メモリー12
規制エリアの休憩室で休息を取ったグロウ・イェーガーと三人のカノは、再び地下施設に住まう邪神を倒すべく行動を開始した。
と言っても、グロウはカノの案内に着いていくだけで、どこへ向かっているのか皆目検討も付いていない。カノは重要な部分を秘匿し楽しむ癖があるらしく、問いを投げ掛けても答えてはくれなかった。
一行は暗くて広い通路を、カノ・ラピスが灯す『キャスト』による光源を頼りに歩みを進めていく。
「これ、『カミラ』って銘打ってあるね。『カミラ』って何か分かる?」
手持ち無沙汰なグロウは、『エナジー式ハンドガン』の動作確認を行っていたところ、内蔵式の貯蔵タンクが収められているバレル中腹の四角く平べったくなっている箇所に、刻印が彫られていることに気付いた。
『カミラ』と読めるそれは、グロウの知らない単語であった。
「異世界の婦人の名前です。ある貴族の女性は、美しい容姿と気品ある振る舞いでとても魅力的だったそうです」
答えたのはラピスだった。
彼女は先頭から下がるとグロウに密着するように身を寄せ、『エナジー式ハンドガン』を眺めながら説明する。
そのおぞましい内容も、体に当たる柔らかい感覚と鼻腔をくすぐる甘い香りに打ち消され、理解するのに少し時間を要した。
「美女の名前を銃に付けるなんて、ロマンチックだね」
「そうでもありませんよ。その女性は実は吸血鬼で、何世紀にも渡って吸血し殺していたといいます。最期は正体を暴かれ、心臓に杭を打たれ首を切り落とされ、死体は灰となるまで焼かれて灰は川へ流されたとか」
「吸血鬼とは何とも。それにしても貴族の最期が怪物として殺されるなんて。神様も残酷だね」
「あら、マスターは神様を信じるのかしら?」
「まぁ、目の当たりにしてるからね」
傍らで手を繋いで歩いているカノ・セイフを見る。
自らを『邪神』と名乗る女性達。
個にして群、群にして個という特異な性質を持つ怪物。
カノという圧倒的であり人智を超越した存在を目の当たりにしては、無神論者も神様を信じざるを得ないだろう。
「フフッ、けれども『カミラ』は創造上の女性です。ーーーーこのハンドガンの『カミラ』が私共の知る『カミラ』を指しているかは、開発者が死した今は知る由などありませんが、『エナジー式ハンドガン』の性質を考えれば、吸血鬼とは言い得て妙と思われませんか?」
ラピスの言葉にグロウは得心する。
グロウの持つ特殊なハンドガンの特性と吸血という行為の間には、相似点が確かにある。
「ラピス、そろそろだよ」
後方を歩くカノ・ルージュが声を険しくする。
それに答えるようにして、ラピスもセイフも雰囲気を堅くした。
グロウ達は通路の突き当たりにある壊れたガラス戸の前に辿り着いた。ドアの上には“食堂”の文字が辛うじて読み取れ、本来ならこの施設の職員達が休憩する場所だったのだろう。が、ガラス戸の向こうは休憩するには向かないおぞましい空間が広がっていた。
「おっと。旦那、悪いけど悲鳴は勘弁な」
思わず叫びそうになったグロウを、ルージュが後ろから抱き締め口許を手で塞いだ。
背中に押し当てられる感触や特有の甘い香りに普段ならどぎまぎしているところだが、今はそれどころではなかった。
グロウの視界には、蛇人間と地上の病院内で遭遇した番犬が複数入り乱れるように食堂で争っていた。ラミアと番犬の種族間抗争のようなものではなく、同族であろうと目についた存在を強襲し肉を引き裂いては貪り食らっている。
まるで理性など無く、ただただ食欲と闘争心を満たすだけの暴力行為を繰り広げていた。
「これは、何だ……?」
「食事よ。お腹が空いたからご飯を食べてるのよ。食堂ってそういう場所でしょ?」
セイフが淡々と答える。
確かに食堂で食欲を満たしているという面だけを見れば、何も可笑しなところなど無い。
「皮肉が過ぎるよ、セイフ」
「あら、場を和ませようとしたのだけど」
「ったく、その個体は冗談がブラックなんだよ」
