メモリー2
眼前で女性信者が水属性の『キャスト』で胸を貫かれ、殺害された。
その光景を目の当たりにしたグロウは、腰を抜かしてその場に尻餅を着いた。周囲を囲んでいた信者は、仲間が殺されたというのに同様一つ見せていない。
「さぁ、諸君。侵入者は排除された。儀式を続けよう」
教祖は声高に語る。
侵入者と語られる女性は、胸元に空いた刺し跡から赤黒い血を溢れさせ地面を濡らしていく。グロウはその様子を眺めていた。
そんなグロウを教祖は慈愛に満ちた表情を浮かべて見下ろす。
「グロウ・イェーガー。君は選ばれた」
「く、来るな……」
ゆっくりと歩みを寄せる教祖。
グロウは尻餅を着いた姿勢のまま、後退りする。喉は異様に渇いており、声を発するのもやっとであった。
「怖がる必要はない。私と共に『楽園』へ至り、永遠を手に入れよう」
やがて教祖がグロウの眼前まで迫ったその時、一発の銃声が鳴り響いた。
弾丸は教祖目掛け放たれたようだったが、自動で発動した防御用『キャスト』が水の盾を作り防いでいた。
「おや?」
振り返る教祖の先には、白装束を赤黒く染め上げた女性信者が倒れたままサブマシンガンを手にしていた。
不意打ちを防がれたことに歯噛みする気配を感じたかと思うと、怒涛の如く銃声が轟き、教祖へ弾丸の嵐が襲い掛かる。しかし、ことごとくが水の盾に防がれ、傷一つ付けることができない。
女性信者は片手で暴れるサブマシンガンを操りながら、バネ人形のように飛び起き、目にも止まらぬ速さで教祖の懐に潜り込んだ。高速移動の『キャスト』だとグロウが理解するより早く、いつの間にか備えていた刀が抜き放たれ、そのまま教祖の体を横一文字に斬り裂いた。
鮮血が舞い、信者の間に動揺が走った。
「なるほど、その刀。『聖剣』の加護で不死と化したか」
気付けば斬り倒された教祖は水へと変貌し、本物の教祖は信者の眼前へと移動していた。
「ならば、捉えてその加護をじっくりと壊してあげよう。ーーーーお出でなさい、我が眷属たち」
教祖が右手を上げると、彼の足下が水面のように揺れ始めた。そしてそこから異形の化物が這い出てきた。
身体の至るところに突起物のある半魚人。
緑色の肌をした怪人は、不気味な呻き声を上げている。
「そんなモノを喚び出していたのね……」
「行きなさいーーーー!」
教祖の号令で半魚人が一斉に女性めがけ駆け出した。
両手の爪を鋭利に伸ばし、女性を八つ裂きにせんと迫る。が、その数倍の挙動で動いた女性が、半魚人を一刀両断に伏した。それも一体ではなく、五体もの半魚人を斬り倒したのだ。それに止まらず、再度振られた刀で召喚された半魚人の全てを葬った。
思わず恐怖を忘れて感心するグロウをよそに、教祖は更に多くの半魚人を召喚する。中には巨体をした半魚人もいた。
「急げ! 教祖様を守れ!」
ふと信者たちが壁際から何かを取り出す様子が見て取れた。
アサルトライフルやハンドガンといった銃器だ。
「撃てッ! 撃てーーーーッ!」
半魚人を斬り伏せつつ教祖へ迫る女性へ、信者の集中放火が襲い掛かる。
女性は殺到する弾丸を避けることができず、半魚人の群れの中で無惨にも撃たれ悲鳴も上げずに倒れた。
「不味い……」
追い討ちを掛けるように大柄な半魚人が撃たれた女性の足を掴み、力任せに振り回して地面に叩き付ける。
不気味な音が鳴り響き、手にしていた刀が放り出された。
「不味い、不味い……!」
他の半魚人が虫の息と化した女性に近付き、鋭利な爪で何度も引き裂く。
怪人の間から見える女性の体が、痙攣したように跳ねているのがわかる。先ほどの不死性を見るに殺されても死ぬことは無いかもしれないが、痛め付け苦しめられては精神が持たない。
「くそっ!」
グロウは勇気を振り絞って駆け出した。
半魚人の群れ、とは別の方向。
信者が武器を取り出した壁の方向だ。
幸い、信者はグロウが恐怖で逃げ出したと思ったらしく、気にも止めなかった。教祖は女性に注視していたようだったが、グロウを見て唇の端を上げたように感じた。
いずれにせよ、特に妨害を受けること無く壁際まで辿り着いたグロウは、残っていたオートマチック式のハンドガンと予備のマガジンを手に取った。
瞬間、自分の意思と関係無く言葉が口を付いて出た。
「九ミリ口径、総弾数十二発、整備が甘く、照準が二ミリほどズレてる。ーーーー何でそんなことわかる?」
動揺するも束の間、次の行動に思考がシフトする。
ハンドガンのセーフティを外しつつ駆け出したグロウは、装飾品の小盾を掴み左手に備えた。そして信者の一団を迂回し、駆けながらハンドガンを構えて発砲する。
火薬の爆ぜる音と共に放たれた弾丸は、女性に群がる半魚人の一体を撃ち抜いた。更に数発、発砲しながら女性へ向かい駆ける。
「何だ!」
「奴だ、撃て!」
グロウの存在に気付いた信者は、振り向くと共に集中放火を始める。
すかさず盾を構え弾丸を防ぐグロウ。ライフルの弾丸が盾を叩くが、思いの外、衝撃は少なかったため、走る速度を緩める必要はなかった。
「止めなさい! 彼は殺すな!」
教祖が焦った様子に声を張り上げる。
「殺さず無力化なさい!」
思ったとおり教祖はグロウを殺すことに躊躇いがあった。故に信者はグロウを殺すことができず、行動を制限される。
その隙を突けば、状況を打開できる。
駆け抜けるグロウは、放られた刀を拾い上げ逆手に持って振りかぶる。そして槍投げの要領で、力の限り放り投げた。
刀は大柄な半魚人の胸に突き刺さった。
「大当たり!」
瞬間、無抵抗に痛め付けられる一方であった女性の腕が動き、刀の柄を握ると目にも止まらぬ速さで周囲の半魚人を斬り倒した。
化物の死体を足下に積み上げた女性は、破れた白装束を殴り捨てる。
濃緑色の長髪をポニーテールにし、サファイアブルーの瞳に優しげな面持ちをした女性の素顔が晒される。
彼女は大人の女性と言うには幼く、グロウと年齢は大差無く見えた。
「美人だ……」
しかし、グロウの口から付いて出た言葉は、そんな感想であった。
・シープヒルのモデル
ゲーム『サイレントヒル』の町
→片田舎の方がイメージしやすかったのでモデルにしました
→登場するクリーチャーも同ゲームよりイメージしてます