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メモリー11

 グロウ・イェーガーは入場制限の掛けられた部屋で繰り広げられた惨劇を目の当たりにして、恐怖に戦いていた。

 部屋の中は血塗れで、死体が散乱していた。

 十人もの人が、血を流して死んでいたのだ。

 血液は既に乾燥していたが、死体から腐敗臭が放たれ密室は酷い悪臭で満ち溢れていた。その割に見た目の腐敗は少なく、死んでから時間はあまり経っていないと分かる。

 通路には血がこびりついていても死体は無かった。が、ここは違う。

 見たところ、頑強な壁が壊された形跡も無く、怪物による被害とは思えなかった。

 デスクの上には、まだ十分に食べれる非常食が乱雑に置かれており、水の入ったペットボトルも床に転がっていた。


「マスター、ここは空気が良くありません。こちらの部屋へ移動しましょう」


 ラピスが吐き気をこらえるグロウを気遣い、隣室へ誘った。

 そこは休憩室らしく、ウォーターサーバーやコーヒーメーカー、テレビなど娯楽設備が設置されていた。電力は通っているようで部屋は照明で照らされていたが、残念ながらテレビの画面は砂嵐ばかり映し出すばかりだった。

 グロウは部屋の隅に設えてあったソファーに腰を下ろす。両隣にセイフとラピスが腰掛け、ラピスが『キャスト』で生み出した水をコップに注いで渡してくれた。

 それを一口含み、息を整える。

 空調設備が稼働しているためか、休憩室に腐敗臭は無かった。


「彼等は、殺しあったのか……?」


 グロウは先ほどの光景から推察した内容を口にした。


「えぇ、『邪神召喚』に伴う精神汚染が原因でしょうね。発狂した人間が殺人行為に走り、止めようとした人間も発狂した人間を殺してしまった。そうして殺し殺されを続けた結果、最後の一人は自殺して幕を引いたのでしょう」


 セイフが淡々と語る。

 ここには数週間は生き永らえる設備が整っているというのに、彼等は一体、何日を生きていたのか。それを思うと気分が憂鬱になる。

 そして、これから相対する敵の未知なる能力を意識する度、グロウは気が滅入って仕方無かった。


「イェアリ・ク! 旦那、これ見てよ!」


 沈黙を破ったのは、惨劇の後が色濃く残留する部屋を探索していたルージュだった。

 彼女は黒いハンドガンかサブマシンガンのような銃器を抱えてグロウの元へ歩み寄る。


「これは?」


「ここの連中が試作していた『エナジー式ハンドガン』だ。旦那の護身用に、ってね」


 そう言ってルージュは銃器を投げて寄越す。

 受け止めたグロウは、不可思議な感覚に囚われた。

 ハンドガンはバレル中程に『エナジー』を弾薬に変換する装置が埋め込められているからか、四角く平べったい形状をしている。全体的に黒いのはフレームをカーボンポリマーにしているせいかと思いきや、何か未知の樹木と鋼鉄を素材にしているのか肌触りが独特だ。その割に手に馴染みやすく、重さも最新式アサルトライフルより軽量だ。片手で扱えるほど軽すぎるそれは、反動制御が難しいのではとさえ思ってしまう。

 しかし、それよりも気に掛かったのは、グロウがその目新しいハンドガンの使い方を熟知していたことだ。


「僕はこれを使ったことがあるのか?」


「使ったことあるのか?」


「いや、無いはずだよ。けど、使い方が分かってしまう…………」


「イェアリ・ク。よく分からんが、使えるなら何でもいいさ。ここからは厳しい戦闘になるだろうからな、アタシらでもカバー仕切れるか分からない」


 ルージュの表情が真剣なものへ変わる。

 圧倒的な力を持つカノでさえ、厳しい戦闘になると言わしめる相手となると、グロウが生き残れる確率は極端に低いだろう。

 戦うことは考えず、逃げ惑うことを精々として臨む方が懸命だ。と、不意に一つの疑問がグロウの胸中に浮かんだ。


「っていうか、別に戦う必要は無いんじゃないの? このまま逃げちゃえばーーーー」


「そうはいかないわ、マスター」


 無理に戦わず『教団』の追撃から逃げればいい。

 そんな甘い考えをセイフが一蹴する。


「マスターは『教団』の儀式により、私達を召喚してしまった。邪神である私達を。そして邪神を召喚できる触媒であることを立証してしまったマスターは、まだ生きている。『教団』からしてみれば、更なる邪神を召喚するためにマスターを捕獲したがるはず」


「けど、さっきは殺されかけたよ?」


「あれは『教団』が保有する魔物ではないわ。この病院の番犬と思った方がいいわ」


「けど、だからって、戦う必要なんてあるの?」


「『教団』のネットワークは広大よ。教祖を潰さなければ、マスターは死ぬまで狙われ続ける。どこにも逃げ場なんてないわ」


「旦那、アンタが生き延びるには『教団』を潰しかないよ。それこそ、完膚なきまでにな」


 残酷な事実であった。

 生きるために他者を滅ぼすなんて、よくある話なのだろう。が、いざ自分に当てはまると分かった途端、理不尽で恐ろしい現実だと思ってしまう。


「イェアリ・ク。マスター、少々失礼いたします」


 不意にラピスの腕が延びたかと思うと、自らの胸元にグロウの頭を収めた。

 突然の行動にグロウは驚きつつも、顔に押し付けられる豊満な乳房の感触と女性特有の優しく甘い匂いに別の感情が駆り立てられている自分に気付く。


「ラ、ラピス!?」


「心配はありません、マスター。私共が必ずやマスターをお守りいたします。マスターは、ただそれを見守っていていただくだけで構わないのです」


 優しく語られる言葉にグロウの中の不安が解れていく。

 絆されているのだろうと分かってはいる。が、グロウはラピスに甘えるかのように体を預け、しばらくの間、抱き締められていた。

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