に無いが、アヤの不死性を考えれば不老であることも不自然ではない。それに見た目を若く見せる『キャスト』には、幾つか心当たりがあった。
「さて、質疑応答の時間はここまでにして」
不意にドクターはコーヒーを置いて、代わりに『エナジー式ハンドガン“カミラ”』を取り出して見せた。
「見栄を張った手前、君を早急に使い物にしなければならない。協力してもらうよ」
「えっと…………?」
「アヤから報告は聞いているが、先ずは君と君の邪神の戦いを見せてもらおうか」
そう告げてドクターは『カミラ』を投げて寄越すと、『キャスト』を行使した。
中空に描かれた『魔法陣』から、魔物が出現する。人型をした異形は、しかし中身の伴わないただの木偶人形であることが直ぐにわかった。
「では、OJT形式の方が即効性が高い。特に君のような体で覚えてから頭で理解するタイプにはね」
「貴女に協力すると見せ掛けて、奇襲をかけるかもしれませんよ?」
「構わないとも。君を推薦はしているが、君を殺したところで私の立場が悪くなることはない」
「返り討ちにできるって言ってます?」
「容易に、ね。私は君より、いや、君の邪神より強い。証明しても構わないが、今は君を使い物にする方が先決だ。さぁ、分かったらカノを使って、あのデコイを倒したまえ」
事も無げに語るドクターの言葉は、ハッタリで無いことがわかる。
事実、グロウの中に潜むカノは、ずっと動くことができずにいた。しかし、ドクターが何か『キャスト』を行使した瞬間、カノが蠢動する気配を明白に感じることができた。
ここは大人しく従っていた方が賢明と、グロウは『カミラ』のセーフティを外し、体の奥底に潜むカノからカノ・ラピスへ呼び掛け、ハンドガンを変異させていった。