セイフとルージュのそんな会話を聞きつつ、グロウは食堂の奥の異様に暗い場所に気が付き、目を凝らして観察する。
すると、その暗がりに潜む何かと視線が交わる感覚を覚えた。
瞬間、全身から血の気が引いていき、急激な体温の低下と呼吸困難に襲われた。
「おっと旦那、あんまし見るな。旦那は耐性があるみたいだけど、直で見たら流石に精神が汚されちまうよ」
ルージュはそう告げると、硬直して動けないグロウの頬に手を当てて無理やり顔を逸らせる。その先には彼女のそばかすが似合う端正な面持ちがあり、グロウはその赤い瞳に吸い込まれるように見入った。
「イェアリ・ク。それでいい、アタシらのことだけに集中しな」
甘く囁かれる言葉は、まるで砂糖が溶けるようにグロウの思考の深いところへ染み込んでいく。
何かの『キャスト』が働いていると理性が告げているが、逆らうことができない。逆らう必要が無いのだから、受け入れても仕方ないとも言えた。
やがて吸い寄せられるように、視線がその艶やかな赤い唇へ移る。
瞬間、どうしようもないほどの情欲に駆られたグロウは、場所も弁えずルージュへ唇を重ねようとした。
「ルージュ、マスターの精神は既に回復しています。『魅了』はそこまでにして、迎撃の準備を」
「ったく、良いところで邪魔しやがって。ーーーーほら、旦那、悪いけどお楽しみはお預けだ」
「あいたッ」
ルージュは呆けたグロウを呼び覚ますように額を指で弾く。瞬間、蕩けていた思考が冷水を浴びせかけられたかのように急速に冷えていった。
「あれ? 僕はーーーー?」
「イェアリ・ク。マスター、申し訳ございませんがこれより戦闘に入ります」
ラピスの言葉にグロウは食堂へ目を戻す。
食堂では先ほどまで繰り広げられていた狂気の暴力は嘘のように収まっており、そこに存在する魔物の全てが入り口へと視線を向けて佇んでいた。
そして暗がりに潜んでいる何か凶悪な存在も同様に、こちらを凝視していることがわかった。
「完全に旦那を狙ってる」
「マジかよ……」
不気味な静寂が周囲を包み込む。
魔物達は何事も発すること無くグロウを睨み付け、グロウは迂闊に動くことができずにいた。
「私達のマスターを汚らわしい目で見詰めるなんて、気に入らないわね」
静寂を破ったのはセイフだった。
瞬間、ラピスの手元で『キャスト』が行使され、食堂を満たすほどの炎が迸った。
炎に呑まれた魔物達は為す統べなく燃え尽き、やがて炎の勢いが収まったころには無惨にも灰塵に帰して姿を消していた。
圧倒的な火力に一瞬で蹴りがついたと思ったグロウだが、先ほどの暗がりは相変わらず食堂の奥に存在し、獲物を狙う視線は変わらずグロウに向けられたままだった。
「イェアリ・ク。燃やし損ねました」
「あの火力でも堪えるのか……?」
「堪えるどころか無傷だよ。こいつはアタシらだけじゃキツいかも」
ルージュの言葉にグロウは暗がりを凝視する。
暗くて姿は見えないが、ナパーム弾もかくやと言うほどの火力で魔物達を駆逐した『キャスト』を用いても、邪神と呼ばれるそれは無傷だという。
驚愕するグロウをよそに、暗がり揺れて何かが出てくる様子が見て取れた。
「来ます」
「真打ち登場ってね」
それは巨大な女性の形をした怪物だった。
蛇のような目と舌を持つ半分人間で半分蛇の化物。ラミアを巨大化したような見た目だが、髪の一本一本が蛇になっていたり、身に纏う『エナジー』の質からして全く異次元にして高次元の存在だとわかる。
ともすれば、存在だけで人の精神を狂わせてしまうだろう。
「あれがここを支配する邪神、ゴルゴーンよ」
ゴルゴーン。
彼の邪神は自らの名を呼ばれたことに反応したのか、鼓膜が引き裂かれんばかりの方向を上げ、グロウ達を威嚇した。
●カノのモデル
クトゥルフ神話よりショゴスをモデルにしてます
→邪神と言いつつ人間に近い人格を設定してます
→人類悪としての危険性を孕みつつ、どこか愛らしさを描ければと思います




