メモリー20
グロウ・イェーガーは四輪駆動のオフロードカーに揺られながら、霧の下りた『シープヒル』の町並みを眺めていた。
不気味な光景だ。
既に朝も通勤時間となっているはずが、誰一人として外出している者が見当たらない。まるで町から人が消えてゴーストタウンとなってしまったかのように、霧に包まれた土地からは人の気配というものを感じなかった。
やがて濃霧が晴れてくる頃には、『シープヒル』の町を外れ山間部に敷かれる寂れた道路を通り抜けていた。
グロウ達は忌まわしき邪神を崇拝する『教団』が支配する『シープヒル』を脱したのだ。
それで安心してしまったためか、あるいは連戦と邪な存在との戦闘で疲弊していたためか、グロウは車内で眠りこけてしまっていた。
次に目が覚めた時には、『ミドシティ』という巨大都市に到着しており、車は高層ビルの立ち並ぶ整備された国道を走っていた。
「おはよ、随分と眠ってたわね?」
運転席からアヤ・ライトニングが声をかける。
助手席にはカノ・スペックが『ミドシティ』の街並みを見物している。カノ・セイフはいつの間にかグロウの膝の上に腰かけていた。
「寝てる間に景色が一変だ…………」
「『ミドシティ』に来たことは?」
「産まれも育ちも『ミドシティ』だよ」
「意外と都会育ちなのね?」
「まぁね。ーーーーこのまま僕の家まで送ってくれるとありがたいんだけど?」
「その前に職場に寄るわよ。報告事項が山程あるし、部下を即刻『シープヒル』へ向かわせて『教団』に対処しないと」
アヤはそう言って車を走らせ続け、『ミドシティ』の中心部に聳え立つオフィスビルの地下駐車場へ入った。
都会育ちのグロウだが、オフィスビルに入るのはほとんど始めてだったので何となく緊張してしまった。
車は駐車場入り口の警備員に一度止められたが、アヤは顔と身分証を提示してあっさりと通り抜けた。そして入り口の前で走ると脇へ寄せられ、エンジンが止まった。
「引き継ぎしてくるから、ちょっと待ってて」
そう告げてアヤが車から降りた瞬間、開かれたドアの隙間から缶ジュースのアルミ缶のような物が車内に放り込まれた。
何の気なしにその缶を見詰めていたグロウは、突如として車内を満たした閃光と破裂音に視力と聴力を潰され三半規管を揺さぶられた。
「何だよ、クソッ!」
そう告げたのは自分自信だったのか。
とにかく一瞬にしてパニックへ陥ったグロウは、必死に外へ出ようとドアノブを掴もうと手を伸ばす。が、その手は誰かに掴まれ、力任せに車外へ引きずり出された。
硬質にして冷たいコンクリートの地面に叩き付けられたグロウは、思いの外、早く回復した視力が捉えた光景に思わず息を呑んだ。
複数の完全武装した兵士が、カノを銃撃して蜂の巣にしていたのだ。
猫耳少女のカノは助手席で、幼女のカノはグロウの傍らで兵士達に蹂躙されていた。
やがてカノは黄緑色透明のゲル物へ変化し、霧散するように消えていった。
「カノ!? やめろ、バカやろうども!」
「大人しくなさい、グロウ・イェーガー」
グロウは頭上からかけられるアヤの声に驚いた。
車から引きずり出して地面に押し倒していたのは、彼女であったのだ。
「アンタ、裏切るのかよ!」
「心外ね、味方になった覚えは無いわよ。ただあの状況を脱するための、一時的な協力関係だったというだけ」
それはその通りだった。
何故かすっかり味方のつもりでいたが、アヤは邪神を討伐するために『教団』へ潜入していたのだ。グロウを味方のように扱うわけがなく、不意打ちを喰らわされても文句は言えなかった。
それでも納得できるわけがなく、思わず感情のまま叫んでいた。
「この人でなしが! 信じたのに、信じてたのに…………!」
「長旅で疲れてるでしょう? さぁ、しばらく休んでなさい」
そして『催眠』の『キャスト』が行使され、グロウは深い眠りへと誘われた。
ふと、ブラックアウトしていく視界の中に、どこかへと続く長い長い階段を目の当たりにしたような気がした。




